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新たな生活の始まり

 

「……そうなったら、どこにも出かけられないぞ」


 だがこの子の力を利用するのは事実は変わらないが、この子と出かけてやりたいと思っているのも事実なんだ。何を言ったところで、言い訳にしかならないけどな。


 けど、そのためには、ニーナの……娘の力を利用してでも今回の騒ぎを終わらせないといけないんだ。


「それはそうなのですけれど……」


 ニーナは迷ったように俺から視線を外して、俺を見てまた外してということを何度か繰り返した後、仕方なさそうに肩を落とすと小さく息を吐いた。


「終わったら、またお出かけしていただけますか?」

「ああ、約束だ」


 そう言って俺は右手の小指を突き出すと、ニーナもそれを真似しておずおずと小指を出してきたので、その突き出された小指同士を絡めた。


 まだ約束だけだというのにニーナはそれだけで嬉しそうで、全くと言っていいほどに陰りのない笑みを浮かべて微笑んだ。


「騒ぎが終わったらまた遊びに出かけてやるから、それまでいい子でいろよ」


 こんな顔をさせたんだ。この約束は、何がなんでも叶えてやらないとな。


「じゃあ、そろそろ休みましょうか」

「そーね。明日っからは忙しくなるんでしょうし、今日くらいはゆっくり休みましょ」


 明日からは俺たちはゲートを破壊するためにいくつものダンジョンに潜らないといけないことになるんだ。それも、今までみたいな既知のダンジョンではなくまだ誰も入ったことのないろくに情報のないダンジョンを。


 あらかじめゲートの先がどんな環境か程度は調べているだろうが、それでも今までとは違った危険があるのは確実で、だからこそ今日はしっかりと休まないといけない。時間も、現代人としては少し早いかもしれないがそろそろいい時間だしな。


 そんなわけで、俺たちは適当に話をした後に夕食をとり、少ししてから解散してそれぞれに与えられた部屋に戻ることになった。


 後はそれぞれ風呂に入って寝るだけだ。


 だが、ニーナが何かを期待するように俺のことを見ていたの気がついた。


「お父様」


 そして見ているだけではなく、服の裾を掴んできた。

 これは、何を期待されてるんだ?

 服を掴んで引き止めるってことはこの場に留まって欲しいってことなんだってのは確実だが、それだけではないような気がする。


 と、そこでなんだか急に一つの考えが頭をよぎった。


 これは、一緒に寝ようということだろうか? ……まじで?


 それは特に確証があったというわけでもないんだが、なんとなく正解なんだろうという確信があった。


 そしてそれを証明するかのように、俺が視線をベッドの方へ向けてからニーナへ戻すと、ニーナは笑顔で頷いた。


 ……まじか。


 でも明日から大変なのはニーナもだし、一緒に寝るのは構わないとも言った。明確にそうしようといったわけではないが、あれも一種の約束だと考えることもできる。

 今後もニーナに約束を守らせたいのならここは一緒に寝てやって、約束を叶えてやるべきではないだろうか?


 しかし、なあ……。


 あの話していた時は風呂よりはマシだと思ってそう言ったが、それでもマシってだけで、見た目的にアウト臭いのは変わらない。


 親子とはいえ、血のつながっていないおっさんと神秘的なアルビノ美少女が一緒のベッドで寝るんだぞ?


 正直、あまり乗り気はしない。

 しないんだが……はぁ。仕方がないか。


「……? 伊上さんはまだ寝ないんですか?」


 俺はニーナと一緒に寝る覚悟を決めたところで、宮野がそんなふうに声をかけてきた。

 部屋を出ようと立ち上がった宮野達だが、どうやら俺が立とうとしないのが不思議なようで首を傾げている。


「いや? もう寝るぞ。明日からは色々と忙しくなるわけだしな」

「なら部屋には行かないんですか?」

「……ああ。まあちょっとな」


 ここでニーナと一緒に寝るから、なんてことは言いづらいのでそんなふうに誤魔化したのだが、それは意味がなかった。


 その言葉では宮野達を誤魔化せなかったから、ではなく、その誤魔化しをぶち壊されたから、だ。


「今日は一緒に寝てくれるんです」


 俺が一緒に寝てくれることがよほど嬉しいのか、ニーナは心底楽しげにそう言ってのけた。


「「え?」」


 その言葉を聞いた瞬間、宮野達の間の抜けた声が重なったが、俺は頭を押さえて天を仰ぐことしかできなかった。


 まあ、そうだろうな。今までこんなに一緒にいたことなんてなかったし、一緒に寝ることなんてなかった。

 基本的に一人でいるニーナにとっては、側に誰かがいる状態で寝るなんてことは、なかったことだ。


 だからこそ、ニーナは俺という『父親』が一緒にいるこの状況が嬉しくて仕方がないんだろう。


「ちょっ、まっ、あたっ、変態!」


 どう対処するべきか、なんて考えていると、ハッと気を取り直した浅田に甚だ不本意な呼び方をされた。


「何を言っているのですか、佳奈。親子で一緒に寝ることのどこがおかしいというのです。本にも書いてありましたよ。家族とはそういうものだと」

「それは、そうかもしれないけれど……」


 ニーナの過去を知っていて、その言葉になんの含みもなく、ただ『家族』というものに憧れていることを知っているからこそ、二人はそんなニーナの言葉を否定できなかったようで、何か言いたいことがありそうな微妙な顔をしながらも黙り込んでしまった。


 でもまあ、俺としては良かった。これでこいつらも一緒に寝るとか言い出したら、それこそやばい感じが——


「せっかくだし、みんなで一緒にいるのは、どうかな?」

「……パジャマパーティー?」

「う、うん。そんな感じ、かな」


 しかし、もごもごと口籠っている二人の姿を見かねたのか、普段はあまりこう言ったことを提案しないはずの北原がそんなことを言ってきた。


「それよ! そうよね。せっかくこんなに近くに泊まるんだから、いっそのこと一緒に寝てもいいじゃん!」

「私たちも時々やってたし、いいんじゃないかしら?」


 そんなことしてたのか。いやしていてもいいんだけどな? 俺を誘えだなんて思うわけでもないし、年頃の女の子ならそう不思議でもないだろう。特にこいつらはダンジョンに潜ってばかりで女の子らしい行動ってのはする機会が少ないからな。


「いや、だが……やめておいた方がいいぞ?」


 しかし、この部屋で集まって寝泊まりするのはやめた方がいいと思う。

 この部屋には監視がある。ニーナはそんなことを気にしていないし、俺も承知の上でここにいることを選んだが、こいつらは違うだろう。


 今は忘れているみたいだが、監視がある部屋で寝るなんてことは年頃の女の子にはできないだろうし、できたとしてもゆっくり休めるかって言ったら疑問が残る。


「なら、これで」


 そう思っていると、ニーナが魔力を放出して魔法を構築し始めた。


 その構築内容がニーナの得意としている『炎』ではなく、『拒絶』だとか『壁』だとかの意味が読み取れたので、それが攻撃的なものではないとわかった。

 だが遠目からしてみればニーナが突然魔法を使い始めたとしか映らなかったんだろう。この部屋を見ているはずの人たちがいるあたりから慌てたような雰囲気が感じ取れた。


 しかし完成したのは俺が想像していた通りのもので、研究所の職員達が心配するような攻撃的なものではなかった。


「何これ?」

「結界です。この部屋は無粋な者に見られていますから」


 どうやらこれは部屋の中と外で視界を遮断するものらしい。と言っても、多分視界だけではなく音や魔力の反応なんかも遮断するようなものだろうな。何せ『世界最強』が張った結界だし。


「え?」


 しかし、『見られている』と言っても宮野達は何を言っているのかわからないようでぽかんとした表情を浮かべている。

 一応最初にこの部屋を見せてもらったはずなんだけどな。だがどうやらすっかり忘れているらしい。


「……前に言ったろ。この部屋はあそこから見ることができるんだよ」

「私は誰に見られようと何を思われ、言われようと気にしませんが、あなた方もいるのでしたら見えない方が良いでしょう?」


 設置されている窓はかなり大きなものだが、高さが結構あるから意識して見上げたりしないとこっちからはあまり気にならない。

 それでもその構造を知っていれば、この部屋の中で暮らすのはそれなりに神経が図太くないと視線が気になるだろう。


 だが、ニーナはそれを理解した上でなんでもないことのように振る舞っていた。

 なので、そんなふうに自然体なニーナの姿に感化されて宮野達も忘れても仕方がないかもしれない。


「というか、そんなことができたんだな」


 魔法の得意不得意はあれ誰でもどんな魔法でも使うことはできる。現に俺だって水と土系統が得意だが、炎や風や呪いや治癒なんて色々と使うからな。まあ、効果の程はお察しだし、無理に使おうとすればそれなりに面倒な手順や危険があるものだが。


 しかしニーナは特級の中でも最強と呼ばれるほどの才を持っている。この程度の結界、得意な魔法ではないと言っても強引に使うこともできるだろう。


 だが、理論上は使えるとわかっていても、今までそんなものを使ったのをみたことがなかっただけに少し驚きの声をこぼしてしまった。


「はい。あまり得意ではありませんが、一通りのことはできるようにしておきました。おそろいです」


 まるでその様子は「すごいでしょ? 褒めて」とでも言わんばかりに自信ありげなものだった。


 おそろい、か。どうやら俺が色々と魔法を使うのをみて、自分も覚えようとしたようだ。その威力は桁違いだが。

 しかし、炎以外にも使えるようになったというのなら、今の状況としては頼もしいことこの上ない。


 そんな強化されたニーナの『遊び相手』をするのはより大変なことになったような気もするが、それはその時になったら考えよう。この騒動を乗り切った時には、ニーナもそれなりに成長するだろうし、遊びが必要なくなるかもしれない。……だといいなぁ。


「——電話?」


 なんて思っていると、突然俺のケータイに着信が入った。

 表示を見ると、佐伯さんからだった。


 思わず視線を窓のある場所へと向けるが……そうだった。結界なんて張れたんだな、なんて感心している場合じゃなかった。


 この部屋は色々と安全のためにニーナを監視していたんだが、その監視が突然遮られたとなれば、慌てるのは当然だ。

 最近はニーナも暴れる心配がなくなってきたとはいえ、それでも突然のことで騒ぎになってもおかしくはない。


「……はい、もしもし」

『伊上君? これは彼女がやった、でいいのかな?』


 もしかしたらこのせいで何か制限や注文がつけられたりするんじゃないかと、内心で少し恐々としながら電話に出ると、佐伯さんは確信を持ちながらも問いかけるように尋ねてきた。


「ええ、まあ、はい。実は——」

「お父様。そちらを少々よろしいですか?」


 途中まで話を聞いていただろうから事情は把握していると思うが、それでもニーナが結界を張った理由を説明しようと口を開いたところで、珍しいことに……本当に珍しいことにニーナが俺の言葉を遮ってきた。珍しいというか、それを通り越して初めてのことだ。


 だが、ニーナの言う『そちら』と言うのは今電話がつながっているケータイのことだろうか?


 そう考えると、俺はケータイを耳から離して指で示したのだが、それは正解だったようでニーナは頷いた。


 一瞬どうしようか迷ったがニーナがこんなことを求めてくるのは初めてだったので、素腰好きにやらせてみることにしてケータイをニーナに渡した。


 ニーナは差し出したケータイを礼を言いながら両手で受け取ると、それをそのまま耳に当てて口を開いた。


「普段なら許しますが、今日は許しません。覗こうとしたのなら——燃やします」


 が、その口から吐き出されたのは、普段俺に向ける楽しげなものでも、宮野達に向ける親しげなものでもなく、底冷えするような冷たく、激しい声だった。


 そして、現在俺たちと佐伯さん達は結界で遮られているので見えなくなっているが、結界の外側から微かにだが魔力の反応を感じた。


 それと同時に、ニーナの持っているケータイの向こう側から慌てたような声が小さく聞こえてきた。


 しかしその慌てた様子も魔力の反応も一瞬だったことから、どうやらニーナは軽く脅しとして魔法を使ったみたいだ。多分この部屋を覗くためのガラスに炎でも当てたんじゃないだろうか?


 ニーナは前と比べてかなりおとなしくなった。それは確かだ。

 だが根本的な部分では変わっていないようで、まだ自分の身内と認めた者以外に対しては接し方が厳しいようだ。

 問答無用で殺さないだけマシになったのかもしれないが。


「どうぞ。失礼しました」


 そうしてニーナはケータイを返してきたが、俺はなんと言っていいかわからない状態で電話の向こう側に声をかけた。


「あー……すみません」

『あ、あはは。ああいいよ。うん。これからのことを思えば、これくらいのことは認めるべきだろう。ここで断られても困ることになるわけだし、多少の融通くらいは……まあ大丈夫だろう。君もいることだしね』


 先ほど魔法を喰らったはずだが、やはり特には怪我や被害はなかったらしく、なんでもないかのように言っているが僅かながら声が震えている。電話の向こうで引き攣った顔をしている佐伯さんの様子が目に浮かぶようだ。


 多分、多少のルールを破ることになったとしても、ここで許可を出さなかったらやばいと察したんだろう。


『……まあ、監視については君が一緒にいる間は切るようにしておくよ。最近では、これといった問題も起こしていないし』

「ありがとうございます」


 電話の向こうから息を吐き出す音が聞こえると佐伯さんはそう言ったが、その声にはもう震えはなかった。

 この辺りは流石こんなところで働いているだけある、とでも言うべきだろうか。


『その代わり、何も問題を起こさないでくれよ? もしくは問題があった場合はすぐに対処してほしい』

「はい。わかってます」


 それくらいなら大丈夫だ。と言うよりも、その程度のことは言われずともやるつもりだ。


『うん。なら、大丈夫なようにするよ。ベッドだと狭いだろうし、布団と、それから着替えなんかも持って行かせ——ああ、問題と言っても、男女の関係的な問題は問題になら——』

「大丈夫だと。それから、布団とか用意するらしいからそれを使えとさ」


 まだ話している途中だったが最後まで聞くことなく電話を切ると、なんでもないかのようにニーナ達へと振り返った。


 しかし、佐伯さんの言葉の最後の部分を無かったことにした俺と違って、電話の声が聞こえるくらいには身体能力の高い宮野と浅田はどこか落ち着きがないようにそわそわとしている。

 そして同じ覚醒者と言っても魔法使い型であり身体能力がそこまで高くない安倍と北原は、二人のそんな姿を見て首を傾げている。


 宮野と浅田の二人の様子を見て俺は頭に手を当ててため息を吐き出した。


 ……男女間の関係なんて、こんなところでするわけないだろうに。


 そんなことを言った佐伯さんにも、そんなことに反応した宮野と浅田の二人にも呆れながら、俺はため息を吐いて突然始まることになった『お泊まり会』を乗り切る覚悟をした。


 ……なんで世界がやばいって状況なのに、〝こんな〟なんだろうな?


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