飛鳥:勝負の始まり
___天智 飛鳥___
『それではこれより第五期ランキング戦第三試合を始めます! 時間は二時間! その間に相手の『宝』を奪うか、制限時間経過時に相手をより多く倒していたチームの勝利です!』
ダンジョン内だというにも関わらず、明るく場違いな声が響く。だが、今日に関してはその声も間違いというわけではなかった。
『今回は天智チームの方が開始時のメンバーが多いので、制限時間経過の際に残りメンバー数が同数だった場合、宮野チームの勝利となります!』
普段はないその声の他に、普段ならないはずのドローンがダンジョンの空を飛び交っている。
だがそれも、声と同じでその場にいる者たちは誰も気にしない。
『会場全体に治療用の魔法がかけられていますので、死んでしまうような大怪我を負っても即座に治ります。ですが! その場合は失格となってしまうので速やかに退場をお願いします』
それも当然で、今日は冒険者学校のランキング戦の日だ。
学生達はこれから先の自身の未来のために戦うが、この試合は、何も学生のためだけにあるものではない。
学生達が卒業した後に自分たちの所属に引き入れようと外部のもの達も見ているのだ。
例えるのなら甲子園のようなものだろう。負けたとしても、才能があればスカウトされる。
声もドローンもそのため。覚醒者ではない者をダンジョン内に入れることはできないので、代わりに機材を通しての放送を行なっていた。
そのため、ゲートから様々なコードがダンジョンと地球と世界を跨いで伸びている。
『試合を棄権する場合は白い布を誰からでも見えるように掲げてください。それを確認した時点でそれ以上の攻撃を仕掛けた者は失格となりますので、お気をつけください』
この戦いは有料サービスにて一般市民であっても視聴することができるのだが……それはこの場においては蛇足というものか。
『これ以上の詳しい説明その他もろもろのルールはパンフレットに書かれてますし、学校のホームページにも書かれていますから、詳しく知りたい人はどうぞそちらに! それではみなさま準備の程をお願いします!』
もうすぐ試合が始まることがわかっているのだろう。これから戦う両チームは、それぞれの場所ですでに準備を終えて、いまかいまかと待っていた。
『いきますよー! 三・二・一……試合開始!』
そして、試合が始まった。
「では、あなたはこの場所にて『宝』の守りをお願いします。くれぐれも取られないようにお願いしますね」
「はい!」
先に動き出したのは天智飛鳥率いる六人組。どうやら彼女らは攻撃主体の作戦で今回の戦いに挑むようだ。
だが、六人とは言ったが、天智飛鳥と工藤俊という特級が二人もいるのだから、その二人だけで戦ったとしても並の相手であれば容易く終わるだろう。
「それと、俊はここに残りなさい」
「本当によいのですか?」
しかし、飛鳥はそれを良しとはしないで自分たちだけで戦うつもりのようだ。
「ええ。言ったでしょう? ただでさえこちらの方が多いのに、相手の教導官は三級の怠け者。特級のあなたを使えば、大人気ないというものです。あなたの力で勝ったとしても、宮野さんは納得しないでしょう。今後のことを考えても、私たちの力を見せなければなりません」
今回の戦いは、飛鳥が宮野瑞樹を自身のチームに引き入れるための戦いだ。そのためには自分のチームにいた方がいいと思わせるような戦いをしなければならない。飛鳥はそう考えていた。
故に、圧倒的な勝利を狙いつつも、自分以外にもう一人の特級という切り札を封じた状態で戦うことにしたのだ。
「……では、私はここで待機しています」
「ええ。ただし、『宝』が奪われそうになったのなら守りなさい」
「かしこまりました」
俊は軽くため息を吐き出してしかたなさそうに飛鳥を見ながら了承を口にするが、その心の中では彼女達は負けるだろうと思っていた。
何せ向こうには自分とは違う『本物』がいる。三級でありながらも、特級の冒険者でさえ怯むような強敵を倒し、他者を助けてきた英雄。
そんな彼が指導しているのだから、勝てない。勝てたとしても辛勝。少なくとも今のままの意識では無理だろうと、そう考えていた。
「みなさん。私たちは敵の『宝』……おそらく宮野さんが守っているでしょうけれど、それを探しに行きますよ」
「「「はい」」」
だが、俊はそれを口にすることはなく、飛鳥達は宮野チームとその宝を探し出して勝利するべく走り出した。
──◆◇◆◇──
「なに?」
俊と、宝の守護に残してきた一人を除いた飛鳥達四人は、しばらくの間は敵の位置におおよその見当をつけて適当に走り回っていたのだが、先頭を進むチームメンバーの制止によって足を止めた。
「天智さん。この先に反応があります」
「そう。思ったよりも早く見つかりましたね」
宝のヒントが書かれた紙には、特定の魔法を使った際にどこにあるのかわかる発信機のような役割がついている。
天智のチームはその反応を見つけたのだ。
「どうしますか?」
「……とりあえずは接近して様子見をしましょう。罠の可能性もありますから。その際に気取られないように隠蔽の魔法を切らさないように注意してくださいね」
自分たちが敵の場所がわかるということは、敵からも天智チームのヒントの場所がわかるということだ。
だからこそ、天智はその場に長く留まることはせずに迅速に行動に移った。
そして反応のあった地点に向かうと、そこには浅田佳奈、北原柚子がおり、その二人から少し離れた場所で教導官の伊上浩介が木に寄りかかりながら立っていた。
「散開して合図と共に襲撃。それで仕留められるのならよし。逃した場合は追撃を。ただし深追いはせずに罠に気をつけながらお願いします。どこへ行くのかの確認ができれば構いません」
「「「はい」」」
それを見て飛鳥はメンバー達に指示を出すと、メンバー達は浅田達宮野チームの三人を半円状に囲んだ。
本当は全方位囲んだ方がいいのだが、相手の捜索範囲に入らないようにそれをすると時間がかかり過ぎるので、今回は速さを優先した形だ。
「三、二、……」
そしていざ襲撃を……。
そう思って武器を構えていた飛鳥だが、それは失敗することになった。
「お前ら逃げろ! 敵だ!」
襲撃するまで残りわずか一秒といったタイミングで、浩介が敵に気づき声を上げたのだ。
「っ!? 気づかれたっ!」
浅田、北原ならまだしも、あんなやる気のない男が自分たちの隠密行動に気づけるはずがない。
と、そう思っていただけに、浩介が声を上げた瞬間に飛鳥は咄嗟に判断を下すことができなかった。
「ですがこのままでも──しまっ!」
僅かながら迷った結果、そのまま攻撃を仕掛けるべきだと判断し、そのことを他のメンバー達にも伝えようとしたが——遅かった。
突如として飛鳥達の視界が炎に包まれたのだ。
「くっ! この炎は……っ!?」
宮野チームにおいて、攻撃の魔法を使うのは二人。そのうちの片方である浩介はあの場にいたが、三級の浩介にはこれほどの炎は生み出せない。
(あの場には安倍さんはいなかったはず! なのにどうしてっ! いえ、そんなことよりも、今は逃げられる前に──)
だというのに自身の視界を覆い尽くすほどの炎に襲われ、飛鳥は混乱してしまった。
それでも、飛鳥は攻撃する事をやめてしまったが、他のメンバー達はそのまま混乱しながらも先ほどまで浩介達がいた場所を狙って攻撃を放った。
しかし……
「天智さん、二人が逃げました!」
そんな飛鳥だが、無線からそんな声が聞こえるとすぐに意識をそちらへと向けた。
(二人? 二人同時に逃げたということは、恐らくは浅田、北原の二人。あの男は残った? それとも置いていかれた? ……どっちにしても、二手に分かれたのは事実。なら……)
飛鳥は状況を理解すると、すぐさま判断を下し仲間へと声をかけた。
「三人で追ってください! 私は残りを潰してから追いかけます!」
「わかりました!」
その際、今まで使っていた通信機ではなく肉声で叫んだのは、通信機を起動させる時間が惜しいというのと、通信機を通して小声で話すのではこの状況だとしっかりと聞き取れるかわからなかったから。それから逃げる者達を圧迫する意味もあった。
(あの男も一応は教導官。警戒するべき何かを持っている可能性はある。ならば、何かをしても問題のないようにわたしが直接潰すのが最善!)
そう考え、近くにいるであろう浩介へと接近するべく、飛鳥は視界を潰している炎を強引に突き抜けた。
すると、多少立ち位置や姿勢が変わっているものの、浩介は逃げることもせずにそれまでと同じ場所にとどまっていた。
なんらかの動きをしていると思っただけに、動いていなかったことに一瞬だけ驚きをあらわにした飛鳥だが、それでも即座にその驚きを振り払って浩介へと持っていた槍を突き出した。