『華』
「さて、今日は文化祭当日なわけだが……」
俺がぶっ倒れてから約二週間。今日は文化祭の日だ。
呪いによる自爆の影響は、戦闘をするなら不満が残るものの、生活するだけならなんの問題もないくらいまで回復した。
「もう人が並んでんのか。結構いるな」
現在の時刻は八時程度で、まだ始まるまで一時間ほどあると言うのに、窓から外を見ればすでに校門の前には一般客が並んで列を作っていた。
「そりゃあね。でも文化祭ってそんなもんでしょ?」
誰に話しかけるでもなく呟いただけの言葉だったのだが、そんな言葉に答えるような声が聞こえたので振り返ると、そこには真っ赤なドレスを着て化粧をした浅田が立っていた。
「んあ? ああお前か」
以前の着付けの練習の時には見なかったけど、元々が悪くないだけに結構似合っている。
といっても、今更何かを言うことはない。
何せもう一時間近く一緒に行動しているのだから。
今は俺たちが店を出す教室ではなく、その前のプレオープンというか、七時から九時までの二時間は学生だけの時間だ。
その間に俺たちは、というか宮野達はドレスを着て宣伝がてら学校を練り歩くことになった。
ちなみにその間は俺たちは店をやらない。
出店参加の申請が遅かったせいで、場所は取れたが割と隅の方だった。
なので、朝からやったところで人なんてあまり来ないだろうし、それだったら宣伝に力を入れたほうがいいと言うことになったのだ。
それに、せっかくドレスに着替えたんだから、隅の方で引きこもっているよりは周りに見せた方が楽しいだろ。
「なに、その反応」
「んや、なんでもねえよ」
「……そ」
他のメンバーはと思って視線を向けると、そこには他の女子生徒達に囲まれながら話している宮野達がいた。
多分あいつらの知人や友人だろうな。何度か見たことがある気がする。
「わあっ、瑞樹、キレーだね!」
「安倍さんも、可愛い〜」
「柚子〜。そんなおっきいのを見せつけてくれちゃって、自慢か? 自慢なのか?」
全員普段は着ないような胸元を見せる感じの割と大胆なものを着ているので、他にコスプレをしている生徒がいる中でもそれなりに注目を集める。
「ねえ……」
だが、浅田はなぜか少しだけ沈んだような雰囲気を出しながら、俺と同じように窓に寄りかかって話しかけてきた。
「ん? なんだ? お前はあっちに混ざらないのか?」
「だって……」
そこで言葉を止めると、浅田は楽しげに話している宮野達へと視線を向け、ため息を吐いた。
「あたしがドレスなんて着たところで、瑞樹達みたいに華なんてないし……」
浅田は小さく呟くと、顔を俯かせて黙り込んでしまった。
……どうやらこいつは自分の見た目に自信がないようだ。
そんなことないと思うんだけどな。
さっきも思ったが、こいつは見た目が悪くない。
戦闘でエネルギーを使うから太ることはないし、覚醒者としての能力ゆえに肌が荒れることもない。
そもそも覚醒者ってのはそのほとんどが見た目が悪くないんだが、その中でもこいつらは上の方だろう。
だが、それはこいつだけじゃなくて宮野達他の三人もそうだ。
だからこそこいつは自分が劣っていると考えたんだろうが……さて、どうしたものか。
「……馬鹿かお前?」
どうするか考えた末に、俺はとりあえず慰めるというか、励ます方向で行くことにした。
これをするとなんかカッコつけてる感じがするし、俺たちの関係とも呼べないような微妙な間柄を考えると、後でなんか色々悪化しそうでやりたくはなかった。
が、このまま放置しておくこともできなかった。
「ば、馬鹿ってなによ! こっちは真剣に悩んで——」
俺の言葉に浅田はキッと俺のことを睨みつけてくるが、その様子には普段よりも覇気がなく、やはりどこか沈んでいるように感じられた。
「女ってのは、化粧して着飾れば誰だって『華』になれるもんだ。その華が毒華だったり悪臭を放ったりってのはあるが……お前はそうじゃない。もっと自分を誇れよ。そんなふうに引っ込んでるなんて、らしくねえだろ。他人を羨んで勝手に雑草に成り下がってんなよ」
化粧をしたところでその内面までは偽ることはできないし、着飾ったところでその性根までは綺麗に見せることはできない。
だが、こいつは違う。
元々それなりに良い顔立ちをしてるってのもあるけど、前衛として運動をしてるから体は引き締まってるし、出るところは出てる。
だが何よりも、それ以上に内面が良い。
ひねくれても腐ってもない。優しく、ただひたすらに真っ直ぐな心。
その内面の良さが表に現れているからこそ、こいつは『こいつらしい』って言えるんだ。
そんなある種の美しさがあるからこそ、こいつは周りを明るくできる。
「胸を張って前を向け。そんで笑ってろ。それだけで十分綺麗だよ。お前は『華がある』んだからな」
自分でも結構恥ずかしいことを言ってる自覚はある。いつもならこんな気取った言葉は言わない。
だが、多少言葉を飾りはしたが、思っていたこと自体は嘘ではない。俺は確かにこいつのことを綺麗だと思ってるし、華があるとも思ってる。
「——あ……ありがとぅ……」
「どーいたしまして。だからほれ、お前はあっち行っとけ」
俺を見ていた浅田はまた表情を歪めると俯いて、言葉尻を小さくして呟いた。
そんな浅田の肩に手を置くと浅田はビクッと反応したが、俺はそれを気にすることなく女子達が集まっている方へと押し出した。
「伊上さん、自分の言動自覚してます? そんなだから勘違いさせるんですよ?」
「……聞いてたのかよ」
「これでも耳は良いですから」
「さすが特級ってか?」
浅田を女子達の方へと進ませたわけだが、その場所での話を終えた後は別の教室へと移ったのだが、今度は宮野が俺の方へやってきて隣に並んだ。
そんな大きな声で話していたわけではないし、周りにも話している生徒はそれなりにいたので聞こえないと思ったのだが、どうやら宮野には聞こえていたようだ。
「——で、なんであんなこと言ったんですか? 佳奈の気持ちはわかってるんですよね?」
……まあ、あれだけのことがあればそりゃあな。半年も経ってないんだし、忘れるには早すぎる。
浅田の好意に対して俺ははっきりと答えを返していない。
一応断ったんだが、拒絶ってほどでもない。
断るのならはっきりと拒絶するべきなんだが、今回は受け入れるつもりもないのに自分から歩み寄っていった。
そのため宮野の表情は僅かに険しくなっており、怒っているんだと感じたが、そりゃあそうだろうなとしか思えない。
だが、それでも放っておけなかった。
「……女が泣いてたら、多少気取ったことを言ってでもそれを笑わせるのが男の役目だろ。少なくとも、俺はそう教えられたぞ」
あいつ——元恋人である美夏は冗談まじりだったんだろうが、喧嘩したり、あいつが悲しいことがあったりすると、俺はかっこよく慰めるのを要求された。
その時の癖ってのもあるが、俺自身それが間違いだとも思っていないので……まあ、なんだ、やらかしたわけだ。
後悔はしてないし、するつもりもないけどな。
「……やっぱり、すごくいい人ですよね。女の子から好かれるのも仕方ないって思いません?」
「思わない。もしそうなら、他の奴らがだらしないだけだ」
「……そうですか。なら、まだ誰とも付き合う気にはなりませんか?」
「ああ、ならないな」
そこで会話は途切れ、宮野はため息を吐き出した。
だがすぐに頭を切り替えたのか、俺の前に立つとくるりとドレスを翻して回ってみせた。
「——ところで、私はどうですか? 何か、佳奈みたいにあります?」
「似合ってるよ、って? 言う必要ないだろ。落ち込んでるわけでもないし、今更じゃないか?」
「そんなことありませんよ。これでも内心ではなにも言われなかったことで傷ついてます。だから、何かありませんか?」
そんなどこか冗談めかして言う宮野だが、その様子は最初にあった時とはだいぶ変わったように感じた。
見た目や能力って話じゃない。どこか、内面が……心の在り方とでも言うのか? それが変わったような気がする。