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待ち望んだ未来

 

「ど、どらごん?」


 呆然と、舌足らずな様子で呟いたのは誰だったのか。一人なのか、あるいは全員だったのか。わからない。


 だが、その言葉は今の状況を端的に表していた。


 ドラゴン。さまざまな国に伝説として出てくる、空想上において種として最強の座を譲ることのない生物。


 それがドラゴンだ。


 普通の冒険者であれば、三級だろうと一級だろうと関係ない。等しく踏み潰されるだけの存在に成り下がる。


 そんな存在が今、ゲートを越えて瑞樹達の前に現れた。


 まさに、言葉を失うような状況だ。


「……ねえ、ちょっといい?」

「……なにかしら?」


 そんな突如遭遇戦を行なわなければならなくなってしまったドラゴンを前にして、瑞樹と佳奈は呆然と見上げながら声で話している。


 だが、その声は何とか絞り出したというのが正しいかのように震えたものだった。


 しかし、いくら相手が特級のモンスターであったとしても、今までにも特級自体には遭遇したことがあるのだし、瑞樹達はそれに対処できるように鍛えてきた。


 なので、本来ならばそう怯むような相手ではないはずだ。


「ドラゴンってモンスターの中でも強くって、個体じゃなくて種族的に特級なんでしょ?」

「そうね。会った事はないけど、いえ、なかったけど、そのはずよ」

「じゃあさ、なんでそんなヤバめのがこんなにいるの、って聞いてもいい?」


 ——それが一体だけだったのなら、だが。


「そんなの、私が聞きたいくらいよ」


 現在瑞樹達の目の前には、ドラゴンがゲートを越えて〝複数〟こちら側にやってきていた。


 その数は五。

 十にも満たない片手で数え切れる程度の数でしかないが、間違っても侮ることなんでできるはずがない。適切な対応を取らなければ一体でも国を落とすことすらも可能な怪物がドラゴンだ。


 それが五体となれば、まさに危機的と言っていい状況なのだ。


 自分たちの想像を越えて普通ならありえないその光景に、瑞樹達は体を固まらせた。


 しかし、ドラゴンは他にも周囲に人はいるにもかかわらず瑞樹達へと顔を向けた。


 そして自分たちの指先程度の大きさすらない瑞樹達の姿を確認すると、先頭にいたドラゴンがビルの如き腕を無造作に振り降ろし、叩き潰そうとした。


 無造作な、ドラゴンからすれば特に力を込めたわけでもないだろうその攻撃。

 だが、いかに覚醒していようとも、まともに食らえば死んでしまうであろう一撃だ。


 そんな暴力の塊に向かって、佳奈が跳んだ。


「ッ! ——ヤアアアアアッ!」


 そして、在らん限りの声を腹の底から全て出し、振り下ろされたドラゴンの腕を弾き飛ばした。


「はんっ! 相手に不足なし! あんたらよく見ておきなさい! それから——瑞樹。あんたも」


 ドラゴンの手を弾いた佳奈は着地すると、改めて大槌を構えてドラゴンを睨みつけ、背後にいた瑞樹達へと肩越しに視線を送った。


「修行の成果、見せてやるんだから!」


 そう言って笑うと、佳奈は瑞樹から視線を目の前にいるドラゴン達へと戻した。

 まるで、自分こそがお前達を守ってやるんだ、とでも言わんばかりに。


「——ふっ。見るのはあなたの方よ、佳奈。私だって——」


 瑞樹はそんな佳奈の姿に目を剥くと、緊張していたからだから力を抜き、楽しげに笑いながら剣を抜いて前へと歩み出した。


 自身とは比べものにならないほどに矮小な存在であるはずの佳奈に腕を弾かれ、攻撃を防がれたのが癪に触ったのか、先頭のドラゴンは喚き散らすように叫び声を上げている。


 だがそんなドラゴンの様子を無視して、瑞樹は踏み出した足を止めることなく、むしろ徐々に勢いをつけて走り出し、喚いているドラゴンの顔面目掛けて飛び込んでいった。


 自分の顔に向かって跳んできたことに気が付いたのか、ドラゴンは先ほど別の小人から受けた恨みをお前で晴らしていやると言わんばかりに大口を開け、瑞樹のことを食らおうとする。


 しかし、そんなドラゴンの目論見は外れ、口を開けていたドラゴンは突然その動きを止めた。


 ドラゴン自身は何が起こったのかわからなかったかもしれないが、側から見ていたら瑞樹から閃光が走ったのがわかっただろう。


 いかにドラゴンとはいえ、生物としてある以上は電気は弱点たり得る。

 雷を受けて動きを止めたドラゴンに顔面に着地した瑞樹は、そのまま止まることなく顔の上を跳び、位置を調整。


「——負けてないんだからっ!」


 ドラゴンの鱗は戦車砲程度なら弾きかえすことができるが、その防御は眼球にまでは適用されない。


 故に、眼球に目掛けて突き出された瑞樹の剣を防ぐことはできなかった。


 そして、刺さった剣から体内へと放たれた雷を防ぐこともまた、できなかった。


 今まで脅威たり得る存在のいなかったドラゴンは、痛みに耐性というものを持っていなかった。


 おそらくは生涯で初めての怪我をしたであろうドラゴン。

 そのあまりの痛みに叫び声をあげるが、何が起きているのかわけがわからないようで、無闇矢鱈と手足をばたつかせるだけでろくに対応することもできず、そのまま絶命した。


「佳奈。隣に立つって言ってたけど、そう易々とはいかないわよ」


 ドラゴンの体内に雷を流し込んだ瑞樹は、ドラゴンの動きが止まったのを見計らってドラゴンから剣を抜いて跳び、佳奈の隣——よりも一歩進んだ位置へと着地した。


 ドラゴンを一撃で倒すほどの魔力を使ったのはそれなりにきついものがあったのか、瑞樹は顔をしかめながら大きく息を吐き出した。


 だが、すぐにそんな疲れた表情を消すと、先程の佳奈の真似をするかのように挑発的に肩越しに佳奈へ視線を向けて言った。


「上等っ!」


 修学旅行中の騒動ではあるが、佳奈の中にはイベントを潰されたことの恨みよりも、巡ってきた機会に感謝する気持ちが強かった。


 だからこそ、こんな状況であっても笑い、武器を手に前に進んでいくのだった。


 そうして、状況は慌ただしく動き出した。


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