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『仲間』への思い

 ──◆◇◆◇──


 ランキング戦において、因縁の相手であるお嬢様との戦いを終えた二日後。

 結構激しめの戦いがあり、そしてその戦いに負けてしまったにもかかわらず、宮野達は一日だけ休みを挟むと、そのさらに翌日の今日からすでに次こそは負けないと意気込んで訓練を始めていた。


 俺としてはもう少し休んでもいいんじゃないかとも思ったんだが、多分動いていないと落ち着かないとか、戦いの時に感じた感覚や、戦いに負けたことで出てきた感情を忘れないうちに鍛えようとか思ったんだろう。


 そうして宮野達は授業を終えると、いつも通り訓練を……いや、いつも以上に訓練を行なっていた。


 とはいえ、ここはあくまでも訓練場なので、周囲を壊しすぎないように気をつけているので、本気での訓練はできない。


 それをするにはどれだけ壊しても知らないうちに元に戻っているダンジョンでやるしかないのだが、まあ近いうちにダンジョンに行くことになるだろうな。


 こいつらだってあれだけ頑張って挑んだ勝負で負けたんだから、色々と不満も溜まっているだろう。


 だからその不満を発散する必要があるというか……簡単にいえば憂さ晴らしだ。

 ストレスの解消にバッティングセンターに行くとか、パンチングマシーンを殴るとかそんな感じ。

 やることはそんな可愛らしいもんじゃないけど。


 それはいつがいいか、なんてことを家に帰ってから考えていたのだが、ふと最初は嫌がっていた宮野達の教導を進んでやっている自分がいることに気がつき、小さく笑いをこぼした。


「あん? 誰だ……宮野?」


 そんな時、もうすぐ深夜と言っていい時間だってのに俺の電話が鳴り、画面を見てみると宮野の名前が表示されていた。


 なんだ? あいつはこんな時間に電話をかけてくるような奴じゃないんだが……ってか、そもそも電話自体それほどかけてくるような奴じゃない。

 どうせ毎日のように顔を合わせてるんだから、電話なんて特別に何かある時くらいしかする必要ないしな。


「もしもし?」


 だがまあ、なんでかけてきたのかなんて事は直接聞けばいいので、頭の中に浮かんだ疑問は一旦頭の隅においておいて電話に出ることにした。


『あ、伊上さん。宮野です』

「ああ。どうした? 電話なんて珍しいな」

『そうですね。普段はほとんど毎日会ってますし、多少の用事では明日でいいやってなりますから』

「でも今電話をかけてきたってことは、多少じゃ済まない要件ってことか」

『……そうですね』


 宮野は少し戸惑った様子の声でそう言うと、電話越しにため息のような声が聞こえてから話し始めた。

 ため息ってよりは、これは深呼吸か?


『以前伊上さんの言っていた、『新しい戦い方』と言うものを教えていただけないでしょうか?』

「新しい……? ああ、そういえば言ったな。あれか」


 新しい戦い方とは? と思ったが、一瞬してからすぐに前に話したことを思い出した。


 確かあの時は夏休み前だったな。訓練中に宮野に魔法の方をもう少し力を入れてみたら、みたいな話をして、魔法の制御がその時よりも上手くなったら俺が魔法の新しい使い方を教えてやる的なことを言ったはずだ。


 あれから二ヶ月ってところか? この間の試合を見る感じだと前よりも魔法の制御が上手くなってるし、教えるのもやぶさかではない。


 が、なんだってこんな電話なんかで聞いてきたんだ?

 本来この程度の要件では電話なんてする必要はないと思うんだが……。


 まあ、これも本人に聞いてみるしかないか。


「まあそりゃあ構わないが……なんでまたこんな突然? 電話じゃなくて明日にでもあった時に言やあ良いだろうに」

『えっと……そう思ったんですけど、なんとなく……』


 明らかに何かを隠している様子の宮野。

 教える側と教えられる側という関係である以上、いや、そうでなくても何も隠し事をしない関係などあり得ないと思うし、隠し事をする事自体は構わない。


 だが、訓練に関わるような秘密なら別だ。

 それに、なんとなくだがこの隠し事は聞かなければならないような気がした。


「宮野。お前、なにを考えてる?」


 電話越しでもわかるほど迷った様子の宮野の反応。


『……伊上さん。私、どうしたらもっと強くなることができますか?』

「強く? つってもお前、宮野。お前はもう十分強いだろ」


 今でも宮野はすでに勇者として呼ばれるに相応しい力を持っている。

 今なら特級モンスターと一対一で戦っても倒せるはずだ。こいつはそれくらいの力がある。


『ですが、私はもっと強くならないといけないんです』


 だが宮野はそれでもダメだと感じているようだ。


「なんでそんなことを思ったんだ?」

『この間、私は天智さんに負けました。勝負そのもので言ったら勝ったのかもしれないですけど、それは伊上さんが相手を削ってくれたからです。ただでさえ前半の斬り合いは押され気味だったのに、それがなければ……相手が万全の状態だったのなら、私は負けていました』


 まあ確かに、お嬢様の最後の粘りには見るものがあるな。

 だがあれは、追い詰められたからこその意地ってのもあるんだろうから、万全の状態で戦ったとしてもお嬢様が勝つとは限らないと思っている。


 だが宮野はそう思わなかったようで、自分の力不足なんだと思ったようだ。


『こう言ったらあれですけど、私、これでもチームの柱なんだってことは自覚しています。だから、負けちゃいけないんです』


 言いたいことはわかる。

 宮野の言ったように、こいつはこいつらのチームの中心だ。それはリーダーってだけじゃなくてもっと別のところでだ。


 それは心と名前。


 宮野の持っている『勇者』って称号はただの通称なんかじゃない。単なる言葉以上の意味を持っている。


 勇者が負ければ、どうしたってそれだけで士気は落ちる。

『勇者』が勝てないほどの相手に、自分たちが勝てるのか、と。


 まあ、あのチームは宮野が負けただけで勝ちを諦めるような奴らじゃない。

 宮野は『勇者』という心の支柱だが、チームの精神的な支えという意味では宮野だけじゃなくて浅田なんかもそうだし、他2人だって決して心が弱いわけじゃない。


 が、それはそれとしても、宮野が中心ってことには変わりはなく、宮野が負けたってだけで少なからず影響が出てしまう。


 だってこいつは『勇者』だから。その称号の持つ意味は変えられない。


『私は、負けたくないんです。負けちゃいけないんです。私が負けるってことは、それだけでチームを危険に晒して、みんなを不安にさせるってことだから。それは一緒に行動する佳奈たちが危険になるってことですし、状況次第ではもっと多くの人が危険になります』


 それに、そうだ。チームの支えとしてだけじゃなく、勇者ってのはそれ以外の奴ら——一般市民に対する支えでもある。


 勇者がいるんだから自分たちは大丈夫だ、と。


 そう思っているからこそ、覚醒していない一般人はゲートなんて超常の危険物がそばにあっても警戒しないし、その恩恵だけを受け入れている。


 だが、『勇者』が負けてしまえばその安心は崩れ、一気に不安定になる。


 だから勇者が負けることは許されない。


 今回はルール的に負けただけで勝負自体は宮野の勝ちだと言ってもいいほどのものだったし、相手だったお嬢様だってその実力だけ見れば勇者級だ。

 あとは宮野がまだ学生だってのもあるな。

 だからこそ宮野が負けたことに対して何も言われていない。


 しかし、学校を卒業して冒険者として活動するようになれば、それが些細な負けであっても問題になる場合がある。

 そもそもからしてダンジョンの中での活動が中心となるんだから、そこでの負けは死に繋がる。


 だからこいつは負けることができないってのは、頭にくるくらいに理解できる。


 だが……


『チームのリーダーとして、私はみんなを守って、生きて帰す責任がある。でも、私には伊上さんみたいに誰も彼もを助けてしまえるような『力』はない。だから、せめて勇者としての『強さ』だけでも鍛えないとダメ、なんです』


 ……こいつにとっては『仲間』は『守る対象』ってわけか。


 仲間を守りたいって考え自体はいい。

 だが、それはお互いに守って守られてという関係であって、宮野が言っているのは『一方的に守ってやるよ』という考えだった。


 その考えはどうなんだと思うし、直さなくてはいけない。

 じゃないと後でこじれることになるだろうし、今のチームで『仲間』としてやっていくことができなくなるかも知れない。


 だが、まあ言っていること自体は間違っちゃいない。


 なので、考え方そのものは後で話し合うにしても、さらに鍛えることは了承してやってもいいだろう。


「前に言った魔法の新しい使い方、それから新しい技を教えてやるよ」

『ありがとうございますっ!』


 宮野はそれまでよりも迷いが晴れた声で礼を言うと、今日はそれで話は終わりとなった。


 ……さて、教えるにしても何からどう教えたものかね。



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