飴の雨は実際にあると危険
入った先は、いつものような吹きさらしの場所ではなく、しっかりとした建物に囲われていた。
その原因は、今いるこの建物の外にある。
「雨飴って、これのことよね? 飴が降ってくるって写真を見たけど、実際に見てみると思った以上にメルヘンさのかけらもないわね」
「雹」
宮野と安倍が呟いたように、ゲートの先にあったこの建物の外には、飴が豪雨の如く降っている。
一つ一つぽとぽと、ってな感じで落ちてくるんじゃなくて、なんかこう、マシンガンでも食らってるんじゃないかって思えるくらいドドドド、ガガガガ、って感じだ。
幻想感あふれる光景だしメルヘンっていやぁメルヘンと言えなくないけど、宮野が言ってるのはもっと違う可愛らしい系のアレだろうな。
『幻想的』って意味ならメルヘンでもあってるけど、こりゃあ同じ『幻想』でもメルヘンてよりはファンタジーだ。
「……あま。確かに飴の雨ね」
「でもこれ、進むの難しそう……」
「どうするの?」
「てか先に進むの? これでもいいじゃん」
建物の入り口から手を出して一つ回収した浅田はそれを口に運んで食べられることを確認すると、この雨の中を進みたくないのか嫌そうな顔で不満を漏らした。
だが、それじゃあダメなんだよ。
「ここの飴は奥に行くほど味が濃くなるんだよ。それから、魔力の回復効果も上がる」
この辺の雨も確かに飴だろうし甘さはあるが、それでも奥のものに比べると別物だとわかる。
「回復効果? あー、そういえばそうだっけ」
「この雨、魔力を多く含んでてな、食べたやつの魔力も回復するんだよ。だから魔力補充薬にも使われることがあるぞ」
「へぇ〜」
「補充薬として使うには奥の方で採れる魔力を多く含んだやつじゃないと商品としては使いもんにならん。……まあお前達は職業でやるってわけでもないし、これでも構わないか」
そんなわけで俺としては奥に行った方がいいと考えていたんだが、思い出してみればこいつらは学生であって専門でやってるわけじゃない。
こいつらが使うのは客寄せのための安売り品だ。入り口付近で採ったものであっても問題はない。
「でも、奥に行った方が、いいモノが採れるんですよね?」
「まあそれはな」
「ならやったろーじゃん! せっかくここまできたんだし、どうせならいいモノ用意したいもん!」
奥に近づくほどいいのが採れるってのは嘘じゃないので宮野の言葉を肯定すると、いつものように浅田が意気込み、他の三人もそれに同意するように頷いた。
「とりあえず一旦下がるぞ」
行くことになったのだが、それならそれで改めてしっかりと話をしなければならない。
なので俺たちはその場から移動して部屋の隅へと歩き出した。
このまま建物の出入り口付近で屯してたら、他の冒険者の邪魔になるからな。
「で、どうやって進むの?」
そうして一旦ゲートは潜らずに建物の隅へと下がると、俺たちは円状に集まって話を始めた。
「方法としては車だな」
「それってそっちの部屋にあるやつですか?」
宮野が視線を建物の出入り口とは違う場所へと視線を向けた。
そこには建物の外ではなく隣の部屋へと繋がっているのだが、扉が閉められている。
が、その扉の向こうには宮野の言ったようにこのダンジョン内で使うことのできる車、というか装甲車が置かれていた。
扉で遮られて見えないのによくわかった——いや、調べてるんだからそれくらいわかってるか。
「ああ。車体に防御用の結界を張った特殊なやつで進むのが、まあ一般的な方法ではあるな」
「でも、その場合は敵がくんでしょ?」
その通りだ。さっきゲートに入る前に浅田に問題として出したモンスター。そいつが襲ってくる。
「まあな。このダンジョンを進む場合、俺たちには問題が二つあって、一つ目は車を使うとモンスターに襲われるってことだ。地面に伝わる振動を感知して獲物を狙う土竜。それがここの唯一のモンスターだからな」
ここでは一種類しかモンスターが出てこないが、その一種類が問題だ。
今言った通りここでは車を使うと、その音と振動に反応して地中からモンスターが襲ってくる。
しかも普段は地中に潜ったまま動かないのか、探索しようとしても索敵に引っかからないことが多い。
「一応聞くけどさぁ、音と振動って……雨ので誤魔化せたりしないの?」
「しないな。どういうわけか、雨のものだと出てこないで、他の音で出てくる。まあその分大きな音や振動じゃないと反応しないから、普通に歩いてるだけだと出てこない」
走っても出てこないが、あまり力を入れすぎると出てくるはずだ。
俺は地中のモンスターに気づかれるほど地面を揺らして走ることはできないから経験したことないけど。
「ってことは、やっぱ飴に打たれながら歩くか、敵を惹きつけながら進むかのどっちかってこと?」
「そうなるな」
この辺は組合の公開している情報サイトでも記されているから、本当に確認の意味でしかない。
と言っても、これ以上は特に面白い情報はない。
このダンジョンって、裏技とか何にもないんだよな。
地面掘って進もうものなら土竜に感知されて壊されるし、飛行機を使ったら雨で墜落するし。
ただまあ、こいつらに教えておくことはある。
「そして問題の二つ目。お前ら、車の免許持ってねえだろ」
「「「「あ」」」」
俺の言葉を聞いて四人のどこか間の抜けた声が重なった。
ダンジョンで使う道具とはいえ、使うには免許が必要だ。
一応ダンジョン内での使用をする場合はゲートの外で使うのに比べて縛りが緩いため、ここでの装甲車は普通免許で運転できるようになってる。
が、免許が必要だってのには変わりない。
「で、でもそれはほら、あんたが運転すれば……あんた、免許持ってる?」
「持ってるな」
今日は使う気ないし、そもそも持ってきてないけど。
「でもお前らだけでくる事があったら車は使えないってことを覚えとけ」
こいつらがもう少し歳が上がれば、車の免許なんて取るだろうけど、今は持ってないわけだし、免許がないとできないこともあるってことを覚えておいてもらえれば、今はそれでいい。
「えっと、あの、それで、なんですけど、今車を用意してないってことは、私たちは歩くってこと、ですか?」
「ああ」
あの車、高えんだよ。レンタルって言っても、つーかレンタルだからこそ壊したら弁償だし。
それに、こいつらはまだ免許を持ってないわけだし、免許を取らない状態でのやり方を知っておいた方がいいだろう。取ったら取ったで、またその時に考えればいい。
慣れた奴らだとロードバイクとかエンジン音のしない、あまり地面に振動を与えない自転車を使ってやるが、こいつらは初めてだし歩きの方がいいだろう。
「でもあの雨、それなりに強いですよね。私や佳奈は無視して進めないこともないですけど、柚子や晴華、それから伊上さんもきついんじゃないですか?」
そうだろうな。一般人ならあれを食らったら一発ならともかくとして、先に進もうとしたら確実に死ぬし、覚醒者でも後衛だと怪我をする。
そして後衛な上に三級である俺はほとんど一般人と同じなような物なので普通に死ぬ。
同じ後衛でも、一級の安倍と北原だったら『痛い』で済むかもな。
前衛の浅田と宮野は……鬱陶しいって感じる程度か?
「対策としては鉄製の傘をさすか、守りの魔法を使うかのどっちかだな」
「守り……私が、やるんですか?」
傘って言っても普通に雨の時にさすような物ではなく、どっちかってーと大きなパラソルの方が合ってるようなものだ。
だがまあ、それは守りの魔法が使える奴がいない場合であって、俺たちの中には北原っていう回復兼防御役がいる。
本人としては回復の方が得意みたいだが、守りの方もできないわけじゃないし平気だろ。
「そこは相談の結果だな。北原じゃなくても、安倍が炎を上空に展開してりゃあ防げるからな」
「あ、そっか」
「あとは、行きと帰りで交代するのか、それとも途中で交代しながら進んでいくのか。まあその辺は二人で話し合え」
とはいえ、流石に奥の方に行こうと思うのなら北原だけでは魔力も集中も持たない。
なので、安倍にも手伝ってもらって交代して対処してもらう必要がある。
さっき言ったように、安倍も炎を出せば飴を防げないことはないしな。
まあ上手く防ごうと思うなら炎の火力を上げたり、炎の出し方や動かし方に少し工夫する必要はあるけど。
ちなみに俺は結界の役には立たない。十分くらいでいいならできるけど、その後は魔力切れで飴の攻撃を喰らって死ぬ。
そんなわけで、後は二人で話し合って決めて貰えば大丈夫だろ。
そう考えると、今度は宮野と浅田へと視線を向けた。




