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憧れの姿

 

「お嬢様は、戦う者としての力がある。知識もある。——ですが、圧倒的に経験が足りない」


 工藤は真剣な表情でそう言っているが、その表情の中にはなんとなくだが妹を心配する兄のような雰囲気を感じた。

 実際のところは兄弟でもなんでもないだろう。以前に頼んで調べた限りではそんな情報はなかったしな。


 だが、それでも工藤が天智飛鳥という少女を心配している気持ちは本物だ。俺が宮野達を心配しているように、な。


「普通ならばそこで挫折し、考えるのでしょうけれど……」

「そんなんでもなんとかなってしまうから、どうにかしようと考えない」

「はい」


 普通は力が足りなくなったり、足りないと感じたらその状況をどうにかすべく色々と手を考えるのだが、

 だからその足りない分の経験補うべく、俺にどうにかしてほしいって?


「もちろんあなたとの戦いを経て、以前よりは色々と考えるようにはなりました。ですが、最近はがむしゃらに『力』だけを求めるようになりました」

「急にか?」


 生真面目なお嬢様のことだ、一度考えて戦うようになったってんなら『力』だけに傾倒するってこともないと思う。——理由がなければな。


「理由としては、あの襲撃です。あの時にあなたの戦い方を見て以来、どうにも力を求め、さらには意固地になってしまっているようで他人の意見は聞かないのです」


 多分お嬢様が心変わりするような何か……心を揺らすような何かがあったんだと思ったが、まさしくその通りだった。


 にしても、あの襲撃の時の戦いってことは、賊退治の時とニーナの時と二つあるんだが、どっちだろう?

 ニーナとの戦いはお嬢様のいた場所からじゃ見えなかっただろうし、賊退治の方はお嬢様自身が活躍してたんだから、そんな何かが変わるほどでもないと思うんだが……。


「言い方は悪いですが、格下のあなたは活躍できた。だと言うのに、特級である自分は何にも活躍できなかった、と悩み、普段の訓練も力を求めることに固執するようになってしまったんです」

「は? 活躍ってんなら、あいつも生徒を守るために戦って敵を退けたろ」

「ええ。ですが、そっちではありません。『最強』の方です。あの戦いを見てしまった」

「あいつのか……」


 なるほど、まあやっぱりというべきか、そっちだったのか。

 ニーナの方はただ場所的に見えないってだけで、異常を感じて見える場所に移動したとかだったら俺たちの戦いを見ていてもおかしくないし、見たことで意識が変わるってのもわからないでもないからな。


 世界最強と比べてしまえば、自分なんて……、とか思っても仕方ないと思う。

 俺から言わせれば比べること自体間違ってると思う……というか、そもそも意味がないと思うけどな。


 工藤もそれはわかっているだろうに。ニーナは俺たちとは根本的に違うんだって。


 そしてお嬢様自身、そのことは理解していたはずだ。理解して、臆してしまったからこそ見ていたのにあの場に現れなかった。

 お嬢様は責任感が強いタイプだろうから、任された持ち場を守ろうとしたのかもしれないとも考えられるが、それだと俺たちの戦いを見ていたことと食い違う。

 だって、俺たちの戦いを見るためには自分の持ち場を離れないといけなかったんだから。


 だが、持ち場を離れて俺たちの戦いを見ていたのに、お嬢様は俺たちが戦っている最中も、戦いが終わった後も、姿を見せることはなかった。


 それは、自分〝なんか〟が行っても意味がない。何もなすことはできずに死ぬだけだ。そう思ってしまったからだろう。


 だが、ニーナと俺の戦いだけが理由ではなかった。


「あなたの戦いだけならばまだ良かったのでしょう。けれど、彼女の——宮野さんの戦っている姿も見ていたんです」


 考えて見れば当然のことだが、俺の戦いを見てたってことは、宮野の戦いも見てたってことだ。


 自分が臆すほどの圧倒的な強者を相手に立ち向かった宮野を見て、お嬢様は何を思ったんだろう。


「同い年で自分と同じ特級の少女が戦っているのに、自分は見ていることしかできない、か?」

「ええ。はっきりと聞いたわけではありませんが、断片から察するにそう言うことかと」


 あのお嬢様は口に出さなかったが、自分と同じ学年で、同じ特級で、同じ戦士と魔法の両方をこなせる。多分そんな宮野のことをライバルだと思ってたはずだ。


 だけど宮野は強者の前に立てて、自分は立てなかった。


 それはとても悔しいことだろう。

 ……いや、悔しい、で済むようなことじゃないのかもしれない。


 悔しくて悔しくて悔しくて……

 情けなくて惨めでカッコ悪い自分を否定したくて、だからこそただ『力』を求めるようになったんじゃないだろうか?


 小手先の技術ではなく、純粋な『力』を。


「だが、んなの俺が助言なんてすれば余計に黙り込むだけだろ」


 しかし、どっちがより強い理由かって言ったら宮野の方だろうが、それでも俺の戦いを見たこともがむしゃらになっている理由の一つだ。


 そんな俺が助言なんてしたところで、素直に聞き入れてもらえないというのは変わらないと思う。

 むしろ、さっき俺が考えていたより難しい状況なんじゃないだろうか?


「いいえ。あなたの言うことは聞きますよ。あなたは、お嬢様にとっての憧れですから」


 だが、そんな俺の考えを工藤は首を振って否定した。


「憧れ? なんでんなけったいなもんになってんだよ。そんな関わりねえだろ」


 俺は教導官として学校に来ているって言っても、宮野達のチームの専属と言っていいし、事実その通りだ。

 生徒達からの質問や訓練の誘いはできる限り応えることになっているが、俺は宮野達以外に指導を頼まれたことはないし、そもそもあまり話しかけられたことがない。


 ……自分で考えていて地味に悲しくなってくるが、事実として俺は学生達との交流がほとんどなかった。

 そしてそれは、お嬢様とも、だ。今日だって結構久しぶりに言葉を交わした。


 だからそんな憧れをもたれるようなものでもないと思うんだが……。


「関わりはなくとも、その功績はお嬢様の求めるものに近い」


 功績ねぇ……。


「記録に記された功績ではなく、実際に敵に立ち向かい、誰も彼もを救ってしまうような彼女の求めている英雄の姿。それにあなたは最も近い」


 確かにあのお嬢様は『救える者を全員救いたい』なんて願いを持っていた。

 そして俺は死にそうだった奴らの命を助けてきた。


 お嬢様の願いは、俺のやったことに似ている〝ように見える〟だろう。


 だが、その本質は違う。

 俺のはただの逃避の結果だ。


 恋人が死んだ理由で他の人に死んでほしくないから。

 自分が助けられる範囲で誰かに死んでほしくないから。


 だから助けた。


 だって、助けられたのに助けないで後悔するのは辛いだろ。

 そんな辛いことから逃げるために、俺は見知らぬ誰かを助けてきた。


 最初から『誰かを助けたい』なんて考えて努力しているお嬢様とは違う。


 俺は英雄なんて呼ばれるような奴じゃあない。


「やめろよ。俺は英雄なんてもんじゃない」

「ええ、あなたはそう言うでしょう。ですが、彼女はそう思ってしまった」


 ……さっきのお嬢様の言葉はそれか。俺を英雄だなんて思ってたからあんなことを言ってたのか。


 自分は憧れたのに、それは違うと憧れの対象に否定されたから、怒って、悔しくて、ふざけるな、なんて言いたかった。

 でも、立ち上がるべき時に——誰かを助けるために立ち上がれなかった自分には何も言う資格がないから、悲しくても黙っていた。


「流石に直接の指導となると、彼女の性格からして素直に受け入れることはできないでしょう」


 まあ、だろうな。お嬢様がどう考えているんだとか、俺と工藤の考えの違いだとかはあるが、その部分に関しては俺も同じ考えだ。


「ですが、言葉だけなら……『憧れ』からの言葉なら、お嬢様も聞くはずです」

「だから助言、か……」

「どうかお願いします」


 周りに人がいるここで頭を下げたりすれば目立つとわかっているからか、工藤は頭こそ下げないものの、その表情は真剣なものだった。


 助言くらいならしてもいい。そう思わなくもない。


 だが、助言なんてのは所詮は言葉でしかない。


 直接見て指導すればちゃんと教えることができるが、言葉で言うだけでは、それもあのお嬢様が受け入れられる程度のちょっとした助言で済むような言葉だけでは、完全に俺の考えややり方を理解してもらうことはできない。


 もし、その助言をしたことで、中途半端に実行したお嬢様が死んだら?


 俺は他人の命なんて背負いきれない。

 今見ている宮野達だけでていっぱいだ。


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