厄介ごとの気配
「そりゃあいい。それは望むところだ」
「何ですって?」
「俺は後天性覚醒者なんだよ。冒険者の義務として奉仕期間の五年は冒険者やるが、歳のせいもあって冒険者ってのは辛くてな。できることなら冒険者なんて止めたいんだわ。止めさせてくれるってんなら喜んでって感じだ」
「……」
できることならすぐに辞めさせてくれないだろうか?
なんの理由もなしにお勤め期間中に自分から冒険者を止めることはできないが、俺から辞めるわけじゃないから法には引っかからない。
「すみません伊上さん、お待たせしました!」
僅かばかり期待していると、俺を呼び出した張本人である宮野瑞樹がやってきた。
「あ……天智さん?」
「ご機嫌よう、宮野さん」
言葉を交わしたとも言えない二人の様子だが、二人はどちらもそれ以上話すつもりはないようで、無言で見つめあっている。
だが、二人の抱いている感情は別のものだろうな。
「……私はこれにて失礼させていただきますわね」
天智と呼ばれた少女は少しの間宮野と見つめあった後、そう言って去っていったのだが、その去り際にもう一度俺のことを見ていた。
……辞めさせてくれないのかなぁ。
「えっと、お知り合いだったんですか?」
「いや、見知らぬ大人がいたから部外者だと思って注意しに来たみたいだ」
「なるほど。彼女は生徒会に入ってますからね」
「ああ、そんなのに入ってたんか」
「はい。彼女も特級なので一年生なのに生徒会に入って、その……頑張ってるんです」
頑張ってる、か……さっきの様子からしても俺はあいつと仲良くなれそうにないな。仲良くなりたいとも、そもそも仲良くなる機会もないけど。
というか、やっぱり特級だったか。そりゃあ特級からすれば三級なんて『相応しくない相手』だろうな。
「とりあえず、目的を果たすか」
「あ、そうですね。本日はご足労いただきありがとうございます。こっちです」
そうして宮野の付き添いを得て俺は数年ぶりの学校の敷地内へと進んでいった。
「この先が教員室なんですけど……」
「知ってるよ。俺もここに通ってたからな」
「あ、そうでしたね……っと、つきましたね。先生を呼んできます」
……あー、少しつっけんどんな感じで言い過ぎたか?
つってもなぁ……女子学生と話す機会なんてなかったし、どう接したものかいまいちわかんねえんだよな。
三ヶ月とは言え一緒に行動するんだから、できる限り仲良くはしたいんだが……はぁ。
……最近ため息が増えてきてる気がすんな。あー、やだやだ。こうして歳をとってくのかねえ。
そんなことを考えていると、職員室の中へと消えていった宮野が後ろに誰かを伴って戻ってきた。
「はじめまして。私は彼女達の担任をしています、桃園と申します。あなたが宮野さん達の助っ人としてダンジョンに潜った方ですね?」
「はい。三級の冒険者、伊上と言います」
「では伊上さん。詳しくお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「ええ……と言っても話せることなどそれほどありませんが」
「それでもお話ししておきたいので、どうぞこちらへ」
桃園と名乗った教師の後をついて歩き出した俺たち。
だが目的地はそれほど遠い場所でもなかったので数分も歩けばたどり着いた。
「では、改めてお越しいただいたことをお礼申し上げます」
そして俺は応接室に置かれていたソファに座ったのだが、その場には宮野はいない。
俺たちと一緒にこの部屋の前まで来たのだが、桃園先生から案内はここまででいいと言われて解放したからだ。
そんなわけで、俺と桃園先生は二人きりで向かい合って座っていた。
「いえ。それで、宮野さん達の試験についてはどうなるのでしょう? 再試験、とかになったりはしますか?」
「それにつきましては問題ありません。もとより失格にするつもりもありませんから」
「そうでしたか。それなら良かった」
なんだ失格にはならないのか。いや、がっかりしてるわけじゃないけどな?
「失礼ながらレポート云々というのは単なる口実で、あなたに来ていただいた理由は他にあります」
「……わざわざ嘘をついてまで呼び出す理由ですか」
結構な厄介ごとの感じがするんだが……
「はい。それは宮野さんに関係しているのですが、それを彼女に知られたくなかったのです。……ご存知のことと思いますが、彼女は特級の才を持っています。そしてそれをしっかり育てることが私たちの仕事です。このような世界になってからは戦える力と言うのは非常に重要なものですから」
貴重ってのはそうだろうな。毎年ゲートは発生するのに、発生したのと同じ数のゲートを破壊できているわけじゃない。ゲートを破壊して安全を確保しようとしているが、それ以上のペースでゲートが増えているのが現状だった。
今でこそ俺たちみたいな力の弱い冒険者は素材回収だなんだってやってるが、全冒険者の目的は元々はゲートを破壊することが目的だった。
ダンジョンのどこかにあるこっちの世界と繋がってる核みたいなものを壊せばゲートは消え、そこからモンスターが出てこなくなる。それを狙っていたのだ。
だが、ダンジョンの何処かにとは言ったが、大抵はダンジョンの奥にある。そこまでたどり着くことができるものは、残念ながらそう多くはない。
最近では『世界最強』なんて冗談みたいな呼び方されている奴が現れたおかげでなんとか拮抗している状態まで持っていけたらしいが、それだっていつまでも続くわけじゃない。
故に、それができそうな人材——ダンジョンを踏破し、ゲートを消すことが出来そうな特級の才能を持つものは重要になってくる。
「ですが、今の彼女はまだ甘いところが多く、はっきり言ってしまえば弱いです。だから彼女達では小鬼の穴をクリアすることができないと思っていましたが、見事合格しました。けれどそれは彼女たちの独力によるものではなく、それはあなたのおかげだと私は判断しました。ですので、あなたにはそのための彼女の成長を手助けしていただきたいのです」
「成長の手助けね……具体的には?」
「冒険者学校には教導官という制度があるのですが、あなたにはそれになってもらいたいのです。内容としては先日のように彼女達がダンジョンに行く際の同行と助言をお願いしたく思います」
教導官か……どうせダンジョンには一緒に潜ることになるんだし、まあその程度ならいいかとも思わなくもないが、問題はなんで俺にそんなことを頼んできたのかってことだ。
確かにレポートを読んだら俺が何かしたって思うかもしれないけど、所詮俺は三級だ。俺が何かしたって考えるより、宮野たちが特級や一級としての力を発揮したと考える方が自然じゃないだろうか?
「その程度なら……けど、本当に俺でいいんですか?」
「ええ。むしろ、あなた以上の人選はないかと考えます」
桃園先生はそう言うと、手に持っていたファイルから何枚かの紙を取り出して俺の前に置いた。
「それは……」
「失礼ながら、調べさせていただきました」
出された紙の内容を見た瞬間に分かってはいたが、その言葉を聞いて思わず顔をしかめてしまった。
「そうですか。なら、はい。わかりました」
そして失礼であるとは思いながらもため息を吐き出してから、俺は桃園先生の提案を承諾した。
まあ、その提案は今更とも言える。三ヶ月間とはいえ、元々そういう契約だったしな。ダンジョンに行く必要はあったんだ。なら、この程度は許容範囲内だろう。