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『生き残る』

 

 しかし武器か。それは今後の身の振り方で変わるな。


 卒業後になあなあで『お勤め期間』だけをこなして後は普通の生活を、ってんだったらそこそこ妥協したものでも構わないが、その後も真面目にやるんだったら金に糸目をつけないで用意できる最新のものを用意したほうがいい。

 こいつらはいいものを用意できるだけの金を稼いでいるし、最新のものも用意できないわけではないだろう。


 まあ、こいつらは以前に聞いた限りだとこのまま冒険者を続けることになるみたいだし、用意できる最高品質のものを用意しておけばいいだろう。

 多分数年もすればまた交換することになるだろうが、その頃にはまた稼いでいるはずだから問題ないだろう。


 にしても、こいつらとはあと一年で終わりか。正確には一年と数ヶ月だが、それだけの時間が経てば俺はこいつらと離れることになる。


 一応仕事でこいつらのチームにいることになってんだし、こいつらが卒業したらそれも終わるからだ。

 でもそうなると、俺は次は別のやつを担当することになるのかね?


 それは……なんとなくやる気が出ねえ話だな。


 そもそも冒険者を辞めようとしてたんだし、今だって辞めたいと思っている。こいつらの卒業と同時に今の教導官の仕事を辞めようかね?


 俺がこんな仕事についたのは宮野たちの教育のためだったわけだし、たった二年の勤務になるが、そのあとは辞めても特に何も言われないだろう……と思う。


 だが、俺は冒険者を辞めることができるんだろうか? 辞めて、どうするんだろうか?


 ……それはわからないが、色々とこいつらが卒業するまでに考えないとだよな。


 そんなことを考えながら前を歩いている宮野たちを見ていると、不意に浅田がこっちに振り返ってきた。


「あんたはどう思う?」


 浅田が振り向いてきたことで見ていたのがバレたのかと思ったがそういうわけではないようで、俺は内心の動揺を見せないようにして答えることにした。


「……変えられるんだったら変えておいた方がいいだろ。北原が言ったように、直しながらだとどうしても不安はある。特にお前達二人は戦いが特殊だからな。武器の耐久は普通よりも削れるだろ」

「やっぱりそうですよね」

「それに、今使ってるのは一年半くらい前のやつだろ?」


 こいつらは武器を改造したりしているが、基本的には俺と行動するようになってから買ったものをずっと使っている。

 初期は金がなかったし、実力もそれほどあるわけではなかったので、耐久力を求めた武器を使っている。

 鋭いけど技量が伴わないとすぐに折れる武器なんて初心者には向いてないからな。


 だが、今のこいつらはあの頃とは実力が違っているので、ただ壊さないように耐久だけを求めた武器ではこいつらにちょうどいい装備とは言えない。


 それに成長しているのはこいつらだけじゃなくて技術もだ。


「最近のダンジョン素材を用いた技術ってのは本当に早いからな。一年も経てば同じ会社のシリーズ作でも全く別物ってもんも出てくるから、できることなら毎年更新するのがいい。……ま、そんな余裕があれば、だがお前達は余裕があるだろ?」


 俺が去年と一昨年のランキング戦で使った敵を捕縛する鎖の魔法具がアップデートされていたのもそのためだ。

 一年で技術が進歩し、新しいのが出たから俺も前年までは使えなかった装備を使えるようになっていた。

 まあ、あれは俺が買ったんじゃなくて、古い装備の処分として貰ったものだけど。


「ヤスんところに頼めばそれなりのものを用意してくれると思うぞ」

「安田さん……そう言えば、前に一度写真を撮りましたけど、それ以降特に何もないですね」

「ああ、そう言えば。契約、なんていうからもっと呼ばれたりするもんかと思ってたけど……」

「そうでもない」

「私としては、その、恥ずかしいから、あまりない方が嬉しいかな」


 文化祭んときに契約してたな。装備を用立てるから宣伝に使わせてくれって。

 元々は勇者である宮野を狙ったものだったんだろうが、今では多分浅田たちもそれなりに手放したくないと思ってると思うんだよな。


 だってこの間の修学旅行んときには結構活躍したらしいし、特級がいたんだとしても複数のドラゴン相手に立ち回ることのできる一級となったら、そりゃあ顔はしれるってもんだ。


 一部ではドラゴンに襲われたときに市民がとった動画や写真がネットに流れてるし、冒険者専用の情報サイトではそれなりに存在感のある名前になっている。

 俺も動画を見てみたが、浅田なんかドラゴン吹っ飛ばしてるし、まあ当然だな。


「まあ、元々それほど干渉しない契約だったろ? あいつとしてはお前達がいるってだけで意味があるんだ……って、あいつが言ってたな」


 契約ではいつでも離れていいことになってるんだし、そうでなくても宮野たちが離れたらそれは会社そのものの悪評になる。

 それよりは、何もしてもらわなくても契約しているって事実だけで十分だろうな。


 そんなわけで、ヤスとしては元々強引に何かを頼んだりとかしないだろうが、あいつの親兄弟たちも会社を嫌われることをしないだろうし、必要とあらば大抵のものは用意してくれるだろう。


「まあ今回武器を融通してもらうならまた写真や多少の話くらいはすることになるだろうけど、逆に言えばその程度だな。必要なら今度会うからその時に話を通しておくぞ?」


 年が明けたら一回もとチームメンバーで集まって飲もうってことになっていたし、そのときについでに話せば日程の調整とかはあっちでしてくれるだろう。


「あ、ほんと? じゃあお願い」

「変えるのは武器だけか?」

「あたしは武器と……あと炎耐性のなんかが欲しいかな」


 浅田は炎耐性か……それって、この間のニーナとの戦いで服が焼けたからだろうか? 嫌直接聞いたら怒られるだろうし聞かないけど。


「私は……んー、この際だし、全部更新しちゃわない?」


 宮野は一瞬何を変えるべきか考えたようだが、いっそのこと、と言うことでそんな結論になったようだ。


 まあ途中で買ったものもあるが、それ以外は武器だけじゃなくて装備全体が初期のものだしな。


「じゃ、そんな感じで伝えとくわ」


 そしてそんな宮野の意見に反対はないようで全員賛成していたので、ヤスにはそう伝えておけばいいだろう。


「——にしても、相変わらず長いよね」

「でも、後ちょっとよ。五分もかからないんじゃないかしら?」


 そんなこんなで話しているうちにもう賽銭箱のところにある鐘を難なく目視できる程度には近寄ってきた。

 宮野の言ったように後数分程度でたどり着くことができるだろう。


「今年は何を願おうかなー」

「無病息災?」

「それ願うのはあたし達じゃなくてこいつじゃん」

「そんなのはもちろん俺は願うけど……」

「もちろんなんだ」


 ったり前だろうが。そんなん今年だけじゃなくて毎年のことだっての。

 願うっつっても神様に願うんじゃなくて、今年はそうだったらいいな〜、って自分を励ますようなもんだが。


「でもお前らも願っとけよ。まじで何があるかわかんねえんだからな」


 ダンジョンのコアを破壊した瞬間のゲートの崩壊。

 そんな異常事態の話を佐伯さんからは聞いていた。


 今年はもうすでに何かある予兆はあるんだ。本当に何が起こるかわからないし、それに遭遇する率は決して低くはないと思う。


 神様、なんてもんを信じちゃいないが、それでも大して手間がかからねえんだったら願うくらいしても構わないだろ。願うことで、こいつらの意識にも印象付けられれば怪我をする率も減るかもしれないし。


 こいつらは、なんとしても死なせたくない。


 ……だから、神様よぉ。もし聞いてるんだったら、覚悟しとけ。運命なんてもんがあって、それがこいつらを巻き込んで危険に晒させるようなもんだったら、俺は本気で抵抗するぞ。相手が神様だとか関係なく、それこそ——命を掛けてでもな。


「今年も奢ってくれんの?」


 参拝が終わった後は、去年と同じく屋台巡りだ。

 ここは結構広いし人も集まるから、全部で五十くらいは屋台があるんじゃないだろうか? もしくはもっとか?


 まあ、なんにしてもいっぱいあるので、それを巡ることになった。


「自分の金があるだろうが」

「あるけどさー。いいじゃんいいじゃん。あんたもあたし達と同じくらいはあるでしょ?」


 装備で使ったりはしているけど、宮野達1級が潜るようなダンジョンで活動しているため、ヒロ達と活動していた頃よりは圧倒的に稼いでいる。

 なのでこういった屋台で奢る程度では問題ないといえば問題ない。


「……まあいいか」

「やった!」


 と思って屋台を回って行ったのだが、買うわ買うわ。

 たこ焼きイカ焼き広島焼き唐揚げじゃがバタケバブチョコバナナその他諸々……。

 どこにそんな入るんだってくらい食べてるし食べている間にも買っているが、冒険者は常人よりも燃費が悪く、それは格が上がるのに比例しているからこれくらいなら軽いうちだろうな。


 俺なんかは一般人よりもたくさん食べますね、くらいで済むが、宮野たちくらいになると大食いファイターにも余裕で勝てるかもしれない。


「初詣にもきたし、後はどうしようかしら?」

「まずは口のソースを拭けばいいんじゃねえか?」


 両手に食べ物の袋を持ちながら言った宮野に対して口の横にソースがついていることを指摘すると、宮野は一瞬キョトンとした後、すぐさま特級の覚醒者としての性能を遺憾無く発揮して口元を拭った。


「そ、そういえば! 伊上さんの新年の目標はなんですか!?」


 そして誤魔化すかのように少し慌てながら話を変えてきたので、それに乗ってやることにした。


「新年の目標ねぇ……俺の目標は生き残ることだな」

「いつもじゃん」

「そうだよ。俺は死にたくないからな」


 何かを始めるのに遅すぎることはない、とはいうが、歳をとればそれだけ何かを始める難易度ってのは高くなると思う。

 何か新しい目標を持つようなやる気なんて、俺はもうないよ。

 精々が死にたくないから死なないように頑張る、くらいの目標……詰まるところ現状維持が精一杯だ。特別何かしたいことがあるわけでもないしな。


「文句があるなら守ってくれや。技術や慣れの問題はあるにしても、力だけならお前達の方が上なんだからな」


 そもそも三級が一級や特級と一緒に戦うのがおかしいんだ。本来俺は守られる側だろうに。


「そうですね。私たちが伊上さんに勝てるようになったら守ってあげます」

「一対一でもチーム戦でも勝てないってどうなってんの、って話だけどね」

「新年の目標は勝つこと」

「その目標、すごい難しそうだよね」

「ん。でも、だからこそ」

「っし! じゃあチームの新年の目標は、こいつに勝つことね!」

「今年こそは勝ってみせますから」


 今まで時折こいつらと模擬戦をしてきたが、なんとか負けたことはない。

 まあ模擬戦って言っても制限時間をつけての勝負だが。じゃないとどうやったって勝てないし。


 だが、それだってこいつらが力を十全に使いこなして仲間と連携して上手く戦えば制限時間なんて関係なしに瞬殺できるはずだ。


 それができないってことはまだ甘いところがあるってことで、頑張ればどうにかなるんだから目標としては間違っていないかもな。

 一級が三級を倒すことを目標とするのは何か間違っている気もするけど。


 と言うか……


「チームの目標って、俺はどうなんだよ?」

「……さあ?」

「特級を入院しないで倒すこと、かしら?」

「特級に遭うのは前提なんだね……」


 そんなことを前提にして考えるなよ。俺だってそうなるかもしれないとは思っていても口にしないようにしてるんだからさ。


 むしろ最近では、タダの特級に遭遇する程度ならまだマシとすら思ってるくらいだ。


 三級の俺が特級のモンスターに遭遇するんだったら、タダのもくそもないけどな。特級は特級だ。強い弱いなんて考えるのはやめたほうがいい。


 それはわかってんだけどなぁ……。

 でも、ここ最近の出来事を考えると、タダの特級一体程度ならマシだと思えてしまう。


「むしろ複数同時もありそう」

「「「……」」」


 安倍、そんなことを言うんじゃねえよ。本当にそうなりそうだろうが。

 それにお前らも、思ってなくてもいいからせめて黙らないで否定してくれよ……。


「——ま、やっぱり俺の目標は、無難に『生き残ること』だろうな」


 無難と言っても、それが難しいのが冒険者であり、俺の経験則だ。

 今年もこいつらと一緒に全員が生き残れることを願うのなら、目標としてはそれで十分だろ。


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