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瑞樹と浩介

 ──◆◇◆◇──



 浅田と話した日の翌日。

 明日には修学旅行ということで、今日は訓練もなく、学校も半日ほどで終わった。


 これから二年生達は明日のために準備を確認したり、予定を話し合ったりするのだろう。


 そんな中、宮野達は集まることなくそれぞれで行動していた。


 そして、宮野は明日が修学旅行だというのにもかかわらず、訓練室を借りて一人、部屋中を駆け回っていた。


「伊上さん」


 部屋の中に入ると宮野はすぐに俺に気がついたようで、駆け回っていた足を止めて服で汗を拭うとこちらにやってきた。


 ……今更だが、お前、その動作はあまり男の前でやらない方がいいぞ?

 服の裾から腹が見えてるから気をつけとけよ。


 まあ、そんなことを二人きりの時に言ったら変な空気になるかもしれないし言わないけどな。


「よう。今日も訓練か」

「ええまあ。少しでも強くなりたいので」

「強く、ね。そりゃあ、もう負けないようにするためか?」

「? はい。そうですけど? チームも他のみんなも守らないと行けないですし……」


 やっぱ、まだ仲間も守る対象なのは変わらない、か。


「そうか。——ああ、これやるよ。差し入れだ」


 俺は一旦話を区切るために、ここにくる前に売店で買った差し入れであるお菓子を宮野に手渡してやった。


「ありがとうございま……あの、これ一つ食べてあるんですけど?」


 だがその菓子の箱はすでに封が開いていて、そのことに気がついた宮野が中を覗くと、すでに中身が一つ消えていた。

 まあ、俺が食ったんだから当然だな。


「悪いな。ちょっと味が気になった」


 普段はあまり新味に挑戦とかしないんだが、今日はなんとなくそんな気分だったので、買ってみることにしたのだ。

 不味かったら——じゃなくて口に合わなかったら宮野に分ければいいし、こうして話の種にすることもできるしな。


 なのでこれは好みだけで買ったわけではない。こういうふざけた日常的な話をすることで、この後の話のためにも宮野の気を自然体でいさせようとしたのだ。

 ……幾分か好みが入っていることは否定しないけど。


「——梅昆布味? ……なんでこんなの買ったんですか」

「いや、まあ……だって気になるだろ?」

「まあ、気にはなりますけど……」


 俺、梅って好きなんだよ。梅干しとか梅酒とか。だから普段は新味を買わなくても、梅味の商品は割と買う。

 梅は結構当たり外れが大きいから買って後悔することも多々あるんだけどな。


 今回買ったのは梅昆布味のチョコレートだったが……まあ味は食べて貰えばわかるだろう。


「食ってみろよ。騙されたと思ってさ」


 俺に促されて宮野は少し迷った様子を見せながらもチョコを口に運んだ。

 のだが、その表情は徐々に微妙なものへと変わっていった。


「……なんというか、人を選ぶ味ですね」


 言葉を濁してはいるが、その表情からもっとひどいことを思っているのは明白だ。


「ああ、やっぱりそうだよな。一人で食うことにならなくてよかったよ」

「……つまり、私はこれの処分係ですか」


 宮野はジトッとした目で俺を見てくるが、俺は苦笑いしながらカバンの中に入れていたビニール袋を取り出す。

 その中には今渡したもの以外のお菓子や飲み物が入っている。

 もちろん普通の、無難と言ってもいいようなものだ。


「こっちに普通の差し入れもあるから許せ」


 そして今度こそ普通の差し入れを宮野に渡すと、宮野は俺から受け取った袋の中身を確認しだした。


 中身が普通のものだったことで安心したのか、ほっと息を吐き出した。


「明日はついに出発ですね」


 宮野は袋を置くためか自分の荷物があるところへと向かって歩き出したのだが、途中でそう話しかけてきた。

 それは何もおかしいことではない。明日が修学旅行当日なのだから、その話題が出ることは至極当然だろう。


「……だな」


 が、俺はその言葉に一瞬反応が遅れてしまった。


 それはどう切り出すか悩んだからなんだが、まあ、この辺でいいだろう。


「? どうかしましたか?」

「どうかっつーかなぁ……」


 菓子のはいった袋を置いた宮野は俺の反応を疑問を思ってこっちに振り返ってきた。


「本当なら俺が何もしなくとも気づいて欲しかったし、言おうか迷ったんだが……やっぱ言っとくことにするわ」


 できることなら宮野自身に浅田の想いや、自分の間違いってもんに気付いてほしかった。


 だが、今会っても宮野は仲間を守る対象として見たままだった。

 だから、俺は浅田の頑張りを無駄にしないためにも、こいつと話をすることにした。


「?」


 だがそんな俺の独り言のような言葉を聞いた宮野は何を言っているのかわからないようで首を傾げている。この状況を絵にするのなら、頭の上にはてなが出ていることだろう?

 それぐらいこいつは何も気付いていない。


「お前浅田のことをどう思ってる?」

「どうって……」


 宮野は俺の質問の意図を探るような目を向けてきたが、俺が真剣に聞いていることがわかったのか、宮野も真面目な顔をして俺に向き合って答えた。


「友達で、同じチームの仲間ですね」


 だが、その答えは本当に『本当』か?


「そりゃあ本当にそう思ってるのか?」

「……どう言う意味ですか」


 むっと怒ったような表情に変わった。


 そりゃあそうだろうな。無意識のうちに守る対象と思っているとはいえ、こいつの中では浅田は仲間なんだ。それを疑われりゃあ、不機嫌になって当然だし、怒って当然だ。


 だが、俺は宮野に睨まれたからと言って言葉を止めるつもりはない。


「お前は前に俺に訓練を乞うときに言ってたよな。『自分が強くないとみんなを守れない』って」

「はい。……それが——」

「お前にとって浅田達は、『仲間』じゃなくて『守る対象』なんじゃないのか?」

「………………え?」


 自分の言葉を遮って言われた俺の言葉に、宮野はしばらくの空白の後に間の抜けた声を漏らすことしかできていなかった。


「そ、そんな、ことは……」


 そして声を漏らしてから数秒経って、ハッと意識を取り戻した宮野は動揺しながら口を開いて俺の言葉を否定した。


 しかし本人にその気はないんだろうが、その言葉ははっきりしたものではなく、迷いの見て取れるものだ。


「ないって? ならなんで最後まではっきり言えなかった? 多少なりとも、自分でも思うところがあったんじゃないのか?」

「……」


 宮野は俺の言葉に衝撃を受けたような、唖然とした表情をし、徐々に顔を歪めていった。

 やっぱり、意識はしていなかったが、こうして意識させてしまえば俺の言ったことに思うところはあったようで、考え込み始めた。


 それから少しして、宮野の体がプルプルと震え出したところで俺は口を開いた。


「修学旅行前にこんなことを言うのもどうかと思ったんだが、言っておいた方がいい気がしてな。悪い」

「……いえ」


 宮野は小さな声で否定しているが、よほどショックだったようだ。まあ、当然かもしれないけどな。


 修学旅行前にこんな話をしたのは理由がある。

 この学校の修学旅行ってのはチームで行動しなくちゃいけないわけだし、どうしたって宮野は浅田と一緒にいることになる。そうなれば、向かい合って話すことも増える、というか話さないって選択肢はないだろう、こいつの場合は。


 少々荒療治だが、それでも浅田の頑張りを無駄にしないためには、こいつに気づかせるしかない。


 それに浅田のため以外にも、こいつらのチームが壊れないためにも必要なことだと思った。

 だから俺は修学旅行の前日なんて日にこんな話をしたんだ。


 まあ、俺だってただ引っ掻き回して終わりにする気はないし、後でそれとなく安倍と北原に面倒を見るように伝えておくつもりだけどな。


「そうしょぼくれた顔すんな。俺はお前を責めたいわけじゃないんだ」


 そうは言ったが、このまま放っておけばこいつは自己嫌悪に陥ってしまうだろう。


 もしかしたら明日の修学旅行だって休むかもしれないし、いったとしてもまともに話すこともできずに終わるかもしれない。それぐらいこいつは責任感が強い。


 そもそもそれが理由でこんなことを思ったわけだしな。


 だが、それではいけない。


 こんな時にこんなことを言った俺が言うのもなんだが、せっかくの修学旅行なんだ。


 思うことはあるだろうし、やらなければならないこともある。普段の通りってのは無理だろうって思ってる。


 だがそれでも、楽しまないと。


「ただ、お前は気負いすぎだ。お前の仲間はお前が思うほど弱くない」


 俺はそう言いながら宮野の頭に手を乗せると、ぐりんぐりんと乱暴に宮野の頭を動かしながら頭を撫でた。


「お前はまだまだ子供なんだ。どれほど能力があろうと、周りに期待されようと、それは変わらない。ちったあ周りを頼れ。そのための仲間で、教導官ってもんだ。……なんて、俺は力じゃお前らには勝てないし、頼りないかもしれないけどな」

「……前にもそんな感じの言葉を聞きましたね」

「言ったか?」

「言いましたよ。でも、そうですね。少し気負いすぎたのかもしれません」


 言ってすぐに変わるようなもんでもないだろうが、意識させることができたんなら、後はこいつならしっかりと『仲間』のことを見ることができるだろう。


 だが、せっかくだ。もう一つ手助けをしてやろう。お助けキャラの召喚だ。


「ああもしもし? 今ちょっといいか?」

『何? あんたが電話なんて珍しいじゃん』

「まあ、たまにはな」


 俺はケータイを取り出すと浅田に電話をかけた。

 そして唇に人差し指を当てて宮野に静かにしているように指示を出すと、通話のスピーカーをオンにして浅田の声が宮野にも聞こえるようにした。


「今更になるが、一つ聞きたいんだが……」

『何よ』


 電話の向こうからガサガサと音が聞こえるが、明日の用意でもしているのだろうか。


「お前、宮野のことをどう思ってる?」


 だが、俺がそう聞いた瞬間に周りから聞こえていた雑音がぴたりと止まった。


『……ほんと、なんなのいきなり。今更すぎない?』

「だから言ったろ、今更だ、って。で? どう思ってる? どうしたい?」

『どう思ってるってそんなの、決まってんでしょ。仲間で友達で——ライバルよ』


 すぐ目の前にいる宮野からハッと息を呑む音が聞こえ、チラリとその表情を見ると目を見開いていた。


 そもそも宮野が聞いているなんてことは浅田に入っていないから当然なんだが、そんな宮野の状態は電話越しの浅田にはわからないようで話は続いていく。


『瑞樹がどう思ってるか知らないけど——ううん。知ってるけど、そんなのあたしの知ったことじゃないっ! どうしたいか? はんっ! それも今更言うまでもなく決まってんでしょ! 今はまだ隣に立ってられるなんてはっきりとは言えないけど、絶対に追いついて、追い越してやるの。で言ってやんのよ』


 そこで浅田の言葉は止まった。


 止められたことで浅田が何を言い出すのか不安になったのだろう。宮野はゴクリと息を呑み込んで浅田が再び話し出すのを表情を歪めながら待っている。


『あんたのライバルはあたしだ。勝手に一人で背負いこんでんじゃない! ってね!』

「あ——」


 はっきりと力強く告げられた浅田の言葉を聞いて、宮野はザッと音を立てて一歩足を引き、呆然とした声を漏らした。


 今の音と声は浅田には聞こえて……ないみたいだな。


 でも、どうやらこれまでだな。これ以上は聞いているってのがバレるかもしれない。


 バレたところで浅田が一人で悶えるだけだろうし、あとは俺が怒られるだけで、特に何もないっちゃあ何もないんだけどな。


 だがまあ、その内心を推し量ることはできないが、それでも今の言葉を聞いて響くものはあったのだろう。でなければそんな反応はしないはずだ。


 なら、もう十分だろ。


「そうか。じゃあ切るぞ。明日は寝坊すんなよー」

『え、ちょっ! 今の質問なんで聞いたの!? ほんとになんな——』


 浅田の文句など聞かずさっさと電話を切ると、俺はあいつの言葉を伝えたかった本人——宮野へとまっすぐ向かい合った。


「——こう言うわけだ。考える参考にはなったか?」

「……佳奈は、かっこいいな……ほんと、すごくかっこいい」


 だが、そんな俺の言葉には答えず、宮野は悔しげな、でも喜ばしげな笑みを浮かべて小さく呟いた。


 ……この様子なら、もうこいつが浅田のことを『守る対象』として見ることはないだろうと思う。


 まあ、まだ完全にそうだとは言い切れないが、少なくともちゃんと見ようとはするはずだ。


「明日からは修学旅行でしばらく訓練の様子やらあいつらがどう思ってるのかなんて見れないが、戻ってきたら考えてみろ。あいつらが守られるだけの存在なのかどうかってのをな」

「……わかりました。すみません。ありがとうございます」


 宮野は俺の言葉に深呼吸をしてからはっきりと見つめ返して答えると、礼を言って深々と頭を下げた。


 そして今日はもう訓練をするつもりはないとのことで、宮野が帰り支度をし始めた。


「——でも、どうでしょう?」


 ここまできたんだから最後まで見送ろうと思ってその場にいたのだが、準備を終えて鞄を持って立ち上がった宮野が、なぜかそんなことを言ってきた。


 宮野の言った「どうでしょう?」と言うのは、どういう意味だ? 何にかかってる言葉だ?


 ……わからないが、なんだか嫌な予感がするような気がするかも。


「何がだ?」

「もしかしたら、旅行中にも考え直す機会があるかもしれませんよ?」


 それはあいつの実力を見る機会があるってことで、つまり何かしらの問題が起こるってことでも——


「……おい、やめろ。それはマジで起こりそうな気がするから、言うな」


 だめだ。これ以上考えたら本気で何か起こりそうな気がする。だから何か起こるかもしれないなんて考えんな、俺。


「でも、伊上さんも考えてるんですよね? だから旅行前だけど言ったんでしょう? 最初にそんな感じのことを言ってましたし」

「……非常に残念で不本意ではあるが、考えのうちの一つとしては捨てきれないこともない」

「つまりは起こるんですね」

「いや確定じゃないから。きっとなんとかなるから。ほら、あの海に行った時みたいに大丈夫な時だってあるって」

「だといいんですけど、一応万全の準備はしておきますね」

「……おっかしーなぁ? 事あるごとにちゃんと『視て』もらってるんだけどなぁ?」


 そんな場を和ませるために言った戯言まじりの言葉のようにも思えるが、だが俺にとっては割と本気でもあることを話しながら、俺たちはその場を後にした。


 ……これで、こいつらの関係が戻ればいいんだけどな。少なくとも、昨日までみたいなお互いを見ていない状態よりはいい関係になってほしい。


 ついでに、俺のなんかわからんが何かしらが起こる体質? もどうにかなってほしい。割とマジで。


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