ネイトとロブ
目覚めると体はとてもだるく、頭は朦朧として意識がはっきりとしない。
睡眠学習みたいに寝てる間に勝手に覚えてました、という訳にはいかないらしい。
こんな感覚は、現役バリバリ(死語)で働いていた頃の徹夜明け以来だ。
あの頃は一晩家に帰らないだけで、妻は変に勘繰りカンカンだった。
妻の○○リは仕事だとは信じてくれず、あれやこれやと問いただしてきたものだ。
んっ?妻の名前って……なんだっけ?
思い出せない。
きっと色々あったから記憶が混乱しているのだろう。
今日はフロイ達の手伝いもちゃんと出来る様にならないといけないし、ここでの生活にも慣れていかないといけない。
そして何よりも、神気を操れるようにならないといけない。
テントを出て周りを見渡すとみんな既に起床しており、移動の準備に取り掛かっていた。
ぎこちない動作でテントを畳んでいると、ネイトさんが近くにやってきた。
「おはようございます。昨晩は良く……その様子だと寝れなかったようですね」
「おはようございます。いいえ、そんなこと無いです。すっかり元気になりました!」
「……そうですか。あまり無理はしないでくださいね」
う~ん、そんなに酷い様子なんだろうか?
「今日はこれからどうする予定ですか?」
「そういえばまだ、説明していませんでしたね。現在の我々の目的は二つあります。一つは我々の村の内地での転移先の選定です。そしてもう一つが今回の異変の調査です」
えっ?今なにげに凄いこと言わなかったか?
「村ごと転移ですか?」
「はい。村ごとです。我々の村はアースクレイのなかでも、最も古い部族の一つに数えられます。それ位のことは可能ですよ」
「へぇ~それは凄い。やはりその村にはネイトさんのような神獣も沢山いるのですか?」
するとネイトさんは辛そうな表情を浮かべながら口を開く。
「いいえ、神獣はわたし一人だけです」
どうやら余計な事を聞いてしまったようだ。
ネイトさんは元々は魔獣(この世界では言語を理解する獣を魔獣と定義している)の集団の中に生まれた、特殊な存在だったらしい。
会話の流れからの飽く迄も想像だが、四足歩行する猫科の獣の群れ、ということだろうか。
両親ともただの魔獣だったが、生まれてきたのは神獣。
生まれたての頃はさほど違いも無かったものの、成長するにつれ徐々に違和感を増していき、成獣になる頃には一際浮いた存在となった。
何処にも居場所のない存在。
生まれた事を呪った事もあった。
そんなある日、事件が起こった。
仲間が近隣の村の家畜を襲い、討伐の対象となってしまったのだ。
人々の団結力は凄まじく、仲間達はつぎつぎと討伐されていった。
ここで自分も死ぬのだと思った。
そんな時、自分の前に一人の男が現れた。
彼は村の討伐隊のように武装はしておらず、その身に纏う雰囲気も、どこか異質だった。
「君は神獣だね。このようなところで討伐されてしまうのはとても勿体無い。良かったら僕と一緒に来ないかい?」
この男はなにを言っているのだろうか?
言葉は理解できるが、言っている事の意味が解らない。
「別に取って食おうという訳では無いんだ。僕は君達を襲っている彼らとは仲間じゃないんだ」
仲間の中にも、何処にも居場所の無かった自分の事を、彼は一緒に来いと誘ってくれている。
嬉しかった。
初めて自分の居場所が見つかったような気がして、自分の存在を認めて貰えたような気がして、只々嬉しかった。
どうして良いか解らず、コクリと頷いた。
その様子を見ると、男は優しく微笑み、今後について話しを進めた。
「まずはあの討伐隊をなんとかしないといけないね。このまま背を向けて逃げていてはいずれ追いつかれてしまう。包囲の隙間を縫って逆に裏に回ってしまおう」
裏に回り込めればたしかに逃げられる。
討伐隊は巨大な渓谷を背にしながら我々を追い立ててきた。
あちら側に回り込むことが出来れば、こちらの足取りは掴みにくくなるのは確かだ。
しかし、最接近した際に見つかってしまえば確実に命は無い。
罠の可能性が頭をよぎる。
この男が裏切れば敵に囲まれ自分は容易く殺されるだろう。
その時はその時か。
この男を信じてみよう。
そんな思いを込め、一際力強く頷いた。
「よし、では行こうか。僕から決して離れたらいけないよ」
そうして移動を開始した。
途中までは上手くいっていたのだが、討伐隊の一隊が引き返して来た。
どうやら見つかってしまったようだ。
「ここまで離れてしまえば大丈夫。いっきにまいちゃいましょう」
そして全速で走り出す。
男の速度は異常だった。
猫科の神獣である自分となんら遜色無く移動している。
「ぐうぅっ!」
男が時々ぶつかって来る。
「ごめんごめん!こう暗いと走りずらくていけないね」
それはそうだろう。
この暗闇の鬱蒼とした森の中、この速度で移動している事自体が異常なことだ。
しかし、こう近くでどかどかとぶつかられては、走り辛くてしょうがない。
「ここまで来ればもう大丈夫だろう。あそこに身を隠せそうな洞窟がある。そこで一休みしよう」
洞窟に入ると、すぐに男は倒れ込んでピクリとも動かなくなった。
どうしたんだろう?
疲れて眠り込んだにしては不自然だ。
!!
血の匂いがする。
男の方から。
見れば男は全身傷だらけ、服も所々破けている。
討伐隊の持っていた武器は、無音で空気の塊を飛ばしていた。
この男はそれを察知し、身をもって自分を守ってくれたのだ。
心に熱いものが込み上げてくる。
なんとかしなくては、男が死んでしまうかもしれない。
やっと見つけた自分の居場所が無くなってしまう。
男の体が徐々に冷たくなっていく。
どうしたら良いのか解らない。
体を温めなくてはと思い、男を包み込むように抱いた。
どうか、どうか生きていて……
朝になった。
男は何事も無かったように、けろっとしていた。
「おはよう。そしてありがとう。どうやら君に命を救われたようだね」
いや、自分は何もしていない。
どうして良いか解らず、ただ願い続けただけだ。
「君の治癒術が無ければ、僕は死んでいたよ」
優しく頭を撫でられた。
そうか、自分の願いは届いたのだ。
本当に良かった。
「あらためて訊くけど、もし良かったら僕と一緒に来ないかい?」
その男の名はロブ。
今は居なくなってしまったフロイとフランの父。
このキャラバンの隊長だった人。
そうしてネイトさんは、彼らの仲間になったということだった。
「少し話が長くなってしまいましたね、そろそろ出発しましょう」