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文化祭への誘い

 さらに翌日。俺は学校が終わったあとは宮野達と合流することなく研究所に来ていた。


「やあ、よくきてくれたね」


 俺の対応をするのはいつものごとく佐伯さんだ。建物の前でタバコを吸って空を見ていた。


 この人毎回いるけど、サボってていいんだろうか? 一応責任者のはずだろ?


 でも、責任者なんてのはそんなもんかもしれないな、なんて思いながら俺は言葉を返す。


「これでも一応父親なんて呼ばれるようになりましたからね」

「呼ばれるだけじゃないだろ? 戸籍上は君の養子ってことになってるじゃないか」

「いつの間にか、ですけど。俺、サインだとか了承だとか、した覚えありませんよ」

「そこはほら、『上』が全部グルだからどうとでも、って感じだね」


 ニーナが俺を『父』と呼ぶようになったあの日から、なぜか俺はニーナの父親になっていた。


 今ではそれも致し方なしと思っているが、そのことを次に研究所に来た時に伝えられた俺は、なんというか、言葉がなかった。


「まあ、それは俺が言ったところでもうどうにもならないでしょうし、構いません。代わりと言ってはなんですけど、許可は取れましたか?」

「なんとか、ね。渋ってたけど、アレを縛る鎖を強固にするためだって言ったら、なんのかんの言いつつも了承をもぎ取ったよ。時間制限はあるけどね」


 ニーナは以前に比べると圧倒的におとなしくなった。前よりも暴れる頻度も減ったし、わがままも、まああまり言わなくなった。


 だがそれでも、まだ安心するのは早いし、わがままを言うことだってあるので、時間制限を取り払うわけにはいかなかった。


『上』がニーナの自由を認めるのはまだまだ先だろう。


 だがそれでも制限が緩くなっているのも事実。

 いつかはあいつも普通に外で暮らせるようになるだろうことを祈っている。


「ああそれと、君に尋ねた防衛案。そっちも通ったよ」

「え? ……まじか」

「まじだよ」


 佐伯さんにそんなことを言われて、俺は思わず素で返してしまった。


 防衛案というのは、この間の学校やこの研究所——実はそれ以外の場所も何箇所か同時に襲われていたらしいのだが、それらが襲われた際に何人もの被害が出たってことで「次はどうすれば防げるのか考えてくれ」なんて無茶振りをされた時に提出した書類のことだ。


 だが、正直あれが通るとは思っていなかった。

 だってあれ、外道の技ってか、王道じゃない、常道や正規の方法から外れた方法だ。

 ぶっちゃけまともにやろうと考える奴はいないだろうと思ってた。


「いやでも、こう言っちゃあなんですけど……あれ、かなり適当に考えましたよ? できるかどうかもわからない、基本概念だけのメチャクチャなやつで——」

「国が旗振りしてるんだ。方法さえあるなら、それができる人材はいるってことだね」


 ああ、まあ俺なら無茶でも、その道の専門家を集めればできなくもないか?

 所詮俺は多少齧っただけで、専門的に魔法の理論や構築を学んだわけじゃないしな。


「……まあ、俺としてはできるならいいんですけど」

「ははっ、最初に君の書いた案を見せた時、目を丸くしてたって話だよ。なんでも『これを書いたやつは相当イカれてる』だそうだ」

「イカれてる、か。酷い言い草ですけど、まあ理解はできますね。常識を叩き壊してミキサーにかけたようなもんですから」


 魔法ってのもそれなりに流派がある。俺が提案したのは、その流派のいいところだけを寄せ集めてごちゃ混ぜにした方法だ。


 その魔法を作るまでにあった歴史も誇りも美しさも何も関係ない。効果だけを求めたようなもの。


 音楽の楽譜に、この場所はどうするのかを記号ではなく言葉で指示を示しているようなアレな感じだ。

 もしくは数学の式に古文の表現を打ち込んだり、絵画に文字で注釈を入れるような感じか?


 ……自分で言ってわけわかんない例えだが、なんにしても、専門家からしたら顔を赤くして憤るだろうものだ。


 一応効果だけは『欲張りセット』みたいな感じで詰め込んだけど、それがまさか認められるとは……。


「ま、そんなわけで、後でまた話が来るかもしれないけど、その時には連絡をするよ」

「ええ、分かりました」


 まあ、適当に考えたとはいえ、通ってしまったのなら仕方がない。何かあった時には対処するとしよう。何かあったとしたら確実に面倒なことになりそうだから、何もないで欲しいけどな。


「それじゃあアレ——っと、『娘』のところに行くといい。君が長く接してくれるほど、講師役が燃やされずに済むからね」

「……前回からの被害は?」


 佐伯さんは一瞬ニーナのことをアレと呼んだが、俺が父親やってる手前娘と言い直した。


 個人的にはニーナが『アレ』と呼ばれていることで言いたいことがないわけでもないが、それは俺の勝手な思いだ。今まで俺もそっち側にいたんだから、とやかくいう筋合いはない。

 むしろ、こうして俺の前だからって訂正してくれるだけありがたいことだろう。


 それに、ニーナがまだ『普通の女の子』として認められるには色々と足りないってのは俺もよくわかっていることだ。


「最近だと手足に少し火傷を負ったって言うのが一番の被害だ。以前から考えれば、皆無と言ってもいい程度かな。どうせここに来る講師役なんて、『ワケあり』しか来ないんだし、多少死んだところで、被害は無いよ」

「それでも、感情の暴発は無くならない、か。訳ありだとしても人を傷つけるのは問題ありますし、完全に無くしたいんですけどね」


 ここでニーナにものを教える『講師役』は、全員犯罪者だ。

 その中でも比較的まともな奴を揃えているし、部屋の中での発言は全て聞かれているので変なことを教えたらすぐに消されるので、教える内容自体はまともだ。


 犯罪者を使っているのはニーナによる被害が出たときに死んでも問題ないから。


 それでも人を殺すのがいいことだとは思えないが、その方針に逆らうつもりはない。ここで何かを言ったところで、何も変わらないから、むしろ『上』からの敵意を生みかねないからな。


「ま、こっちとしてもその方が楽だし、理想を言えばそうだけどね。——何はともあれ、早く行くといい」


 そこで話を区切って俺はニーナのいるいつもの部屋へと進んでいった。


「ニーナ」

「お父様! お帰りなさい!」


 もはやすっかりとなれた『お父様』呼び。

 ニーナにとっては俺は父親なんだろう。

 俺たちの年齢を考えるとそれでもおかしくはないし、俺も……まあ悪くはないと思っている。


「ああ。これが今回の土産、ダンジョンで採ってきた植物の蜜だ」

「ありがとうございます」


 これは昨日採取したランダムシロップの一部だ。ちゃんと成功して苦味のないやつな。


 それをニーナに渡すと、ニーナはすごく嬉しそうに蜜の入った容器を抱き抱えてたが、お前は力もすごいんだから気をつけないと割れるぞ?


 蜜を渡したあとは、蜜を回収したダンジョンのことや、宮野達の様子なんかを話したりした。


 だが、ふとどうしても気になってしまったので、聞くべきではないと思いながらも尋ねてしまった。


「……なあ、俺はお前が父親と呼ぶのにふさわしいか? たまに、ごく限られた時間しか来るだけしかできないってのに——」

「親も家族も知りませんが、こうしていると、すごく落ち着くんです。今までみたいな物足りないツクリモノの世界じゃない。わたしは一人じゃないって、ここにいるって、そう思えるんです」

「……そうか」

「はい」


 俺は結婚したわけでも、実際に子供がいるわけでもないんだし、父親でいることに不安はある。


 だがそれでも、ニーナがここまで言うんだったら、できるかはともかくとして俺ももう少し父親らしくするかな。


「ニーナ」

「はい。なんでしょう?」

「今度宮野達の学校で文化祭があるんだが、それにお前も行きたいか?」

「瑞樹の学校? ……文化祭とは、なんでしょうか?」


 一瞬わからないのかと思ったが、俺にとっては当たり前でもこいつにとってはその生い立ち的に、今まで関わってこなかったから知らないのだろうと理解した。


「あー……学生達が小規模な店や研究の発表をだす祭り? ……まあ、学生主催の遊ぶ日だ」

「遊び!」


 なんと言っていいかわからずそう答えたが、なんか違うような気がする。

 それでもニーナにとっては楽しげなものだと言うのは伝わったようだ。


「——あ」


 だが、すぐに笑みを消して言葉を止めてしまった。


「……ですが、わたしが行っても、いいんでしょうか?」


 こいつもこいつなりに自分の立場というものを理解してきたのだろう。自分が外に出るために必要なことや、出た時の影響を考えるようになった。


 それは以前からも考えていたみたいだが、今は特にそれを気にするようになった。


「許可は取った。だから、どうする?」

「行きます!」


 俺はそんなニーナの頭に手を伸ばして、許可が出たことを伝えてもう一度尋ねると、ニーナは

 嬉しそうに笑いながら返事をした。


 そして時間は過ぎていき、今日は帰る時間となった。


「次の時は、本日頂いた蜜に合うようなお菓子を作りますから、だから……できるだけ、早くきてください」

「——ああ。できるかぎり早く……少なくとも、前よりは間隔を開けずに来るさ。だから、何も燃やさずにいい子で待ってろよ」

「……わたし、以前に比べて何かを燃やす回数は減りました。いただいたリボンも燃やしてません!」

「そうだな。ああ。お前はいい子だよ」


 いつか普通に暮らせることを祈って最後にニーナの頭を撫でると、俺は研究所から出て家へと戻っていった。


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