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裏技

 だが、それをどうにかするためにここにきたんだ、とすぐに頭を振ってから、荷物の中からこれから使うものを取り出すと、浅田に放り投げた。


「受け取れ」

「なにこれ? 魔石?」


 突然投げたにも関わらず難なくそれを受け取った浅田は、自分の手の中にあるものを見ると眉を寄せた。


 だがまあ、だろうな。


 魔石ってのはモンスターの体内から取れるエネルギー源だが、それは道具に加工して使うものだ。

 魔石単体を渡されたところで、覚醒していようとしていまいと、使うことはできないんだから。


 だがそれには、『普通は』、という注釈がつく。


 普通は確かになんの道具も加工もなしに人が魔石を使うことはできない。

 だが、普通ではない方法であれば使うことはできる。


「そうだな。ああ、たいして高くないから壊しても気にしなくていいぞ」

「これがなんだっての?」

「これから、お前に裏技を教えてやる」


 これから教えるのは、そんな魔石を使った奥の手だ。

 ヒロ達に教えてもできなかったし、俺だって何度も失敗して怪我したような危険な技。


 本来ならそんな王道から外れた裏技なんて使わなくてもこいつらは十分に強いのだから、教えるつもりはなかった。


 だが、今の状態から前に進ませるには必要だろうと判断して教えることにした。


「裏技?」

「そうだ。強くなりたいんだろ?」


 俺がそう言った瞬間、浅田はびくりと体を震わせ、わずかに視線を逸らした。

 だが一瞬だけ目を瞑ると、すぐに目を開いて力強い瞳で俺を見返してきた。


「——教えて」


 ああそうだ。それでいい。

 悩んでいるよりも、前を見据えて進んだ方がお前にはあってるよ。


 しかし、これから修行を始めるわけだが、その前に聞いておかないといけないことがある。


「その前に、お前いくら貯金がある?」

「へ? 貯金?」


 突然全く関係なさそうなことを聞かれたからだろう。浅田はそれまでの真剣な雰囲気を散らして惚けたような表情になった。


「ああそうだ。ほれ、教えてみ?」

「え? えっと……これくらい?」

「……こんだけあれば充分か」


 浅田は訳がわからないながらも、言われるがままにケータイを操作して預金額を見せてくれた。


 ……こいつ、こんな簡単に見せるなんて、いつか騙されやしないだろうか?


 そんなことを思いながら画面を見たが、そこには七桁の数字が書かれており、俺がこれからやることには十分な額があった。


「なにがよ」

「授業料だよ。時間外で教えるんだから金をもらわないとやってられんわ」


 授業料なんてのは貰わなくてもいいんだが、こうして金をもらっておけば、こいつも俺の善意にすがってると感じたりして、変に気負うことはないだろう。


「あんたはまたそんなふうに……まあいいわ。いくら欲しいの?」

「三百だな」


 俺の意図を理解したのか、浅田は眉を寄せて不満げな様子を出しながら薄く笑うと、呆れたように肩をすくめた。


 強くなる方法が見つかったからか、幾分かマシになった雰囲気の浅田に対して俺は三本の指を立てながら授業料を告げた。


「三百円? それなら通帳なんて見なくても持ってるけど」


 が、浅田は勘違いしたようで首を傾げた。


 だが違う。


「三百円じゃなくて、万だ。三百万」


 三百円だけが授業料とか、確認する意味どころか、もらう意味ないだろ。

 まあ俺の言い方が悪かったのは認めるけど。


「は、はあ!? 授業料で三百万って、ぼってんでしょ!」


 が、俺の言葉を聞いた瞬間、浅田はまたも間の抜けた表情をして、僅かのちに驚きの声をあげて俺を睨んできた。


 その様子はいつも通りで、そんな様子に俺はどこか安心を感じた。


「そうか? 学校の授業料とかこんなもんだろ」

「あんたは個人じゃん!」

「魔力っていう特殊なものの扱いを教えるんだから、三百万でも安い方だと思うけどな」


 むしろもっと高くてもおかしくない。これでも良心的な値段だ。場合によっては数百どころか数千万する講師だっているからな。


 っつーかこれ、授業料って言ったが、実際には道具の購入費だ。

 俺の懐にはほとんど入ってこない——どころか、場合によっては俺の持ち出しで道具を仕入れることになるだろうな。


 まあそれは俺が教導官としてミスってこいつの異常を見逃したり、宮野への対処を後回しにしてしまったせいなので、文句はない。


「……そもそも、なにを教えてくれんのよ。これ使うんでしょ?」


 浅田はさっき俺が渡した魔石に視線を落としながら、それを手の中で弄んでいる。


「戦士型の覚醒者ってのは魔法を使えないって言われてるが、正確には違う」

「え」


 そんな浅田を横目に、一度深呼吸をしてから説明を始めることにした。

 すると、浅田は顔を上げてその手の中にあった魔石から視線を俺へと移した。


「使えないんじゃなくて、ただ一つの魔法を常に使っている状態なんだよ」


 そもそもの話、肉体は普通の人間と変わらないのに銃弾を防いだり車と競争できたりなんてのはおかしいんだ。

 体の作りが違うんならわかるが、そうではないし、それでは後天的覚醒者なんてものは生まれない。何せ人間の体は後から作り変わったりなんてしないんだから。


 だってのに体の作りが普通の人間と同じなのにバカみたいな怪力を使うことができるのは、それが魔法によるものだからだ。


 そう言うわけで、覚醒者ってのは常に自身を強化する魔法を使ってる状態なんだ。


「ああそれ。あれでしょ。強制魔法発動体質」

「そうだ。授業でやったか?」

「いっちばん最初にね」


 まあ、そうか。教えたところで前衛後衛の役割を変えることはできないが、教えない理由にはならないし、教えたからといって何があるってわけでもないしな。


「でもそれってさ、結局はあたしみたいな前衛は普通の魔法を使えないってことでしょ? だって勝手に使われてる状態なわけだし」

「まあ無理だな。魔法使いが魔法を使う場合は自分の意思で使ったり、魔力がなくなったら使うことはできないが、戦士型の場合は自分の意思でやめることも、魔力切れで機能がなくなることもない。もうそういう機能として体が作られてるんだから」


 魔法使いは身体強化の魔法を使えば前衛の代わりに動くことは可能だが、前衛は後衛の代わりになることはできない。


「例えるならそうだな。心臓……いや、耳あたりか。人に限らず生き物はみんな音を聞いて生活しているが、その機能は生きるために必要か?」

「……いや必要でしょ」


 浅田は眉を寄せて肯定したが、俺は首を振って言葉を返す。


「違うな。生活するには必要かもしれないが、生きるだけなら音を聞く必要はない。だが、それをなんの外的要因もなく自分の意思で止めることはできないだろ? お前は自分の意思で音を聞くのをやめることができるか?」

「無理」

「だろうな。だからそれと同じだ。命に関係ないが、自分の意思では止めることができない。何せ最初からそういう作りの体になってるんだから」


 そんなわけで、前衛は炎を出したり水を操ったりという、魔法らしい魔法ってやつが使えない。

 それは特級であっても三級であっても同じ。

 少なくとも今は、とつくが、強制魔法発動体質を治す方法は分かっていない。


 ただこの体質、俺個人的には一つ問題というか、疑問があるんだよな。


「……で? そんな授業したからなんだっての? 裏技ってなんなのよ」

「落ち着けって。自分の意思では止めることも弱めることもできない機能だが、強めることはできる。さっきの聴覚の話もそうだが、弱めることはできないが、集中して普段より強めることはできるだろ? 普段のお前の力だって、感情の浮き沈みで強弱があったはずだ。それは無意識の間に力を入れようとしてたからだな」


 そう言うと浅田は今までのことを思い出しているのか、思案げな表情へ変わった。


 こうして納得した様子を見せてくれるんだったら、多分俺が教えることを理解してくれるだろう。


「で、本題の裏技だが、勝手に使われてるって言っても、所詮は魔法だ。弱めたり止めたりすることはできないが、魔力があれば強化できる」

「でも、その魔力を全部魔法に注ぎ込んでるんでしょ?」

「ああ。だが、自分の魔力が足りないなら、他所から持ってくればいいと思わないか?」


 俺はそう言いながらもう一度カバンを漁ると、その中から一つの小瓶を取り出した。

 取り出した小瓶の中には液体が入っており、俺はそれを浅田に見せびらかすかのように顔の前に持っていきチャポチャポと音を立たせながら揺らした。


「魔力の補充薬を飲めば、短時間だが強化できる。ま、補充したところでその魔力をうまく操れなきゃ意味がないけどな」

「けど、うまく扱えれば……」

「特級に迫る力じゃなくて、特級そのものの力を使える」

「特級そのもの……」


 浅田は俺の言葉を聞くなりそれまで以上に真剣な瞳になり、グッと拳を握り込んだ。



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