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英雄が生還して

「——それにしても、俺たちで集まる機会ってのも、意外とあるもんだな」

「だな。それぞれの家ってもんがあるんだし、チーム解散したら年一も覚悟してたんだが、二、三ヶ月に一回くらいはあってるな」


 俺の新能力が発覚し、あれこれと調べている間に当初予定していた一月なんてのはあっという間に過ぎていった。

 予定していた一月が過ぎたことで俺は新しい住居を手に入れ、研究所から引っ越しをすることにした。その際に、やはりと言うべきかニーナが駄々をこねたが、前よりも頻繁に外に出すことを条件に俺が外に出ることを認めさせることができた。まあ、ニーナも最近は落ち着いてきたし、外に出すのに慣らすにはちょうどいい機会だろう。どうせ、一生あそこに閉じ込めておくわけにはいかないんだから。


 そうして引っ越しをしてから数日。ヒロの呼びかけで久しぶりに俺は前チームのメンバーで新たな俺の家に集まることになった。

 まあ、集まると言ってもダラダラと家飲みしつつ駄弁るくらいしかないんだが。


「——んで、お前はいったいいつになったらあの四人を受け入れんだよ」


 だが、そうして飲んでいると、酔って顔を赤くしたケイがそんなことを言い出した。

 四人と言うのは、悩むまでもなく宮野達のことだろう。


 俺としてはあまり話題にしてほしくない内容だが、そんなことは知ったことかとばかりにケイは話し続ける。


「お前が悩んでんのは知ってるし、その悩むってのも常識人としては真っ当なものだ。だけどな、そろそろ鬱陶しいぞ」


 鬱陶しい、か……。今までも苦言を言われたことはあったが、こうもはっきりと言われたことはなかった。

 酒で酔っているから出てきた言葉なのだろうが、それはつまりこれがケイの本心だってことだ。


「年齢だ複数相手だ教え子だって、そんなふうに理由つけていつまでもうだうだはっきりしねえ態度ってのは、見ていてちっとイラつくんだわ」


 ……まあ、だろうな。俺の行動は、常識に照らし合わせれば間違っていないはずだ。だが、宮野達の感情を考えれば、大間違いだと言えるだろう。俺たちの関係を見ている奴らだって、気持ちのいいものではないはずだってのは、理解できている。


「受け入れるにしても突き放すにしても、はっきりしろ。言ったろ、お前の態度次第で、あの子達四人の人生を潰すことになるって。だからそれを決めさせるためにデートなんてさせたのに、お前はまーだややっこしいこと言って引き延ばしてる。いいかげん覚悟決めてはっきりしろよ」


 それはわかってるさ……。わかっているが、でもどうすればいい? 四人から好意を向けられて、それ全部に応えろって? もしくは一人を選べってか? どっちにしても問題があるだろ。あるいは誰も選ばないって選択肢もあるが、それは……


「別にこれはお前のために言ってるわけじゃねえぞ。俺自身のためだ。側から見てると、お前の優柔不断さは結構イラつくぞ」

「……そんなの、お前が本人じゃねえからだろ」


 わかっている。ケイの指摘は間違っていないんだって。だが、そうわかっていながらもつい口から文句の言葉がこぼれ出た。


「ああ、そうだな。俺は関係ない外野だから好き勝手言えるんだ。でも、外野だろうとなんだろうと、いいこと悪いことってのはわかるつもりだぞ」


 そう言ってからケイは酒を呷ると、一度息を吐き出してから再び話し出す。


「好きなら好きで構わねえんだ。四人全員と付き合おうが、その先の結婚まで行こうが、国はそれを問題視しねえ。まあ、実際に四人と多重婚なんてできねえだろうから、事実婚になるだろうけどな。それでも、罪に問われることはねえんだ。本人達だって四人一緒でも構わないって納得してる。だったら、あとはお前が受け入れるだけだろ」


 実際、国からは問題としないと、宮野達がまだ学生で未成年だった頃から言われている。俺がこの国に留まってほしいってのと、俺と宮野達をまとめることで管理しやすいようにしようと考えた結果だろう。だから法律云々の点は問題ない。そもそもがあいつらはもう成人しているのだ。手を出したところで法を犯すことにはならない。道理、人道、人情的には四人まとめてと言うのは問題だがな。


 それに、宮野達からだってこれでもかってくらいはっきりとアピールされてる。ケイの言う通り、あとは俺があいつらのことを受け入れるだけで全部がうまくまとまる。


「お前のはヘタレてるんじゃねえ。ただ甘えてるだけだ。こんな優柔不断な態度でもあいつらは受け入れてくれてる。なら、まだこのまま心地いい状態で居続けよう、ってな。普段は大人づらして年齢を理由に断ってたのに、いざとなったらその年下に甘えんのか? そりゃあダブスタってもんだろ」

「……」

「いつまでも逃げてんなよ。受け入れるならさっさと受け入れろ。突き放すならさっさと引け。もし、あれだ。お前が、決めないようなら……」


 俺が黙ってケイの話を聞いていると、どう言うわけかケイの言葉が途中で止まった。


「……おい? ……寝てるのか?」

「あー、潰れたか」

「まあ、やけに攻めたところまでしゃべると思ってたけど、思いっきり酔ってたんだな」

「にしても、こんな絶妙なタイミングで寝るとか、マジであるのか」


 突然黙ったケイの顔を覗き込むようにしてヤスが確認し、ヒロも納得したように頷いているが、そんな三人を見て、俺は少しだけホッとした。これ以上追及されずに済みそうだと思ってしまったのだ。


「コウ。今のケイの言葉は気にするなとは言わない。実際に、イラつくとまではいかなくても、鬱陶しく感じてたのは俺達もだからな。今が心地いいのはわかるけど、お前がこのままを望んでもいつかは変わるんだ。だったら、自分にとって都合のいい未来になるように、今のうちに自分から動け。こんなことを言われるなんて、お前からしたら鬱陶しいかもしれないけどな」

「……いや。まあ、いや……わかってるさ」


 本当にわかってる。変わらないものなんてないし、自分から変えていかないと悪い方にばかり変化していくんだって。


「あー、で、今日集まった理由だが、お前に話があるんだよ、コウ」


 ケイの言葉を受けて考え込むように黙ってしまった俺を見て、空気を変えるためかヒロが改めて話しかけてきた。


「……俺に話? 厄介ごとじゃねえだろうな」

「残念ながら、だな。簡単に言うと、お前の存在がバレた」


 俺のことがバレた? それは……誰にだ。国にはもうバレてるし、他にバレて問題になるような相手なんていないはずなんだが……


「バレたと言っても、特に隠していて悪いことがあるわけでもないし、『上』は承知していることだからそっちは問題ない」

「なら、いったい何が……」

「世間にバレたんだよ。『生還者』が生還してきた、ってな」

「……それがまずいのか?」


 確かにその名前でバレるのは恥ずかしいが、問題となるようなことでもないと思う


「はあ……おめえは自分の立場をよくわかってねえのな。前はかなりマイナーな一部の人間の間でしか流れていなかったが、今は『生還者・伊上浩介』という名前はかなりのネームバリューがあるんだよ。何せ、世界を救った現代の大英雄なんだからな」

「大英雄って、そんなんじゃねえっての……」


 俺はただ、最後に少し意地を張っただけだ。実際に元凶を倒したのは宮野達四人で、基本的に俺はその補助をしただけ。英雄だなんて言われるようなことなんて、何もしちゃいない。


「そりゃあ前の認識では、だろ? あの時、元凶と思しきゲートを破壊しなければ、遅かれ早かれ人類は滅んでいた。冗談抜きでな。それを、自身の命をかけて防いだ人物がいるんだ。そんな人物を英雄と呼ばずになんて呼ぶんだ?」

「でも、実際に戦って止める段階まで運んだのは宮野達だぞ?」

「かもな。でもそれは、外からでは見えていない事実だ。俺達を含め、あの時ゲートの中に入らなかった連中から見える真実ってのは、お前が一人残ってゲートを破壊した。それだけだ」


 まあ、確かに結果だけ見ればそうかもな。不本意ではあるが、事実と真実が別物であることくらいは理解している。


「……まあ、それはわかった。でも、それがバレると何が問題なんだよ。そりゃあ騒がれるかもしれないが、そんなの一時的なもんだろ?」

「だから、おめえはわかってないってんだよ、大英雄」

「……いっそのこと、これを見た方が早いんじゃねえの?」

「ん? おー。だな」


 ヤスが差し出してきたスマホを確認したヒロが、今度はそれを俺に見せてきたが、いったい何が映ってるって言うんだ?


「なんだこれ」

「なんだって、お前ネットくれえ見ねえのかよ」

「お前が……英雄が〝生還した〟という情報一つで起こってるお祭りだ」


 差し出されたスマホの画面を確認すると、英雄の帰還やら生還者は生きていただの、なんだか大袈裟なくらい文字が並べられており、なんとも目が滑る。


「これを見りゃあわかんだろう? いいか? お前は、世界を救ったんだ。お前自身がどう認識していようとな。そんなお前は、公式では死んでおらず行方不明となってたが、世間の認識としてはもう死んでいる、だ。お前が知っているかはわからないが、『伊上浩介』という大英雄を讃えて勲章や称号を与えた国だってある。もう死んでいると思ったからだろうが、大盤振る舞いをしていたもんだ。そんなお前が地獄の底から蘇ってきたんだ。さあ、どうなると思う?」


 称号だなんだ、なんて知らんし勝手に押し付けてきたもんだろうが……今はそれは置いておくとして、どうなるかと言ったら……


「与えたものが邪魔だから消しにくる、か?」

「そこまでじゃねえだろ、流石にな。元々、称号だなんだって言っても、実態がない名誉だけのもんだ。他人に与えたところで大した意味はねえ。ただ、世間一般からしたらどう映ると思う? 世界を救い、国を跨いで称号やなんやらを与えられた英雄が、死んだと思われていた絶望的な状況から『生還』したんだ。お前の別名のようにな。それを利用しようとすり寄ってくるものはいるだろうし、なんだったらすでにいろんなところから打診が来ている。会見や取材や役職の就任なんてものがな」


 世間の考えがどうあれ、俺の認識としては大したことはしていない。そんな俺に称号だ勲章だなんてもんを与えられたってだけでも面倒だってのに、この上さらに取材だ役職だなんて……マジで面倒でしかない。


「……全部却下で」

「そういかねえから俺がここに来てんだろ。冒険者組合の職員で、お前の知り合いである俺がな」


 引越しの祝いにしては少し遅いと思ったんだが、そうか。四人全員の予定について調整したり、俺が落ち着くまで待っていたわけではなく、ヒロが俺に会う必要があったからそれに合わせたのか。


「つまり……俺に何かしろと?」

「簡単に言えばそんなところだ。お前の言葉で意思表示をしてほしい、ってのが『上』の考えだな。お前が姿を見せて、はっきりと意思を口にすれば、誰もお前を誘えなくなる。少なくとも、誘いを断っても問題にはならなくなる」

「それで全てが終わるんだったら、まあ」


 面倒ではあるが、一度はっきりと断るだけで全部終わるんだってんなら、一度くらいは協力してやってもいいと思っている。どうせ、断ったらそれはそれでめんどくさいことになるだろうからな。


「そうか。そりゃあよかった! いやー、快く引き受けてくれて助かったぜ。これで『上』からも組合からも学校からも、どこからも文句を言われなくてすむ」

「……引き受けておいてなんだが、俺は会見かなんかで少し話をすればいいんだよな?」

「話をすればいい、ってのはその通りだけど……お前がするのは会見なんかじゃねえ。お前がやるのは——」


 ヒロはそこで一旦言葉を止めると、ニヤリといやらしい笑みを浮かべてこっちを見た。


「——演説だ」


 ……なんだって?

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