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第六話:選ぶ

 朝起きてテレビを点けると、重いものを持ち上げるときの掛け声には何がふさわしいかの人気投票をやっていた。一位は『よっこいしょ』だった。私の好きな『えいこらせ』は圏外だったので、嫌な気持ちになった。

 さっさとテレビを消して、郵便受けに何か届いていないか確認しに行った。すると中には、一枚のチラシが入っていた。


 皆様へ

 ご存知かと思いますが、十五丁目に大きな空き地があります。近頃、この空き地に野性のスカイダイバーが下りて来るという事案が増えております。どうやら、空から見下ろすと、町中にぽっかりと空いたあの空間が、着地点として好ましく見えるようです。しかし、野性のスカイダイバーの急激な増加は、この近辺の生態系バランスを破壊しかねず、危険です。そこで、自治会では対策を取ることにしました。すなわち、あの空き地の一面に種を播き、花畑を作ることにしました。野性のスカイダイバーも、さすがに花を踏みつけることに対しては良心の呵責を感じることでしょうから。つきましては、差し支えなければ皆様に、花畑の造成に協力していただきたく思います。報酬はございませんが、代わりに、バラエティ豊かな花の種を無料で提供致します。どうぞ、皆様のお好みのデザインに仕上げてくださいませ。

                自治会


 そういうわけで、私は十五丁目の空き地に向かった。

 到着すると、すでに町内の他の住人たちも集まっていた。がやがやと世間話をしている。

「あのチラシ、百枚ほど刷ったらしいよ」

「へえ、そうなのかい。でも、来ているのはせいぜい五十人くらいだね」

「無理もない。花畑を作るなんて、面倒だもの。僕だって、世間体が気になるから来ただけさ。心から楽しみにしている人なんて、きっとひとりも居ないよ」

 私がひとり空き地の端に突っ立って、作業の始まりを待っていると、片腕に分厚い本を抱えた人間が、どこかそわそわしながら、近づいて来た。

「どうも、どうも。自治会から届いたチラシを見て来たのですが、花畑を作る空き地というのはここで間違い無いでしょうか?」

「そうですよ」

「やや、ありがとうございます。あなたは、なんの花の種を播くか、もうお決まりですか?」

「いいえ、まだです。あちらで用意してもらえるらしいので、それを見てから決めようと思っています」

「そうなんですね。いやあ、私も昨晩から悩みっぱなしですよ。野性のスカイダイバーが思いっきり良心の呵責を感じるような、そんな素晴らしい花畑を作らなければいけませんからね。あ、申し遅れました、私は砂漠に埋まったラングドシャ孤軍奮闘といいます」

 そのとき、道の向こうから軽トラックがや走って来て、空き地の前でぴたりと停まった。運転席には誰も座っておらず、ただ、窓から垂れ幕が提げられていた。

 人々はトラックの傍に集まって、垂れ幕に書かれている指示を読んだ。


 皆様へ

 お集まりいただきありがとうございます。多種多様な花の種をご用意しておりますので、好きなものを選んで、空き地にお播きください。ただし、喧嘩にならないよう、おひとりにつき一粒とさせていただきます。ご了承ください。


 皆はトラックの荷台を覗き込んだ。そこには確かに、大量の種が裸で積まれていた。ところが、荷台いっぱいに積まれたその種は、どれも黒く丸く、似通っていて、植物に詳しくない私には、どれがなんの花の種なのか、さっぱりわからなかった。

 他の人々も、私と同じようなことを感じたらしい。口々に文句を言った。

「なんだこれ、どれも同じじゃないか」

「好きなものを選べといったって、こんなんじゃ、どれがいいのか全然わからないよ」

 しかし、ラングドシャ氏だけは、荷台に乗り出して、どれも同じに見える種を一粒一粒拾い上げては、熱心に観察をしていた。

「これは迷いますね。一粒しか選べないのが残念です。あれも、これも、素敵な種がたくさんあります。何粒でも好きなだけ選べたらいいのに。でも、仕方ないですね。みんなの花畑ですから、私の好きなものだけを植えるわけにはいきません」

 まもなく人々は、選別することを諦めた。

「まあまあ、こんなのどれを選んでも同じだよ。僕たちの生活には関係無いさ」

 そして、山の上の目立つところに乗っている種から適当に一粒掴んで、荷台の傍から離れて行った。

 私も、結局のところ、どれを選べばいいのかまったくわからなかったので、ラングドシャ氏が分厚い植物図鑑を広げながら真剣に悩んでいる横で、心持ち他よりも萎びていないように見える一粒を選んで、空き地に戻った。

 私は他の人々と並んで、空き地の一角に種を埋めた。埋め終わったところで、悩みに悩んでやっと自分の種を選んだラングドシャ氏が、入れ違いにやって来た。氏は、もうほとんど皆が作業を終えて出て行った空き地で、ひとりぽつんと、選りすぐりの種の上に丁寧に土を被せていた。

 人々は空き地の前に集まった。

「さあ、やっと面倒な仕事が終わった。どうだね、これからみんなでカードゲームでもやりに行かないかね?」

 その提案に、皆は口々に賛成した。

 しかし、後ろからラングドシャ氏が慌ててやって来て、口を挟んだ。

「待ってください。まだやることがありますよ」

 そう言って、軽トラックの運転席から提げられた垂れ幕を指差す。


 種を播き終えましたら、引き続きお世話をしていただくようお願い致します。十四分ごとに水をやってください。三十七分ごとに肥料をあげてください。日差しが強すぎる場合は、陰を作って遮ってください。また、花の種類によっては、この他にも細かい手入れが必要な場合がございます。ご注意ください。それでは最後までお世話いただけるよう、よろしくお願いいたします。

                自治会

 

 垂れ幕を読み終えると、皆一斉に不満げな声をあげた。

「なんだいこれ。こんなの面倒だよ」

「どうして僕たちがこんなことをしてやらなきゃいけないんだ」

「水や肥料まで用意しなきゃいけないのかい」

「我々には、こんな花畑のためにかける時間も金も無いよ」

 ラングドシャ氏は、怒る人々を、困ったように眺めた。

「ですが、世話をしないと花畑が完成しませんし……」

 すると、人々はふいに、氏の抱えている植物図鑑に目を留めた。

「おや、きみは花が好きなのかね」

「そうです」

「じゃあきみが、我々の代わりに世話をしておいておくれよ」

 その提案に、他の者も飛びついた。

「そうだ。きみがやりたまえ」

「きみは、花に詳しいんだろう。こういうことは、詳しい者に任せよう」

「うむ。我々のような素人が世話をするよりも、知識の豊富なきみがしたほうがいい」

 口々にそう述べる人々を前にして、ラングドシャ氏に断るという選択はしようがなかった。人の好い笑顔を浮かべて頷いた。

「わかりました。私が皆さんの分もやっておきましょう」

「ありがとう。頼むよ」

 皆は、ことが上手く運んだので、ご機嫌な様子で礼を述べた。そして、彼らの思考はまもなく、カードゲームのことにすっかり切り替わってしまった。

「さあ、行こう。あなたもどうですか?」

 ある人が私にそう声をかけた。

 私には、ひとり残されるラングドシャ氏のことが気掛かりだった。ひとりであの広い空き地に埋められたすべての種の世話をするなんて、到底無理なように思われたからだ。しかし、私が誘いに対する諾否を示す前にすでに、人波が私を進ませていた。

 人々は、カードゲーム屋でどんちゃん騒ぎをした。なにせ、普段はなかなか集まらない大人数だったし、厄介な仕事を都合よく押し付けられたので、機嫌がよかった。だが、私にとってこのような環境は、あまり居心地のよいものではなかった。誰の目にも留まらないようにそっと立ち去ろうとタイミングをうかがっていたら、無事に店を出られたときには、もう数時間が過ぎていた。

 私は、帰りに空き地に寄ることにした。ラングドシャ氏のことがまだ心配だったのだ。

 空き地に到着すると、先ほどとはすっかり変わってしまったその風景に、私はびっくり仰天した。

 さっきまで何も無く真っ平らだった空き地は、今では、私の背丈の三倍ほどもあるような、太く巨大な植物が隙間無く生い茂って、うねうねと揺れていた。見上げると、茎の先端には、美しい花の蕾が付いていて、その表面に、澄ました微笑のような模様が浮かんでいる。ラングドシャ氏の姿は、見当たらなかった。

 私は、植物の周りを歩いて、ラングドシャ氏を探した。すると、おぞましく揺れる茎と茎のあいだから、ちらりと、氏の顔が見えたような気がした。急いで茎をかき分けて奥を覗く。すると、植物の茎から延びた蔓に身体を縛り付けられ、身動きが取れなくなっているラングドシャ氏が、すっかり血の気の失せた顔をこちらに向けていた。

 蕾は上品に笑っていたけれど、私の目には、この植物が邪悪な存在であることは明らかだった。私は懐からナイフを取り出して、ラングドシャ氏を捕まえている植物の茎に刺した。分厚い表皮に傷がつくまで、何度も、抜いては刺し、抜いては刺した。

 そうしていると、植物は弱って来て、ようやくラングドシャ氏を締め付けている蔓を緩めた。氏は、私の傍にどっと落ちて来た。

「これはいったい、どういうことです?」

 私はラングドシャ氏に尋ねた。

「申し訳ありません。すべての種を、正しい方法で育てようとしたのですが、ひとりではどうしても手が回らなくて、こうなってしまいました」

 氏は悲しげにそう謝った。そして、頭上に揺れる大きな蕾を指差した。

「この植物は、じきに花を咲かせます。そうすれば、町じゅうに花粉を撒き散らすことでしょう。その花粉は、人間にとっては猛毒です」

「なんだって。それはなんとかしないといけません。私たちの手で、この植物を殺しましょう」

 私は持っていたナイフをラングドシャ氏に渡した。そして、懐からもう一本ナイフを取り出して、植物を切り付けた。蕾は痛みに顔を歪めた。

 花が好きなラングドシャ氏は、ナイフを握ったまま、戦うことを躊躇していた。しかし、そのあいだにも蕾はどんどん膨らんで行く。私が何度も茎を切り付けていると、植物は怒ったように、蔓を振り下ろして、私の頭に鋭く打ち付けた。

「砂漠に埋まったラングドシャ孤軍奮闘さん、あなたも戦ってください。このままではこちらがやられてしまいます」

 殴られた勢いでしりもちをつきながらそう叫ぶと、ラングドシャ氏もようやく意を決したのか、植物と戦い始めた。

 私はラングドシャ氏とふたりで、邪悪な植物と格闘した。植物の反撃を受けたり、かわしたりしながら、何度も何度も太い茎にナイフを突き立てた。戦っているあいだ、ラングドシャ氏は始終涙を流していた。途中、上空を通りかかった野性のスカイダイバーたちが、戦いの場に影を落として行った。必死に戦う私たちを、冷めた目で一瞥し、去って行く。

 無我夢中で切り付けているうちに、だんだんと植物の抵抗は弱くなり、やがて、すべての茎が力尽きて倒れた。ちょうど、肥大化した蕾がいよいよ花開こうとしていたときだった。蕾はどっと地面に転がり、花弁のあいだの隙間からわずかに中身を覗かせた状態のまま止まった。

 私たちのほうも、疲労で倒れそうになっていた。いや、実際に、ラングドシャ氏は膝を突いて崩れた。茎から染み出た液体で汚れたナイフの切先を眺める。

 私はラングドシャ氏の傍らに立って、その丸まった背中を叩いた。

「私も、こんなものは使いたくなかった。彼らだって生きているんだから。でも、仕方なかったんだ。こうしなければ、私たちのほうが死んでいた」

 そこに、カードゲームを終えた人々が、通りかかった。空き地に残った戦いの跡を見て、彼らはすぐに、惨事が起こったらしいことに気づいた。どよめきが起きる。

 そのときふいに、地面に転がっていたいちばん大きな蕾が、むくむくと動き出した。最後の力を振り絞って、花を咲かせようとしていた。

「まずい!」

 私は、間に合う距離でないことはわかっていたけれど、ナイフを握って飛び出した。人々が息を飲む。

 四枚の花弁がぱっくりと開いた。おぞましい色の粉が舞い上がり、私の顔目がけて降りかかって来た。私は思わず目を瞑った。

 私は、暗闇の中で、もう終わったと心を決めた。しかし、いつまで経っても死ぬことはなかった。しばらくして目を開けると、どこからか伸びて来た蔓が、花粉を絡めとり、私にかからないよう受け止めていた。絡め取られた花粉はやがて、消毒液に触れた菌のように霧散した。

 仕事を終えた蔓は、するするともと来た場所へ戻って行った。見ると、太い茎の倒れ折り重なった中に、小さな花がぽつんと咲いていた。それは、今しがた私たちが殺した艶やかで美しい花とは似ても似つかない、地味な花だった。

「ああ……あの場所は、あなたが種を植えた場所ですよ。あれは、あなたの選んだ花です!」

 私は、ラングドシャ氏に向かって言った。

 私とラングドシャ氏は、小さな花の傍に跪いた。

「砂漠に埋まったラングドシャ孤軍奮闘さん、私は失敗をしました。私はあなたのように正しい種を選べなかったし、それに、ちゃんと世話をしませんでした。あなたの選んだ素晴らしい花は、いずれ種をつけてくれることでしょう。その種によって、この土地がこのような素晴らしい花でいっぱいになるまで、この花を大事に育てましょう」

 ラングドシャ氏は頷いた。

 一部始終を見ていた周りの人々は、気まずそうに顔を見合わせた。

「我々は、何も知らなかったんだよ!」

 そして、すごすごとその場を去って行った。

 私も、ラングドシャ氏と別れて、帰路についた。

 今日感じたことは、四つ角を曲がったところのフェンスに吊るしておくことにした。

 いい曲が、できそうだ。

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