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エピローグ

 それは、午前二時のことだったか、はたまた午後二時のことだったか、覚えていない。そのとき窓の外は晴れていたか雨が降っていたかも知らない。なぜなら、すべては私の内部で完結することであって、それがどんな状況の中で起きたのかなど、まったく重要でないからだ。

 私の命の翻訳は一旦完了した。私の不死は確実なものとなったのだ。

 それは、いささかの滞りはありつつも、無事に終わった。得られる対価の大きさを考えれば、あまりにも容易であった。聞かせどころに鋭く差し込む爽やかなソプラノサックスの旋律に至っては、今まで私が出会った人々の名前を思い返しているうちに、自然と溢れ出て来て、少しの迷いも無く最後まで書き上げることができた。音楽ってなんて素晴らしいのだろう! だって、私がどれほど卑屈な詐欺師になったって、素晴らしい音の調和にうち震えるこの心だけは嘘にはなりえないのだから。

 ところで、不死を得るためのこの一連の活動の中で、気付いたことがある。読者諸君が我が文章をどの程度注意深く読んでいるかは知らないが、もしかしたら中には、数行前の報告において私が、命の翻訳は一旦完了した、という言い回しをしたことに、若干の引っ掛かりを覚えた方も居るかもしれない。そうだとすれば、物書きとして私は幸いである。というのも、私は我が命の他形態への変換を行う過程において、この作業が実は、永遠に終わることのない作業であることに気付いたのである。私は確かに、我が命を音楽へと翻訳し、不死を得た。しかし、私はまだまだこの翻訳を続けねばならない必要性に駆られている。いやむしろ、必要性というよりも、衝動や欲望といった言葉で置き換えたほうがよいかもしれない。なぜ不死を得たのに、まだ続けねばならぬのか? 私ですら完全には理解していないし、そもそもの思考の基盤の違う諸君にはまったく理解できないであろう。だから、比喩的な説明でどうかご勘弁願いたい。すなわち、永遠に生きること、不死を得ることが命を縦に伸ばすことであるとするならば、私はさらなる活動によって命を横に伸ばさねばならないのである。縦の延長には永遠という限界があっても、横の延長に限界は無い。私がこの地上に居て、呼吸を続ける限り、命を横に伸ばすための活動は続けねばならない! ほとんど先天的な勘によって、そう思うのである。くだくだと理屈っぽいことばかり言っておいて、極めて霊的な締め括りになってしまったことを、どうかお許し下さい。

 しかしながら、この手記に関してはもう、書き続けるつもりは無い。命の翻訳が永遠に続いても、この手記はここで終わる。なぜかと問われれば、非常に俗っぽい返答で申し訳ないが、私はもう自分の活動をこのように言語化することに飽きたのだ、としか言いようがない。そもそもこの手記の始まりは、私が自分語りをしたいという単なる気まぐれにあったのだということを考えれば、それが再び私の気まぐれで終わったとて、なんら不合理なことはないであろう。

 果たして、この手記を誰かが読む日が、いつか来るのだろうか! 現れるかどうかわからぬ読者諸君、くれぐれもこの手記を、諸君が不死を得るための参考にはしないでおくれ。私が記した永遠の命の達成の方法は、私にしか成すことのできない方法なのである。どうか諸君は、諸君にしかできない方法で不死を得たまえ! さあ私は、誰が読むのかもわからないこの手記を歯切れの良い、それらしいやり方で終わらせようなんて気は毛頭無い。私が己の不死の達成を祝って笑うあいだ、諸君の飽き飽きしたときに、好きなときに、閉じたまえ。

 はっはっはっは……

 はっはっはっは……

 はっはっはっは……

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