新年の集まりと早々の異変
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クリスマスを無事に終え、初詣も何事もなく終えた俺は、一月二日の今日。かつてのチームメンバー達と集まって、以前チームを組んでいた時のようにヤスの部屋で飲み会を開いていた。
こいつの部屋が一番広くて騒ぎやすいからな。なんたって大企業のお坊ちゃんだし。
「あー、こうして四人で集まんのも久しぶりだな」
「だな。こうして集まるなんて、仕事するようになってからは滅多にできねえからな」
「つっても、集まって何するってわけでもないし、ただ飲んだくれるだけだろ」
「それがいいんだろ。人間、たまにはそうやってだらだら息抜きが必要になるもんだ」
違いない。特に話すことなんてなくても、たまにこうして集まって駄弁ってるだけでも精神的に余裕が出てくるからな。
これが新年会とか会社関係の飲み会だと面倒なだけだが、こいつらみたいにある意味家族以上に親しい間柄の奴らと飲んでいるのは楽しいもんだ。
「息抜きねぇ〜。一人息抜きが必要ねえ奴がいると思うんだが?」
そんなことをぼんやりと考えながら酒を飲んだところで、ヤスこっちを見ながらそんなことを言ってきた。
「あー、女子高生に囲まれてるやつな」
「手を出しても問題にならねえんだ。そりゃあ毎日が息抜きだろうし、今更息抜きする必要もないってか」
そんなヤスの言葉に他の二人ものっかかるようにニヤけた笑いを浮かべながらこっちを見ているが、俺としては言いたいことがある。
「ざけんなっ。俺が一番息抜きが必要だろうが。今はこの腕もくっついてるが、この間なんて左の手足がもげたんだぞ? どう考えても一番苦労してんだろ」
そう。傍目から見たらおっさんが女子高生に囲まれてウハウハみたいに見えるかもしれないが、そんなことはない。
いやまあ、確かに女子高生に囲まれているし好意を寄せられているのであながち間違っていないのだが、それ以上にリスクがやばい。この間の修学旅行の時だって、勝算はあったとはいえマジで死にかけたんだ。
「今更だけど、お前よくそんな目にあって生きてられるよな。ドラゴン複数相手に百人以上のテロ組織の相手。なんで生きてんだ?」
俺の言葉にそれまでとは違って呆れたような目をしてヒロが問いかけてくるが、んなもん生きなきゃ死ぬからだよ。俺は死にたくないんだ。
「っつーか、普通に三級のチームでダンジョンに潜ってる時よりも危険から離れたはずなのに、より怪我が増えてんのはなんでだ?」
「そうだぞ。俺たちの気遣いを無駄にしやがって。何やってんだか」
「俺だって好きで無駄にしてるわけじゃねえよ。できることなら平穏に終わらせたかったっての」
「そりゃあそうだ。好きで危険に飛び込んで文句言ってたら、ただの馬鹿だ」
ヤスはそう言うと笑って酒を呷った。
「まあ呑め。愚痴くらい聞いてやるし、聞かせてやるからさ」
そう言いながらヒロが持っていたグラスを俺の方に向けて酒を飲むように促してきたので、軽く息を吐いてから持っていたグラスに口をつけて傾けた。
「……でもさ、お前、そのうち世界の命運を左右するような問題に巻き込まれんじゃねえか?」
つまみを口に運びながら言われたケイのそんな言葉に、俺の動きが一瞬だけ止まる。
俺は今までいろんな問題に遭遇してきたし、それらは普通なら三級じゃなくても特級だってそう簡単に遭遇しないようなものだ。
だが、だとしても所詮は常識の範疇の出来事でしかない。二十面ダイスを振って十回連続で一を出している程度のもんだ。
……言っててちょっとやべー確率じゃねえかって思ったが、気にしない。
まあありえない確率ではあるが、少なくとも常識で遭遇する可能性のあることに連続で遭遇しただけの話なわけだ。
だが、世界の命運? そんなもんは常識の範疇にはない。常識内に存在しないんだからそれに遭遇することもない。
そんなのは二十面ダイスで二十一を出すくらいの馬鹿げた確率。ぶっちゃけゼロだ。
「それはないだろ、流石に」
「本当にそう思ってるか?」
「あ? 当たり前だろ? 世界をどうこうするような問題なんて、俺みたいなのが関わるわけ、ねえ……ねえだろ」
だがしかし、よくよく考えてみると今まで常識を超えた確率で問題に遭遇してきている俺なら、もしかしたら常識の範疇外にあるありえない確率だって引き当てそうな気はする、なんて思ってしまったが、すぐにそれを否定するために首を横に振って酒を呷った。
「今一瞬止まったな」
「自分でもあるかもしんねえって思ったんだろ」
思ってないし。絶対にそんなこと思ってねえ。だからなんも問題なんて起こるんじゃねえぞ。
「次の敵は神様か?」
「神様って、そりゃあこいつに呪いじみた運命押し付けた神様か?」
「もしそんな神様倒したら、素材は持ってきてくれよ。高値で買ってやるから俺に売ってくれ」
「まず神なんてもんと戦う未来を否定してくれよ……」
神様なんてもんと戦ってたまるかよ。なんだって俺が神様なんてわけわからん存在と——あ。
……そういやあ、宮野たちと初詣に行ったときに神様相手に喧嘩を売ったような気がしないでもない。
いや、待て、あれだ。きっとほら。多分あの程度なら仮に神様なんてもんがいたとしても許してくれるだろう。
「否定できる要素がねえからな」
「ま、どうせお前は巻き込まれながらもなんだかんだで帰ってくるんだ。『生還者』の名前は伊達じゃねえ、ってな」
『生還者』ねぇ。
俺としては別に特別何かをしたつもりはない。ただ死にたくないから必死になって生き延びてきただけだ。
その結果そんな名前を付けられたわけだが、だからといって期待されても困る。俺はただの三級であって、勇者ではないんだから。
「だな。んな無駄な心配するよりも、もっと他のことを心配した方が得ってもんだろ」
おい、無駄なことって言うな。こっちは今から何か起こりやしないかって不安があるんだぞ。
「他のことって、例えば?」
「あー、そうだなー……」
「うちの娘が覚醒した件についてはどうだ?」
「お前んところ、今いくつだっけ?」
「この間四つになったな」
「おお、おめでとう」
「ありがとさん。でその娘なんだが——」
だがまあ、もし本当に神様と戦ったり世界の命運をどうこうなんて騒ぎに巻き込まれるんだとしても、準備をおろそかにするつもりはないが、まだ起きてもいないことで今から心配していても意味がないのも事実だ。たとえその兆候があったとしてもな。
だから今は、こうして集まって騒いでいられるこの時間を楽しもう。
んで、明日っからは来年もまた集まれるように頑張ろうかね。
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新年が明け、冬休みも終えた宮野たちだが、その後は特に何もなかった。
ついこの間十月十一月と連続してイベントがあっただけに数ヶ月も何事もなく時間が進むのは少し不安になったが、これでいいんだ。これが普通。これこそが普通なんだよ。平穏って素晴らしい。
そう言うわけで、特に何もないまま時間が流れ、四月。宮野たち四人は晴れて三年生となった。
「六月の文化祭だけどさ、今年はどうする?」
「文化祭ねぇ……そういうのは俺に聞かないでお前らで決めるもんじゃねえか? 主役は学生だろうに」
しかし、だからだろう。前に異変があってから、異変について忠告をされてから時間が開いてしまったせいで、俺たちの気は緩んでいた。
もちろん異変が起きてもいいように対策はしてきた。
以前話していたようにこいつらは新しい装備を整え、俺も使わないだろうなと思いながらも貯金を切り崩して大袈裟とも言える道具を用意したり、年甲斐もなく真面目に訓練をしたりした。
だが、それでも数ヶ月もの間何も起こらなかった影響は、確かにあった。
「そうですけど、伊上さんも仲間ですし聞かないわけにはいかないですよね?」
「それに、まとめ役がいないと多分暴走する」
「わかってんなら止めろよ」
「無理。私も暴走するから」
「……わかってんなら止めろよ。まじで」
そして……
「ッ! おいっ!」
「っ!?」
そんな気の緩みをつくかのように異変は起こった。
学校での昼休み、俺たちは特に何をするわけでもなく食堂にて和やかに話していたのだが、突如今までに何度も感じてきたヤバイ感じを察知して咄嗟に立ち上がった。
俺以外にもガタッと何かが倒れるような音がした方向を見ると、安倍が椅子を倒して立ち上がっていた。どうやらこいつも異変を感じ取ったようで、その表情はかなり険しいものになっている。
「何——どうしたの?」
「待って。その反応ってもしかして……」
「またゲートが?」
俺たちの様子を見た浅田は一瞬だけキョトンとした顔をしていたが、すぐに真剣な顔つきになって問いかけてきた。
そして俺たちの反応で何か異変があったのはわかったのだろう、浅田に続いて宮野と北原が問いかけてきた。
——が、遅い。本気で警戒している時のこいつらなら、すぐに俺たちの反応を見て警戒をするはずなのだが、今は問いかけた後になってようやく椅子から立ち上がりそれぞれ予備の武器に手を伸ばした。
やはり、こいつらも気の緩みがあったんだろう。
「多分」
「ゲートかはわからんが、嫌な感じがした。というか、今もしてる」
普通のやつなら見ることができない魔力であっても見ることのできる安倍はゲートだとわかったようだが、俺はなんだか嫌な感じがする程度のもんだ。
だが、その感覚に助けられてきたことも何度もあるので、それを無視したりはしない。というか無視できるはずがない。
この後の行動について話すために宮野に視線を送ろうとしたのだが、すでに気の緩みは無くなっているのか俺が何かを言う前に宮野が口を開いた。
「武器の回収に教室に戻るわよ! その後ゲートらしき場所へ行きましょう!」
だな。まずは武器がなくちゃ話にならないし、その後は状況を確認しないと何をどうすればいいのかわからない。
他三人も特に異論はないようで一斉に頷いたのだが、食堂にいた他の生徒達からは何が起きているのか、そもそも何か起きているとわかっていないのか俺たちを不思議そうな顔をして見ている。
だが、何が起きているのかわからない状況では指示を出すこともできないし、ないとは思うが勘違いの可能性もある。
なので、俺たちはその場にいた生徒達を無視して教室へと走り出した。
一旦全力で教室まで戻ると、宮野達の知り合いや教師達に変な目で見られたが、なんの反応もしていないことに一言言ってやりたくなった。
しかしそんなことをしている余裕はないので食堂にいた奴らと同じように無視して武装を整えると、いつ何が起きてもいいように陣形を組みながら、襲撃を受けてもいいように余力を残しながら異変の元へと走り、たどり着いた。
だが、たどり着いた先では予想していたようにゲートが開いていた。それも、それなりに大きめのやつが。
そして、突発的なゲートの特徴として発生直後からモンスターがゲートの外に出てくると言うものがあるのだが、このゲートもその例に漏れずにモンスターがこちら側に現れていた。
現れていたのは骨と皮だけでできているような見た目をしたほっそりとした人型のモンスター。
人が多いところにできるゲートには割とよく見られるモンスターだが、基本的に攻撃手段としては噛みつくくらいしかないので、雑魚だ。
とはいえ、これだけの数がいればそれは十分に脅威たりえる。
「本当に、ゲートができてる……!」
「なんでこんなに多いのよ! 前回からまだ半年経ってないじゃん!」
「伊上さん本当に呪われてないんですよね!?」
「お祓いをお勧めする」
「うっせえ! そんなもんとっくにしたわっ! とりあえず黙って敵の処理をしとけっ!」
教導官達は流石に国からわざわざ免許制で雇っただけあるのか違和感を感じ取っていたり警戒して動き出している奴もいたし、すでにこの場に集まっている奴もいたが、そんなのはこの学校にいるやつの総数からすれば一割にも満たない。
しかも、俺たちとは違って急いでこの場に来たのか大した武器を持っていないで戦っており、中には素手やその辺にあった何かの部品であるのだろう金属の棒を振るっている者もいる。
そんなまともな武器でないにも関わらず押されていないのは、この場にいるのが教導官たりえる力を持っていると国から認められた一握りの者達だからだろう。
だがそれでもモンスター達を逃さないようにするだけで精一杯だったのだが、そこにしっかりと武装をした宮野達が加わったことで一気に殲滅力が上がり、途中からは他にも武装した者達がやってきてゲートから現れたモンスターは全て処理されることとなった。
「雑魚ばっかだったから特に被害を出すことなく終わったな」
「これでドラゴンがまたでてきたら大変でしたね」
「そう何度も出てきてたまるかってんだ」
これが雑魚の群れじゃなくてドラゴンが一体でもいれば、この場に集まっていた者の半分近くは死ぬだろう。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
教導官は無事だろうが、生徒達はまだまだドラゴン相手に生き延びることは難しいだろうからな。
それに、教導官は無事と言っても、それは無事と言うだけでドラゴンを抑え込むことはできなかっただろう。
その場合はより被害が大きくなっていたので、ゲートができた事は歓迎できないが、出てきたのが雑魚で良かったと言うべきだろう。