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異変と違和感

 

「……少し休むか?」

「休むって言っても、こんな場所だとろくに休めないでしょ」

「安心しろ。この容器には結界の機能がついてる」


 そう言いながら俺は浅田の背負っていた保存容器をいじって結界を作動させる。

 そんな長い時間保つものでもないが、三十分くらいなら保つはずだ。


「魔力に余裕はあるみたいだが、体力的にこの辺が限界か」


 俺が結界を作動させてそのことを伝えると、それまで結界役だった北原が大きく息を吐き出してその場に座り込んだ。

 それを見て他の三人も腰を下ろしたのだが、その様子を見る限りだとここで引き返した方がいいかもしれない。


「今回はこの辺で終わりにしておくか?」

「……時間的にもちょうどいいんじゃないですか? これから帰ることを考えると倍の時間がかかるわけですし」


 遠目とはいえ人の死を見たばかりだからか少しだけ沈んだ声で返事をした宮野だが、すぐに頭を切り替えたのか受け答え自体はしっかりしている。


「お前らはどうだ?」

「んー、そーねぇ……いいんじゃない?」

「賛成」

「私も賛成、です」

「んじゃあ宮野、浅田、それの蓋を外して結界の外に置いとけ。片方づつやれば結界を切らさずに回収できるだろ」


 俺の言葉に従って、先に浅田の持っている方から結界の外に出して雨飴の回収を始めた。


「なんか、色とか形の選別とかはしなくていいの?」

「してもいいが……したいか? これを?」


 色ごとに味の違いなんてない。これはただの砂糖の味だ。

 色の違いや形の違いはあるけど、する意味なんてないだろ。むしろいろんな色があった方がいいと思う。

 他には込められている魔力の違いなんてのがあるけど、それだって一般向けに売るんだから気にすることでもない。


 というか、こんな何千個、何万個とある中から選別なんてめんどくさすぎてやる気が起こらない。

 やるんだったら絶対に俺抜きでやらせる。


「……やっぱしなくてもいいかな?」

「だろうな」


 大型の業務用保存容器の中に溜まっていく飴を眺めながら、嫌そうな顔をして浅田は首を振った。


 そしてその保存容器がいっぱいになると、今度は業務用の方の結界を発動し、宮野の持ってきた方の保存容器を結界の外に出して雨飴の回収を始めた。


「じゃあ帰るが、後半は安倍が傘役をやるんだよな?」

「そう。任せて」

「ああ、頼む」


 そして回収を終えて少し休むと、全員立ち上がって宮野と浅田の二人は保存容器を背負い直した。


「それじゃあ、みんな。あと半分だから頑張りましょ!」

「また歩くのかー。このダンジョン、多分この時間が一番の敵なんじゃないの?」


 俺もそう思うよ。まじで移動時間がだるいよな。まあ敵が出る危険地帯とどっちがマシなんだって言ったら、どっちだろうな?

 安全かどうかで言えばこっちの方が安全ではあるんだけど、マシってなると……微妙なところだな。


「——あれ?」

「瑞樹? どーしたの?」

「車?」


 だが、立ち上がっていざ帰ろうと警戒と確認のために全員で周囲を見回したのだが、そこで宮野が声をあげた。


「違うの。車じゃなくて……見間違い?」

「……何がだ?」


 車が来ただけならいいんだが、なんだか違う感じの宮野の様子に嫌な予感がし、俺は思わず声を硬くして問いかけた。


「あ、えっと、あっちの方向になんだか蛸みたいな形をしたのが浮いてたような気がしたんです」

「タコ? 空にあげる正月の凧じゃなくて、海の蛸か?」

「はい。その蛸です。でも多分、見間違——」

「全員警戒しろ」


 宮野の言葉を聞いた瞬間に、俺はわずかに腰を低くして全員に警戒を促した。


 ……まさか、またなのか? またイレギュラー? だとしたら多すぎんだろ、くそっ!


「……どうするんですか?」

「なんもないんだけど?」


 だがそんな俺の内心とは違って、宮野達は俺の言葉に反応して同じように警戒態勢をとったが、少ししても何もない様子から気が緩み始めた様子だ。


 いや、宮野は少し警戒してるか? だが普段よりも集中できてない感じがするし、なんだか違和感を持っているような様子に見える。


「……蛸なんてのはこのダンジョンにはいない。言ったろ、このダンジョンは一種類のモンスターしかいないって。それはお前達も調べたはずだ」


 ほんのわずかでも異変らしきものがあったら、その原因がはっきりするまで全力で警戒しろって教えてるはずなんだけどな。


 特級モンスターと学校襲撃を無事に生き残れたからって調子に乗ってるのか?


 だとしたら、まずったな。教え方を間違えた。


 だがそれは後でどうするか考えるとして、今はこの状況をどうにかする方が先だ。


「それに、空に何かを打ち上げるなんて話は聞いてないし、そんなことをする冒険者もいない」

「でも見間違いの可能性の方が高いんじゃない? だってこの雨だし」


 ……? なんだ? なにか違和感がある。

 俺がこんなに警戒してんのに、浅田はそれでも反論する奴だったか?


 反論すること自体は構わない。俺だって俺の意見が至高だなんて思ってないからな。


 だが、普段から俺に絡んでくるとは言え、この状況で警戒を緩めるようなやつか?

 抜けているところもあるとはいえ、こういう重要なところではしっかりしているはずじゃなかったか?


「……見間違いならそれはそれで構わない。だが、もし本当に空飛ぶ蛸なんてもんがいたなら?」

「——イレギュラー」


 そこまで言うとこいつらも俺が何を警戒しているのか分かったようで、安倍の言葉をきっかけに先ほどまでの緩みが消え、周囲への警戒をしている。


「の、可能性がある。だから浅田と宮野はすぐにそれを捨てて攻撃に移れるようにしろ。それから、悪いが北原はこの後も傘役を継続で頼む。安倍は接触での暴発に注意しながら攻撃できるようにしておけ」

「「「「はい」」」」


 そうして警戒心は取り戻させたはずなんだが、なんとも言えない不安というか落ち着かなさが俺の胸の中で渦巻いてる。


 こりゃあ気を引き締めないとまずいか?


 ……いや、宮野達がいるんだし、生き残るだけならなんとかなるだろう。


「で、問題はこの後どうするかだ」

「逃げるんじゃないんですか?」

「でも見に行かないとじゃない? もし異変なら組合に伝えないとっしょ」


 俺としては宮野の言ったように逃げたいと思わないでもないし、そう教えてきたんだが今回は、そうもいかない事情ってもんがある。


「ああ。問題があった場合にどうするかってのは状況によりけりだが、今の状況なら俺としては一旦見にいくつもりだ。倒せそうなら倒すし、倒せなさそうならその瞬間に逃げる」

「え? ……どうしてですか? こういう時は逃げるべきだって……」

「ああ。俺としてもそう言いたいが、そうもいかない」


 宮野が俺の返答に一瞬間の抜けた顔を晒したが、そのあとはどこか困惑したような表情になった。


 確かにいつもの俺だったら逃げるだろう。こいつらの命がかかってるからな。


 だが、今回は逃げることができない。


 いや、できないってわけでもないんだけど、逃げない方が後々得になるっつーか、まあ今の状況としては逃げたくはない、と思う。


 ……思うってなんだ? 自分のことながら、なんかはっきりしないな。


「さっきも言ったが、イレギュラーが現れたってんならそれを組合に報告する必要があるが、その際に詳細がないと『勇者のくせに』なんて言われることもあるし、その後の組合からの評価や対応に関わる。倒す倒さないは別にしても、最低限敵の姿なんかを確認しておかないと、今後がやりづらくなるぞ」

「むー、それはいやかも。それって面倒ごとが増えるってことでしょ? ただでさえ鬱陶しいのが出てくる時があるってのに」

「ん、同意。面倒なのはないに限る」

「ま、まあ見て帰るくらいなら、大丈夫じゃ、ないかな?」


 浅田、北原、安倍の三人は俺の考えを理解してくれたようで、しっかりと頷いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 思考誘導系かこれまた厄介なwww
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