初めての勝ちと初めての負け
「——これで、当分は静かになるだろ」
何の因果か学生の前に立って自分について語るなんて恥ずかしいことをした後、俺はこっそり様子を見にきていた宮野達と共に学校の訓練室まで来ていた。
別に宮野達がいるからここに来たというわけではない。元々ここには来るつもりだったんだ。
では、何で俺がここにいるのかと言ったら、正直言ってこれと言った理由はない。ただ何となく、強いて言えば心残りの解消だろうか。
三年前はあんなことがあったし、最後は宮野達の卒業を見ることができなかったから心残りのようなものがあった。だから、宮野達はどんなふうに卒業したんだろうな、なんてちょっと気になってたんだ。
今更学校を見て回ったところで当時の様子なんてわからないだろうけど、まあ言ってしまえば単なる自己満足だ。
けど、やっぱり今更感があるな。こいつらの卒業なんて、何も思い浮かばねえや。
ただ……懐かしくはあるな。何せここは、俺が正式にこいつらの仲間としてチームを組んだ場所なんだから。
「それにしても、学校も懐かしいですね」
「まだ三年しか経ってないのにねー」
「三年も経てば十分」
「そうだね。それに、三年って言っても、最後の年は色々あったし、なおさら今みたいな普通の状況って、懐かしく思うんじゃないかな?」
なんて、宮野達は俺の後ろをついてきながらなんてことない話をしている。
……せっかくだ。ここなら良いか。むしろ、ある意味ではここ以上に相応しい場所はないかもしれないな。
そう考え、一度大きく深呼吸をすると、俺は宮野達へと振り返った。
正直、ここで話をするつもりはなかった。けど、ちょうどいい機会だ。講演なんてやって多少なりとも気が常から離れている今なら、はっきりいうことができるだろう。
本当なら一人ずつ話すべきなのかもしれないが、それはそれで問題があるような気がしたので、四人まとめて話をすることにした。
「——お前らに、話がある」
宮野達四人を見てそう口にしただけなのに、足が震える。何とも情けないことだ。こんなこと、命をかける必要はないんだから臆する必要なんてないはずなのに。
でもどうしてか……イレギュラーを前にするよりもよっぽど怖い。
「はい? なんでしょう」
「何よ、そんな改まった感じの雰囲気出して」
「愛の告白? ならいつでもオッケー」
「えっと、晴華ちゃん。もうちょっと空気を読んだ方が……」
俺の態度がおかしいことは四人も気づいているのだろうが、その理由まではわかっていないようだ。いや、もしかしたら分かっているのかもしれないな。宮野は緊張したような気配を出しているし、安倍なんてズバリ言葉にしている。
「いや、安倍は合ってる」
そう。安倍の言葉は間違いじゃない。今日ここでするつもりはなかったが、する内容そのものはまさしく——告白だ。
「……え?」
「それって……どゆこと?」
俺の言葉なんて理解できただろうに、四人はそれぞれ呆然とした表情や驚いた様子を見せている。
「付き合——いや、結婚してくれ」
俺は言いかけた言葉を一旦止めると、改めて〝四人に向かって〟想いを告げた。
「……んぺ?」
今のは……誰だ? なんだその変な鳴き声は。宮野から聞こえたような気もするけど、こいつはそんな間抜けな声漏らさないだろ。
しかしまあそれは置いておいて、先に進もう。ここまでくれば、後は簡単……ではないが、進むしかない。さっき学生達の講演で自分で言っただろ。一歩踏み出せって。踏み出せば後は怖がることはない、進むだけだって。
話を始めることはできたんだ。なら、後は俺の心のうちを正直に話すだけだ。うまくまとまってないかもしれないし、後から冷静になればみっともなく思うだろう。それでも今は、ただただ話すしかない。
「まあ、なんつーか、あれだ。正直、こんな状況ってのもあれだと思ってる。っつーかそもそも四人目同時にってのもふざけた話だってわかってる。だが……一人だけを選ぶってのは、できなかった」
やっぱり、なんて情けない言葉だ。心の内を話すにしても、内容自体は何度も考えてきただろうに。どうしてこうもハッキリ言葉を口にすることができないんだ。
言っている内容だって、情けないを通り越して呆れもんだろ。何だよ、選ぶことができなかったって。
「誰かを選ぶのは角が立つ。なら誰も選ばなければと思ったが、それじゃあお前達の想いを踏み躙ることになる。これまでお前達の時間を無駄にしてきた俺が言うことじゃないかもしれないが、それは……嫌だった。だから、だったらまだ、優柔不断だとしても四人とも受け入れた方がいいんじゃないかって……」
こいつら四人とデートをすることになって、色々と考えたんだ。だが、あの時は最後まで考えることはせず、ただ少し距離を縮めただけで終わらせた。そうやって少しずつ変わっていけば、いつかは俺たちにとってちょうど良い関係になるんじゃないか、なんて思いもした。
でも、その〝いつか〟っていつだよ。
それから少しして、ケイからハッキリ咎められ、尻を叩かれたことでようやくこいつらとの関係を進めなくちゃいけないんだって、そう受け止めることができた。
そして、考えた結果がこれだ。
一人を受け入れれば他が傷つく。それは今後のこいつらの活動に影をさすことになるだろう。
じゃあ四人とも拒絶すれば良いのかと言ったら、それもそれで問題がある。少なくとも、俺はこいつらと一緒に活動していくことはできなくなるだろう。それに、こいつらを拒絶するのは……嫌だった。
だから、四人とも受け入れることにした。
わかってるさ、それだってかなりひどい答えなんだってことくらい。
「こんなこと、自分でも情けないと思ってる。お前らの気持ちは理解してるし、アピールだって何度もされたのもわかってる。それを俺は昔のことだ年齢だって理由をつけて、今まで散々お前達の時間を無駄にしてきたってのに、まだ甘えてる自覚はある」
これまで話した内容だって、こいつらならちゃんと聞いてくれるから、受け止めてくれるから、なんて思ったからこそ口にしたんだ。この後に及んでまだ甘えるなんて……俺は何だってこんなに情けないんだ。
だがそれでも、一度始めた以上は最後まで終わらせる。
恥なんてとっくにかいてるんだ。それも単なる恥じゃなくて、人生最大と言って良いくらいの大恥だ。
だったら、今更みっともないだとか情けないだとか気にする必要なんてないだろ。どうせ俺が情けないのなんて、とっくにバレてるんだから。
「だから……その……あー……それでお前達が嫌だと離れるならそれで構わないから、まずは俺の考えを言っておこうと思ったんだ。法律的に四人とってのは無理だし、事実婚みたいな形になるが、それでももしよければだが……まあ、結婚しよう……って思ったんだが……」
何とか最後まで言うべきことを口にすることはできたが……最後にまた逃げたな。こんな曖昧な形にして、視線まで逸らして……。本当にどうしようもない。だがそれでも、言うこと自体はできたんだ。後はこいつらがどう判断するかだ。
「伊上さん」
「なん——だっ!?」
宮野に呼ばれ、小さく息を吐き出してからそちらを見ると、目の前には拳が迫っていた。
咄嗟に身を投げ出して避けるが、突然だったこともあり肩をかすめた。
だが避けることはできた。
いきなり拳を放ってくるなんて何のつもりだ。そう問いかけようと宮野へと顔を向ける。
「いきなり何をっ——!」
だが、その言葉はまたも宮野によって止められた。
ただし、今度は拳でではなく——唇で。
「……これで、全部解決です。伊上さんは優しくて真面目な人ですから、私達全員がいいと言っても、きっと最後まで悩むんだろうなとは思ってましたし、答えが出るまでもっと時間がかかるだろうと思ってました。最悪の場合は、全員フラれることになるかも、とも」
唇を離し、一旦俺から距離をとった宮野はそう話し始めたが、直前の行動のせいで内容がうまく頭に入ってこない。
そのことを理解したのか、宮野は両手で俺の頬を包み込むように優しく掴み、真っ直ぐ正面から俺のことを見つめた。
「ですが、私はそれは嫌です。他に好きな人がいるからフラれるのなら仕方ないと割り切れます。でも、四人の関係や今後の私達との付き合いを考えた結果フラれるのは、認められません」
目が離せない。ただ距離の問題でもなければ、手で押さえられているからでもない。ただ、真っ直ぐ俺のことを見てくる宮野の眼に引き摺り込まれたんだ。
だから、次の宮野の動作も避けられたはずなのに、何をしてくるかわかったはずなのに、避けることができなかった。
「だから、今回の……今の言葉は、とっても嬉しかったです」
そう言って心の底から嬉しそうに笑みを浮かべると、再び顔を近づけ——キスをした。
「でも、こうして言葉にしてくれましたけど、まだ悩んでますよね? だから、こうさせてもらいました。私、初めてだったんですよ? こうすれば、あれこれ考えて悩んで迷っていたとしても、責任をとってくれますよね? 伊上さんは優しくて真面目な人ですから。責任を取るしかないんだったら、無駄に悩む必要なんてありませんよ」
……確かに、言葉だけでは俺は悩んだだろう。告白したくせに、その後もぐだぐだとこれでよかったのかなんて悩み続け、最終的には引っ込みがつかなくなるまで悩んだはずだ。
だから、こうして実際に行動で示してしまうという宮野の考えは間違いではなかったと思う。
実際、宮野にキスをされたことで、もう後戻りできるような場面ではないのだと頭ではない場所で理解することができた。そして、それによって改めて覚悟が決まった。
事が起こってから覚悟を決めるだなんて、遅すぎる事この上ない。だがそれでも、もう甘えるのはやめよう。じゃないと、こいつらに失礼すぎる。
「浩介。ちょっとこっち見なさいよ」
なんて意気込んでいるところで浅田に呼ばれ、そちらへ振り向いたのだが……
「は? ん——」
宮野と同じように、不意打ち気味に頭を抱えるように抱きついてきた浅田を避ける事ができず、そのままキスをすることとなった。
「こ、ここここれであたしもアレだから責任とってよね!」
「無理やり押し付けてきただけじゃねえか……」
「でも、受け入れてくれるんでしょう?」
自分から押し付けてきておいて責任を取れとは、なんてタチの悪い当たり屋なんだ。
でも、確かに今更断るつもりはない。
「ああ。お前が一番待たせたよな。悪かった」
この件に関しては、浅田は特に迷惑をかけた相手だ。何せ、一度はあからさまなほどアピールをしてきたのに、俺はそれに怒鳴り返したこともあったくらいだ。
その後も堂々と諦めない宣言もされていたし、今まで愛想を尽かされなかったのが不思議なくらいだ。
「初めて、私達が勝ちましたね」
勝ち……まあ、これも勝負か。恋愛って意味でも、さっきの攻防の意味でも、どっちも俺の負けだ。
「だな。俺の負けだ。いや、俺の負けってより、お前達の粘り勝ちか?」
まったく……死んだはずの人間を何年も想い続けるとか、ハッキリ言って馬鹿なんじゃねえかと思うよ。
「しかし、あれだな。まさか、教え子だった学生とこんな関係になるだなんてな。前らも随分と大きくなったもんだ」
ほんと、こんな関係になるだなんてあの時は思ってもみなかった。断り続けていればいつかは諦めるだろうと思っていたし、付き合うことになったとしても誰か一人だと思っていた。それなのに、一人どころか四人全員だし、何だったら交際をすっ飛ばしてのいきなりのプロポーズだ。予想外にも程がある。
「子供扱いしないでよね」
浅田がニヤけながら文句を言っているが、俺が若返ったといってもこいつらの方が年下だからなぁ。
「でも、まだ俺の方が年上だ。三歳か四歳程度だけどな」
「なら、あともう一回若返りの薬を飲ませれば私達がお姉さんですね」
「またって……もう一回十年若返ったら、今度は逆の意味で事案になるぞ」
宮野ならまた薬を用意することはできるだろうが、その場合の見た目だと俺が捕まる側じゃなくて、お前達が捕まる側になるぞ。
「今から十年だと……中学生くらい、かな……?」
「さらに飲ませて光源氏?」
「でも、記憶は残ってるんだよね? だったら、光源氏みたいなのは無理じゃないかなぁ……?」
「そもそも、流石に幼児からやり直したくはねえなあ」
記憶が残っている状態で幼児からやり直すのは流石にやりたくない。それに、そもそも記憶を失うんだったとしても、なおのことお断りだ。
「伊上さ——」
「……?」
宮野は俺のことを呼ぼうとして、だがその言葉を途中で止めて思案げな様子をみせた。
それから十数秒ほど、眉を寄せたり口元に笑みを浮かべたり顔を赤くしたりと百面相をしてから再びこちらに向き直り、改めて口を開き——
「……浩介さん。これからも、よろしくお願いしますね」
〜〜END〜〜
ここまでお読みいただきありがとうございました。
今回は感想で要望があったこともあり、書籍版の販促も兼ねて一度完結した物語の後日談というつもりで書いてみたのですが、うまく書けていたでしょうか?
今度こそこの物語は終わりとなりますが、楽しんでいただけたのであれば幸いです。
書籍版の『勇者少女を育てる』もよろしくお願いします!