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ダンジョンの異常

「機密って、そんなの教えてもいいんですか?」

「まあ、君は半分関係者みたいなものだから」


 それはまあ、否定できないな。俺はこんな一般人お断りなところにほぼ顔パスで入れるほどだし、色々と便宜を図ってもらう事ができる程度にはここの人たちと通じている。


 それに、前に冒険者を辞めようとした時……まあ今でも辞めたいとは思っているんだが、その時からこの場所で働きたいならいつでも歓迎、みたいな内定ももらっていた。

 なので、すでに半分と言わず七、八割程度は関係者と言えるだろう。


 まあここの人たちからしてみれば、俺をニーナの部屋の放り込んでおけばそれだけで安全性が格段に上がるし、何か起きた時にすぐにニーナを動かしやすいからな。いてくれるだけで助かるんだろう。


 だとしても、七、八割関係者と言ったが、それは完全な関係者というわけではないのだ。機密なんて教えていい訳がない。それは佐伯さんもわかっているだろうに。


「それよりも、知らないで何か君の身に起きた方が怖いんだよ」


 そう言って佐伯さんは苦笑したが、その理由は考えるまでもない。——ニーナだ。


 ニーナは肉体的にこそ発達してきているがそれでもその中身……精神の方はまだまだ子供だ。

 最近はその精神の方も成長してきているが、まだまだ完全に大人だとはいえず、子供のように拗ねることや癇癪を起こす事がある。


 思春期と考えれば理解できないことでもないし、周囲の者に反発するのはむしろ当然なのだが、ニーナが唯一家族と認めている俺が死んだとなれば、ニーナは心のままに動くことを否定しないだろう。


 世界最強なんて呼ばれる彼女が心のままに動くこととなったらその影響は計り知れない。


 だからこそ、俺に死んでもらっては困るという考えは理解できる。


 だが、どうして俺の身に何か起こるだなんて話になるんだ? さっきの救世者軍の自暴自棄云々に関してか? 

 でも、それにしては話をするタイミングがおかしいような気がする。さっきの話に関連しているのなら、さっきすればよかったはずだ。


「それでまあ、その内容なんだけどね。——勇者が死んだ」

「……………………は?」


 なんて考えていた俺の届いた佐伯さんのその言葉に、俺は一瞬反応ができないでいた。


 だってそうだろ? 勇者ってのは、どいつもこいつも俺なんかとは比べ物にならないような、本当に本当の超人ばっかりだ。


 モンスターが現れるようになって不安定になった人々の心の安寧を守るために与えられた、特別な称号。


 敵を倒し、人を守り、人類の守り手たる希望の星。それこそが勇者というもので、並の特級程度とは一線を画す力の持ち主達だ。


 それが死んだ?


 確かに、勇者と言ってもその力の差は千差万別。言い方は悪いが、アタリハズレがある。


 アタリはニーナや宮野みたいな素で優れた力を持ち、実力で勇者という称号を与えられた者。


 そしてハズレは、特級ではあるし特級の中でもそれなりに力はあるのだが、勇者として呼ばれるほどかというといまひとつ物足りない、と言うような奴らだ。


 どうしてそんな『ハズレ』なんてのがいるのかって言うと、勇者は現在百人未満しかいない訳だが、そんな勇者が自国にいればそれだけで存在感を出す事ができるからだ。

 簡単にいえば、強引に勇者に仕立て上げたのだ。


 だが、強引に仕立て上げたと言っても、それが間違いだとは言い切れない。


 市民からしてみれば自国の勇者がアタリかハズレかなんてわからないんだし、いるってわかっていればそれだけで安心して生活する事ができるからな。


 だが、いかにアタリの勇者からしてみれば劣るような存在なんだとしても、それでも特級の中でも上位の力を持っていることは間違いないんだ。


 佐伯さんの言った『死んだ勇者』ってのがアタリにせよハズレにせよ、どっちだとしても到底信じられるようなことではない。


 ……とはいえ、勇者だって人間だ。病気になることもあるだろう。急性アルコール中毒とかの可能性もあるし、なんなら喉に餅を詰まらせた、とかの可能性だってないわけではない。


 しかし、可能性はあるとはいえ、その程度のことで佐伯さんがこんな真剣な様子で話すか?


 改めて話すのはわかる。何せ世界に百といない強者の生死についてなんだから。


 だが、だとしてもだ。こんなわざわざ機密となっていることを話そうとするものか?


 それに、俺の身の安全に関わるような話をした理由はなんだ?


 まさかとは思うが……殺された? そしてその関係で俺が狙われている?


 ……いや、落ち着け。まだ話をまともに聞いていないんだ。考えたところで意味はないし、こんな話をしたってことは最後まで話す気があるんだろう。

 だったら、考えるにしてその話を聞いてから考えるべきだ。


 そう考えて一度大きく深呼吸をすると、佐伯さんへと続きを促すべく口を開いた。


「それは、どの?」


 だが、それでもやはり緊張だか混乱だかはあったんだろう。俺の言葉はごく短いものとなってしまった。


「『氷剣』だよ」

「……まさか」


『氷剣』。俺は彼女のことを知っている。それも、ただ知っているだけではなく顔見知りだ。何せ、彼女も日本人だし、こんなところにいれば会う機会だってあった。

 もっとも、顔見知りと言っても友人なんかじゃなかったし、友好的ともいえなかったが。


 氷剣は、その名の通り氷の魔法を使う。だからこそ、炎を使うニーナを抑える役になれれば、と期待されていたんだが、俺がこうしてここに入り浸る事ができている時点でお察しだ。


 彼女はニーナに勝つ事ができなかった。

 だが、それは彼女の力が足りないわけではない。純粋にニーナが……世界最強が強すぎただけだ。

 勇者にはアタリとハズレがあると言ったが、彼女は決してハズレではない。むしろ、純粋な力はアタリの中でも上の方だ。


 そもそも日本にはハズレの勇者はいない。なぜかわからないが、日本では他の国よりも多くの勇者が生まれた。そのため、わざわざ箔付けのために強引に勇者を仕立て上げる必要なんてないんだから。

 むしろ、あまり勇者を増やして他国を刺激しないため、勇者と判定するための基準は厳しめだ。


 だが、そんなアタリの勇者であるはずの彼女が……死んだ? 俄には信じられない。


「そのまさかだよ。……いや、正確には死んだわけじゃないか」


 佐伯さんには焦らすつもりや誤魔化すつもりはないのだろう。

 そもそもその言葉ははっきりと言葉にされたわけではなく、佐伯さん自身が自分に言うかのように呟かれただけの言葉だ。


「死んだわけじゃない? なら、病気、とかですか?」


 だがそんな呟かれただけの言葉だったとしても、気にしないことなんてできる訳がなかった。


「あ、いや、違う。そういうのじゃなくて、書類上、法律上は死んだことになった、だね」


 佐伯さんは俺の言葉で自分が意識を逸らしていたことを理解したのか、ハッとした様子で口元から手を離して顔を上げると、先ほどよりも詳しい説明をした。


 だが、まだ要領を得ない。むしろ余計に訳がわからなくなった感じだ。

 書類上? 法律上? どう言うことだ?


「それは、どういう……?」

「より正確にいうのなら、『死亡は確認できていないが、生存は絶望的な状況に陥り生死不明』というのが正しいかな。端的にいえば——行方不明になった」

「勇者が、ですか?」

「ああ。極めて特殊な事例だが、その時彼女にはダンジョンを攻略してもらっていたんだよ」


 ダンジョンの攻略は理解できる。氷剣の勇者である彼女は、ニーナに負けてからせめてその功績だけでも上を行こうと思ったのか、日本だけではなく世界中を飛び回ってゲートの処理を行なっていたからな。


「攻略は途中まで順調に進んでいた。だが、これからコアを壊すという連絡を受けた直後に、中にあるもの、いる者を巻き込んでゲートが崩壊し、消え去った」

「は?」


 ゲートが崩壊しただと? いやまあ、それ自体はおかしなことでもない。ゲートはそれを構築している核を壊すと勝手に崩壊するものだからな。

 だから、コアを壊してゲートも壊れた、ってだけの話ならば特におかしなことでもないのだ。


 だが、今の佐伯さんの話はおかしい。


「いや、待ってください。そんなことがあるんですか?」

「ないよ。いや、なかったよ。少なくとも、今まではね」

「一応確認しますけど、ゲートってのはコアを壊してもしばらく……数日程度は残っているものですよね?」


 そうだ。ゲートは、コアを破壊したらゲートも壊れるんだが、それはコアを破壊した直後にと言うわけではない。コアを破壊してから数日……長いときには一ヶ月ほど残ってから消失する。


 そのゲートが消えるまでの期間は、ゲートが発生してからコアを破壊するまでかかった時間によって決まるそうだが、それでもコアを壊した直後に、なんてことは今まで一度もなかった。

 前にニーナが突発的なゲートに遭遇して一瞬で片をつけたが、あれだっておよそ一日はその場に残り続けたのだ。数日残ることに比べれば十分早いが、それでも一瞬というわけではない。


「ああ。だから僕たちも訳がわからないんだ。壊れるはずのないゲートが、コアを破壊したと思わしき瞬間に一緒に崩壊した。これは非常にまずいことだ」


 本当にまずいと思っている事が容易にわかるほどに佐伯さんの表情が歪められていたが、それも当然だ。


 コアを壊しても逃げる時間がないなら、そのコアを壊す誰かは確実に死ぬってことで、それはつまり、ダンジョンを攻略するたびに一人生贄にしなければならないってことだ。


 ただでさえゲートの発生数に比べてゲートに対処できる冒険者の数は少ないっていうのに、ゲートを破壊するたびに一人づつ死んでいくとなったら、冒険者の不足している状況は加速する。


「原因は分かっているんですか?」

「いや。いくつか似たようなダンジョンも調べたし、それ以外も調べたが、まだその一例だけだ」


 原因がわかっていれば対処することはできるだろう。

 だが、佐伯さんは首を振って溜息を吐き出した。


「ゲートのことは勇者の死を除いて後でおふれを出すが、君たちはコアの破壊をしたことはなかったと思うけど、機会があっても今は壊さないでいてくれ。必要があればこっちに連絡してもらえれば対応する」

「わかりました」


 何がどうなってコアを破壊した直後のゲートの崩壊なんてなったのかわからないが、それは俺が考えてもわからないことだ。


 今は佐伯さん達国の組織に任せて待つしかないだろう。


 俺にできることと言ったら、宮野達にも話をして、コアに関して警戒をしておくしかないだろう。


 にしても、ゲートか……。正直、何がどうなっているかわからないが、次元とか空間に異常が出てるんだよな?


 万が一ゲートの崩壊に巻き込まれても生き延びる事ができるように、何か方法を考える必要はあるか?

 異常や異変が起きてるってわかってるのに何もしないってのは落ち着かないし、それにどうにも嫌な感じもするしな。


 俺程度の魔法使いでどうにかなるとは思えないが、考えること自体は無駄にはならないだろうし、もしかしたら救世者軍のやっていることに気づくヒントの欠片くらいは手に入るかもしれないから。


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