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どうやら俺はまだ辞められないらしい

 

「……お前、変わったな」


 宮野は最初にあった頃は仲間や友人であっても、どこか一歩引いたような態度だった。

 なんて言うかな、友達なんだけどどこか上っ面の笑いって感じがしていたし、それは俺に対しても同じだった。


 こいつは一度、どうして壁を作るのか、なんて聞いてきたが、俺に関わりにきたと言ったらあれくらいだろう。


 それが最近では浅田達との仲が深まり、俺に対してももっと踏み込むようになってきた。


「そう、かもしれませんね。今までは、仲間であってもどこか線引きをしてましたから」


 宮野は一瞬だけ目を瞬かせると、フッと自虐するように笑って言った。


「あなたのおかげです。伊上さんはその気は無かったでしょうけど、あの時あなたが色々とぶちまけてかき混ぜてくれたから、私は自分が勝手に引いてた線を取り払うことができました」


 あの時、ねぇ……。

 あの時ってのは、学校襲撃事件の前に俺が色々こいつらの秘密とか内心をぶちまけて、こいつらのチームをぶっ壊しかけた時だろうな。


「それに、それを言ったらあなたもじゃないですか? 最初の頃とは大違いですよ」

「……かもな」


 まあ、だろうな俺も最初の頃とは変わったって自覚はあるよ。


「これからもよろしくお願いしますね」

「俺としてはさっさと辞めてえんだけどな」

「なに言ってるんですか。まだ始まったばかりですよ」


 俺としては、まあこいつらに教えるのは構わない。と言うかもうそこは諦めている。

 だが、できることなら冒険者ってのは辞めたかった。

 一応今でも職業は冒険者じゃないんだが、やっていること自体は変わらない。


 どうしてそんなに辞めたいのかって言ったら、とりあえず最初に決めたことを終わらせたいってのもあるが、なんつーか嫌な感じがするんだよなぁ。


 今年も半年も経ってないのに学校の襲撃とイレギュラーなんて二つの危険イベントに遭遇したし。

 あいつは特級じゃないっつっても、それに迫る危険さを持ってたし、ともすれば普通の特級以上だった。


 冒険者を辞めてダンジョンに入らなくなったからって、危険がなくなるってわけでも『上』から使われなくなるってわけでもないだろう。

 だがそれでも、


 そんなわけですぐにでも冒険者を辞めたいんだが……はあ。どうやら俺はまだ辞められないらしい。


「言いたい事、考えたい事、考えなきゃいけない事……いっぱいあると思うけど、今日くらいは楽しみましょう。だって、せっかくのお祭りだもの」


 そう言った宮野の表情は、いつものように年上を相手するような少し取り繕ったものではなく、子供同士、友人同士で話すかのような気軽なものだった。


「ならお嬢様。お手を拝借。……なんか違うな? こういう時どう言うんだ?」

「ふふっ、伊上さん自身の言葉で言えばいいんじゃないですか?」

「俺の言葉ねぇ……ならもう変えなくていいか」


 そう言って宮野の手を取ると、浅田達の元へ戻るべく歩き出した。


「せっかくのドレスですけど、ダンスとか踊りますか?」

「あん? そこまでする必要はないだろ。ってか、そこまでする時間もねえんじゃねえの?」

「む、確かに時間はないかもしれないですけど、必要かどうかは別だと思いませんか?」

「まあ機会があったらな。それに、お前らダンスなんて練習したことあるのかよ?」

「……ないですね」

「ならどのみちできないだろうが」

「ですね。でも、そのうち『機会』のために練習しておきますね」


 お前らが練習したところで、俺も踊ったことなんてないからどのみち無理だけどな。

 ……でも、こいつらの場合はなんだかんだで強制的に踊らされそうだな。練習、しとくか?


「どうせいつか必要になるから『練習はいらない』なんて言えないのがなぁ……」


 こいつらが俺を踊りになんて誘わなければそれでこの話はおしまいなんだが、練習するなとは言えない。


「それにしても、お前〝ら〟ですか」

「何がだ?」


 宮野はそう言いながらくすくすと笑っているが、俺にはなんのことだかわからない。


「さっきの言葉ですよ。『お前らダンスなんて』、って言ってましたけど、〝ら〟って誰のことですか? 踊ろうって聞いたのは私だけなのに、私以外にも踊る相手として見てるってことですよね?」


 ……それは、まあ、流れというかなんというか。ついそう言ってしまっただけで、別に宮野の言ったような意図があるわけではない。と思う。


「……他人の揚げ足ばっかり取ってると嫌われるぞ」

「大丈夫ですよ。相手は選んでいますから」

「……はぁ」


 ほんとに変わったな、この勇者様は。


「ほれ、準備に取り掛かれ勇者様。それとお付きのメンバーどももだ。もうすぐ始まるぞ」


 このまま話していてもなんだかいいように揶揄われそうな気がしたので、この状況を終わらせるべく、友人達と話していた浅田と安倍と北原へと声をかけた。


「ちょっとー、お付きのメンバーってなんなの? もっと他に言い方ってもんがあんでしょうが」

「あー、はいはい。いいから部屋に戻るぞ。もうすぐ始まんのに店員がいねえってことになるとダメだろ」


 言い出したのは宮野との話を終わらせるためだが、実際あと二十分もすれば一般公開が始まる。その前に移動や確認や準備なんかを終わらせないとまずい。


「あ、あの、それなんですけど……」

「あん?」

「お客さん、来るんでしょうか?」


 珍しく北原が自分から声をかけてきたと思ったが、客が来るか不安だったようだ。

 まあ俺たちが使う教室は場所が場所だしな。普通にやったらそんなに人が来ないかもしれない。


「まあ、端っこの方だしそう思うのも無理はないだろうな」

「うっ……悪かったって」


 浅田は自分が出店の申請を忘れたことを責められたと感じたのか、気落ちした様子で謝った。


 が、俺としてはそれ自体はどうでもいいと思ってる。

 確かに人通りの多いところを取れたのならそれはそれで楽しかっただろうが、俺たちは人数が少ないんだ。そんなに人が来ても捌き切れないと思う。


「つっても、どうにかするための準備はしてあるから安心しとけ」

「そんなのが準備してあるんですか?」

「一応な。だからまあ、お前らは自分たちがやるべきことをやっとけ」


 とはいえ、せっかく楽しみにしてたんだから、楽しんで欲しいとは思うので、準備はしてた。


 そんな俺の言葉に一応の納得をしたのか北原は頷き、その場での話はそれで終わりとなり、俺たちは自分たちの店へと戻っていった。


「もう始まるけど、大丈夫かな……」

「安心しろって言っても無理だろから、そろそろやってやる」


 そして開始五分前となったのだが、北原の不安が伝播したのか、他の三人もどことなく心配そうに窓から校門の方を見ている。

 まあ、ここからでは校門は見えないわけだが、それでも視線を向けてしまうのはやっぱり不安だからだろう。


「まずは水を用意して、そこに薬をぶち込んで……」


 そんな四人の様子を無視して、俺はバケツに水を組んで客寄せの準備を整えていく。


 俺の行動が気になったのか、四人は窓の外から俺へと視線の先を変更し、何も言わずにじっと見ている。


「何の薬?」


 だが、バケツの用意を終えて座り込んだ俺がバケツの水の中に薬をドボドボと入れたことで、安倍が問いかけてきた。


「感応薬だ。錬金術を使うときに良く使うやつで、自身の魔力の通りを良くして反応させやすくするもんだ」


 そう言うと安倍と宮野と北原の魔法使い組は納得したように頷いたが、唯一純粋な戦士系の浅田だけは分からなかったようで、首を傾げている。


 まあ戦士系は錬金なんて学ばないし、わからなくても仕方がないだろう。


 本来はこの薬は錬金術の際に使い、小さな変化を見て細かい調整をするもんだ。

 だが、今はその効果じゃなくて、魔力を通りやすくするってことが重要なんだ。


 用意したバケツの水全てに感応薬を入れてかき混ぜると、それで準備は終了だ。あとはこれに魔法をかけるだけ。


 呪いの影響でそれほど強い魔法だったり長時間の使用はできないが、まあ一回くらいならできるだろう。


 俺は時計で時間を確認すると、タイミングを見計らって魔法の構築をしていく。


「あ、始まった」


 万が一にも失敗しないように丁寧に、時間をかけて構築していくと、その間に文化祭の一般公開の開始を告げるチャイムが鳴り、それを聞いた浅田がどこか間の抜けた声で呟いた。


 祭りは始まったみたいだし、こっちも準備はできた。そろそろやるか。


 そうして俺は構築を終わらせた魔法を発動させた。


「わあっ!」

「可愛い!」


 俺が魔法を発動させると、バケツの中に入った水は空中に浮かび上がり、いくつもの小さい球に分裂した。

 一つの球は直径が二十センチ程度で、分裂した球はうにょうにょと蠢めかせると、その姿をデフォルメされた動物達へと変えた。


 鳥やウサギやライオン、馬に鹿にイルカにマンモス。


 空中に浮かんだ水はそんないろんな動物へと形を変え、風を踏みしめるように空を走り回った。

 そんな姿を変えた水の動物達だが、俺はそれを窓から外に放つと校門の方へと飛んで行かせた。


「あ——」


 空を飛んでいき見えなくなった動物達を見て、悲しげに声を出したのは浅田だった。

 こいつは部屋にもそういう感じのぬいぐるみがあったし、多分動物が好きなんだろう。


「何やってるんですか?」

「道案内だ。人にぶつからないように天井スレスレで飛ばしてる」

「見てないのに?」


 宮野と安倍は見ないで操作することの難しさがわかるからか、目を見開いて驚いている。


 だがまあ、俺だって手動で操作してるわけじゃない。


「練習次第ではできるんだよ。あらかじめ決めておいた特定のルートを進ませるだけだから、それほど難しくない」


 とはいえ完全にコースを設定させると魔法の規模がでかくなりすぎるから、完全オートでもない。オートでもマニュアルでもなく、セミオート状態だ。


 だがこれは、これから祭りが始まるってんで生徒達は廊下を歩かずに自分たちの出し物の場所にいる今だからこそできる方法だ。人が多く出歩いてるとぶつかる可能性が高まるからな。


「さあ、せっかくの祭りだ。精一杯楽しめよ」


 そうして文化祭は始まり、俺の魔法の珍しさに惹かれたからか、会場の隅の方だというのに人がやってきた。


 翌日には一般開場する前に特別にニーナもやってきたし、その付き添いで佐伯さん達もやってきた。


 他にもヒロや小春さんなんかも来たし、ヤスとケイも知人達を連れて来たおかげで用意した素材はそのほとんどを使い果たすくらいに盛況となった。


 これなら命をかけた甲斐があるってもんだな。


 そう思いながらドレスを着ながら動き回る宮野達を見ていると、ふと宮野と視線があい、楽しげに笑いかけられた。


「また来年もやりましょうね!」


 やっぱり、どうやら俺は来年も辞めさせてもらえないらしい。


 ……To be Continued?

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