始まり1
ゴブリンと言われる雄しか存在しない生物、それは忌み嫌われる存在であり、人やエルフに多くの災いをもたらしてきた忌まわしき魔物である。
村を襲い、略奪、殺害、女性を・・・と非道の限りを尽くしてきた奴等ではあるが中には例外もいる。
通常ゴブリンには象のように牙が生えており、長ければ長い程強く格好いいとされ、それが群れでの順位を決める指標の一つとなっている。
ところがある群れの最下位に属する【ゴブ朗】には小さいどころか、牙そのものがなかった。
また背が低く猫背なゴブリンに対し、彼は高い身長にピシッとした背筋をしていた。
そんな彼を群れは異端な者とし、差別や迫害の対象とした。
そんな中でも彼は文句一つ言わず、群れのために働いていた。
とはいっても臆病で優しい性格の彼に戦いなど出来るはずもなく、もっぱら水汲みや掃除、片付けといった雑用に従事している。
誰にも誉められることもなく、仲間外れにされても必死で生きていた。
だが、そんな彼の生活に突然終わりが訪れる。
ゴブリンを討伐するために雇われた、人とエルフのパーティーによって巣が襲撃されたのだ。
ゴブリン達はなすすべなく駆逐されていった。このパーティーは実力に裏付けされた優秀な冒険者達だったからだ。
巣穴に居たのは三十匹程で、規模としては中位といったところ。
それに対し冒険者は男二人に女二人の四人である。
彼らは大きな傷を負うこともなく勝利したのだった。
そんな戦いの中、ゴブ朗はどこにいたのか?
・・・大きな壺の中にガタガタと震えながら隠れていた。
数多の足音、金属の触れ合う音、そして仲間のゴブリン達の断末魔。彼はそれらを聞きながら、必死に息を殺しながら耐えていたのだった。
しかし簡単に見逃してはくれなかった。
体格の良い男が容赦なく足で壺を蹴り、壁へと転がす。
「♯♭%&!??」
ゴブ朗から声なき声が漏れる。とは言っても他種族にゴブリン語は解りはしないが。
壺は勢いよく転がり、壁にぶつかるとガシャーン!と大きな音をたてて砕け散った。
「まだ、居やがったか。よく気付いたな」
体格の良い男が仲間の男に話し掛ける。
「まあな、日頃からの鍛練の賜物かな」
「なぁにが賜物よ?ただの勘でしょ?かぁん!」
胸を張る細身の男に、近くに居た短髪の女が茶々をいれる。
「まあまあ、それよりもあのゴブリンを仕留めましょう」
睨み合う二人を、銀色の長髪の女がなだめながら進言する。
「そうだな。なら任せていいか?エルフであるお前の弓なら百発百中だからな」
そう言われニコリとすると、エルフは弓をゴブ朗に向け、弦を引き絞る。
その時、うずくまっていたゴブ朗と目が合った。いや、合ってしまった。
見てしまったその目はゴブリンとは思えない程澄んでおり、例えるなら少年のようにキラキラと輝いていた。
それに、不潔といわれるゴブリンにも関わらず、身嗜みがしっかりとしている。腰巻ではなくパンツのような物を身に付けているのだ、しかもゴブリン特有の悪臭がしないときた。
エルフはそっと弓を下ろすと、ゴブ朗へと近付いていく。
「お、おい、無闇に近づくな。危ないぞ!」
仲間の声を無視し、エルフはゴブ朗に近付くと、うずくまっている彼の顔を覗いてみた。
(やはり臭くない。武器も持っていないわね・・・ああ!)
エルフは余りのことに驚いてしまった。声が出ないほどに。
〈こっちに来て〉とばかりに手招きで後ろにいた仲間達を呼び寄せる。
「いったいどうし・・・こ、これは」
「うおぉ、ば、馬鹿な、こんなことが」
「どうしたの?うわあ、すごい!」
驚く三人は顔を見合せ頷き、エルフと共に叫んだ。
「イケメン!」と。