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冒険者少女A:とりあえず自慢しようっと

「どうしよっかなぁ。やっぱり私は冒険者なんて向いてないのかなぁ……」


 自分が覚醒したとわかって、それまでの進路から一転して冒険者になることが決まったけど、正直言ってまだ怖い。

 でも、それは当たり前のことだと思う。だって、これまでは普通に暮らしてたんだから。喧嘩なんてしたことないし、誰かを殴ったこともなかった。それなのに、覚醒したから冒険者だ、なんて言われても、すぐには受け入れることができなかった。


 それでも今日までやってこれたのは、憧れた冒険者がいたから。

 戦うのは怖い。でも、どうせ冒険者になるしかないんだったら、その人を目標に……するのはちょっと高望みっていうか分不相応だけど、まああの人みたいにかっこよくなりたい。

 そう思って、その人と同じ学校に進学してみたんだけど……そんな半端な思いじゃ冒険者としてやっていくのは難しく、あんまりいい成績を出すことができていないのが現状だった。


 このままじゃチームメイトに迷惑をかけちゃうけど、才能のなさはどうしようもなく、これからどうしようとふらふら歩いていると……


「うおっ! ……ってえ〜。やっぱあいつらから逃げ切るのはむずいな」


 こちらに向かって走ってきていた男の人が、突然私の目の前で転んでしまった。


 えっと……はっ! と、とにかく助けないと!


「あ、えーっと、大丈夫ですか?」

「ん? あー、ああ。大丈夫大丈夫。これでも冒険者なんでな。この程度じゃ怪我はしねえし」


 私が声をかけると、その人は軽く笑いながら立ち上がった。確かに、服は傷ついてるみたいだけど、怪我自体はしてないみたい。

 でも、ちょっと待って。この人、確か今……


「冒険者? あなたもなんですか?」


 そう。この人は確かにそう言っていた。なら、もしかしたら冒険者について、何か……何をって言われると困るんだけど、何かいい話を聞くことができるかもしれない。そうすれば、私の悩みとかなにか、解決することがあるかもしれない。


「あなたもって……あー、お嬢ちゃんも?」

「お嬢ちゃんって……私たちそんなに年離れてないですよ」


 なんか、不思議というか……おかしな人。

 私は今十五歳で、この人は多分……二十ちょっとくらい? 十歳近く離れてるかもしれないけど、逆に言えばそれだけ。お嬢ちゃん、なんておじさん達が呼ぶような言い方だと思う。


 そのことを指摘すると、男の人はバツが悪そうに視線を逸らしてから苦笑した。


「ん……あー、そうだな。まあ、あれだ。なんて呼んでいいかわからなかったからな」

「あ、そうですね。じゃあ……茜って呼んでください」


 自分から話しかけたとはいえ、初対面の人にフルネームを教えるのは憚られたので、名前だけを教えることにした。苗字でもよかったけど、咄嗟に出てきたのがこっちだった。


「まあ名乗るほど親しくなるわけじゃねえだろうけど……俺は浩介だ。よろしくな」

「はい、よろしくお願いします」


 私を習ってか同じく名前だけを名乗った男の人——浩介さんと挨拶を交わしたけど……これからどうしよう? 冒険者について聞きたいし、ちょっと相談に乗ってもらいたいって思ったけど、見ず知らずの人にいきなりそんなことを話すのはあまりにも考えなしな行動すぎたと今になって後悔してきた。


「ところで、あれだ。茜は冒険者なんだって?」

「あ、はい。そうなんです。でも……」


 正直に話してもいいものなのか……ええい! ここまできたら思い切って話しちゃえ!


「私、宮野瑞樹さんって人に憧れてて……」

「宮野? そりゃあ……あー……『勇者』の?」


 浩介さんはちょっと驚いた様子だったけど、まあそうだよね。私みたいなのが勇者に憧れてるなんて、自分でも笑っちゃうようなことだってわかるもん。


「はい。やっぱり知ってますか? 宮野さん、すごいですよね。まだ高校生だったうちから特級のモンスターをバッタバッタと薙ぎ払い、世界を救ったスーパーヒーロー! 私も冒険者として才能があるってことで、宮野さんの通っていた学校に通う事になったんですけど……あんまりうまくいかなくって」

「そりゃあまあ、そうだろうな。憧れるのはいいが、ありゃあ才能だぞ。冒険者として勇者になることができるのかは生まれつきだ。多少は後天的にも上がるが、限度がある」


 その言葉に、グッと拳を握りしめる。

 そんなこと、わかってる。覚醒した能力は才能によるもので、その後は多少の変化はあっても大きく変わることはないんだって。


「それはわかってます。でも、『勇者』にはなれなくっても、宮野さんと同じ場所で戦うことができるようになったらなって……それくらいなら私でもできるんじゃないかって思ったんですけど……甘かったです」

「ちなみに、茜のランクは?」

「私は一級です」


 うまくいけば覚醒時よりも一段上の力を手に入れることはできる。でも、一級と勇者……特級では、言葉で表す以上の壁がある。だから、二級から一級になることはできても、一級から特級になることは……できない。


「ほお〜。そりゃまた、すごいな」


 でも、浩介さんはそんな私の心の内を知らないからか、本当に感心したように褒めてくれた。そのおかげで、私も握りしめた拳を開いて、心持ち気を楽にして話を続ける。


「って言っても判定ではギリギリ一級に入れたってくらい弱いですけどね」

「いやいや、俺みたいな三級からしてみればギリ一級だろうと随分と格上だって」

「浩介さんは三級なんですか?」


 その割には、なんだかすごい風格があるっていうか、ベテランみたいな雰囲気を感じるんだけど……


「ああ。すっげー弱いぞ。何度も死にかけて……っつーかこの間だってほとんど死んだようなもんだけど、なんとか生きて来れた程度だ」


 死にかけて……

 確かに冒険者は命の危険がある仕事だけど、こんなふうに笑いながら言うってことは冗談なのかな? 冒険者ジョーク? だって、攻撃を向けられただけでも怖いのに、死んじゃうような危険な目に遭って笑ってられるわけないもんね。


「まあ、ギリギリだろうとなんだろうと、一級だってんなら力はあるはずだ。少なくとも、俺よりはな。だったら、『勇者』にはなれなくても、勇者の仲間くらいにはなれるんじゃないか?」

「勇者の……仲間……」


 宮野さんのようになりたいと考えたことはあったけど、宮野さんの……勇者の仲間になるだなんて、考えたこともなかった。


「おう。宮野だって浅田や安倍や北原って仲間がいるが、その三人は全員一級だぞ。それに、宮野だって最初から強いわけじゃ……いや、あいつ能力だけは最初からあったか」

「?」


 なんだろう? なんだか浩介さんの言い方だと、宮野さん達の知り合いのような感じがするけど……そんなことないよね? だって浩介さんは三級って言ってたし、『勇者』と接点なんてあるわけないもん。


「でもあれだ、才能はあっても力の使い方はよくわかってなかったから、ぶっちゃけ弱かった。それでも努力して『勇者』なんて呼ばれるようになったくらいだ。他の三人にしてもそうだ。自分の力と限界を理解して、どうすれば最良の結果を掴み取れるかを常に考え続けて努力していけば、いつかは強くなれるさ。……少なくとも、俺よりは確実にな」


 やっぱりなんだか知り合いのような喋り方をしてるけど、それよりも……


「自分の力と限界……考え続ける……」

「無理をせず、危険だと感じたらすぐに逃げる。強くなるために戦うんじゃなく、生き残るために戦うんだ。生き残るためにできることは何かを考え、調べ、聞いていけば、気づいたら強くなってるもんだ。これは経験談だぞ。そのせいで、面倒な事に絡まれたりするが……」

「? えっと……」


 なんだか最後はよく聞こえなかったけど、私に話すんじゃなくて愚痴のように聞こえた。気がする。やっぱり冒険者を続けてると大変なことがあったのかな……?


「探しましたよ、伊上さん」


 伊上さん? ……あ。浩介さんのことかな? 探してたってことは逸れたりしたのかな。だったら、こんなところで引き留めて悪かったかな。でもそういえば、最初に逃げてきたみたいなことを言ってた気がするけど、この人から? あれ? でもこの人、どっかで見たような……んへえ?


「あ? ああ、宮野か。ちょうどいい、サインくれ」

「サインですか? でも、今は書くもの持ってないですよ?」

「ちょうどここに、買ったばかりで使ってない手帳がある。なんか精一杯カッコつけて書いとけ」

「精一杯って……私、これでもサイン上手いんですよ。恥ずかしかったので練習しましたから」

「恥ずかしいって……お前そんな字ぃ下手じゃねえだろ」

「でも、サインって普通に綺麗な字だと場違い感がしません?」

「まあ、否定はしないな」


 なんだか私の目の前で会話が繰り広げられてるけど、全く頭の中に入ってこない。だって、あれ。これ、ほら、だって……宮野さんがいるぅ?


「というわけで、茜、ちょっと手ェ出せ」

「えっと……」

「ほれ。これを励みにがんばれ。ああ、その手帳自体は気にすんな。どうせそこらへんで買った間に合わせだ。まだ使ってないしな」


 まだ目の前の事実にうまく頭が働かない私は、浩介さんに言われるがままに手を出して手帳を受け取った。……私、今何が起きてるの? これって、本当に受け取って大丈夫なやつ? あ、でも宮野さんのサインは欲しいから嬉しい。


「伊上さんは書かなくって良かったんですか?」

「いらねえだろ、俺のサインとか」

「世界を救った大英雄なのに?」

「そりゃあお前だろ。俺は一緒についてたオマケだ。——で、まあそんなわけだ。それをお守りがわりに頑張れ」


 そう言って軽く手を上げてから離れて行こうとする浩介さんを見て、ハッと気を取り戻した私はその背中に向かって叫んだ。


「あのっ! ありがとうございます! 私、頑張りますから!」

「精々死なないようにな。死んだらそこまでだ。命を大事に、で行動してけ」

「はい!」


 命を大事に、か。うん。そうだよね。死んじゃったら終わりなんだし、死なないように無茶しないで頑張っていけば、そのうち私も宮野さんみたいに活躍することができるよね。


「伊上さん、やっぱりお人よしですよね」

「こんなのお人よしでもなんでもないだろ。ただ偶然それっぽい奴がいたからちっとばかし助言しただけだ」

「伊上さんみたいな人から助言をもらえるんだったら、みんなこぞって求めると思いますけどね」

「黙ってろ、スーパーヒーロー。さっさと戻るぞ」

「逃げ出したの伊上さんじゃないですか。……あっ。ちょっとあそこのカフェに寄っていきません?」

「戻るっつってんだろうが。勝手にそんなところ寄ってたら、浅田達がまためんどくせえ」

「いいかげん手を出しちゃったらどうです?」

「……さっさといくぞ」


 ……あれ? そういえば、浩介さんって、伊上さんって呼ばれてた? 伊上……浩介さん? ……あれえ? 『伊上浩介』って、宮野さんたちの師匠で、たった一人で世界を滅ぼすゲートを閉じた英雄の? でもあの人って死んじゃったんじゃ……あ、行方不明だって話もあったっけ?

 でもそれなら……え? もしかして、本物? 帰ってきたの? ゲートから?

 ……………………とりあえず、宮野さんにサインもらったし、みんなに自慢しよっと。

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