鬼族の島
赤い提灯が目に入って、余はついついそっちへ足を延ばした。
余が今居るのはその場所の一つの繁華街。毎日が酒盛りの騒々しい場所の一つだった。
赤い鳥居が入り口の目印となる繁華街で、木製の建物に瓦や茅葺屋根で作られた街並みに、目印となる鳥居には繁華街の印でもある赤提灯が吊るされている。
それが通りの建物ほぼすべてに吊るされているものだから、宵の時にもかかわらず明るさに満ちていた。
特に祝い事があるわけでもなし。酒を造るのだけが一人前の輩が、毎日のように酒を作ってくれるおかげで、ほとんど毎日宴をしているだけなのだ。
すぐそこの店をのぞけば、酒を飲んで暴れているものもいるし、そんな奴らを鎮めようと奮起する子鬼どもが質の悪い酔っ払いに放り出されたりもしていた。
赤い鳥居をくぐると、そこかしこから喧騒が届いてくるのが心地よくなり、目を細めて空を見上げる。
空を見上げれば、空には雲一つない快晴の夜空があって、周りの空気もぬるま湯とくれば酒も進むというものだった。
まあ、雨だろうが、桜だろうが、降っていればなんでも風情にして酒の肴にするのは言うまでもない。
酒が進まない日の方が少なければ、人生は楽しいものだ。余はそう思う。
「お、姉さん。今日はこちらで呑んでいきませんか?」
どこで呑もうかと思っていると、店主に道すがらそんな風に声を掛けられた。
「悪いな、今日は奥の気分なんだ」
「姉さんが言うならそいつは仕方ねえ、ゆっくりして行ってくだせえ」
「はっ、帰りに余裕があったら寄るさ」
店主にそう言って店を通り過ぎると、通りを歩くやつの肩がぶつかりそうになっていて、体と頭を横にずらした。
頭も横にずらさなければ、自慢の二本角が愛想を振りまくのは考え物だ。
そう言えば、外の住人がこの島に来た時、しきりに余の種族について珍しいと聞いていた事を思い出した。
余は鬼という種族らしい。
誰がそう呼んだかは知らないが、頭に角があって、化生みたいに力があるやつをそう呼ぶんだそうだ。剣を振るう暇と場所さえあれば、正直種族とやらな何でもいいが、島外のやつはそう呼ぶらしい。
ここはそんな鬼族が集う、我らが故郷。他の島では派閥争いやら、魔物やらが騒がしいが、ここではそんなの関係が無い。負ければそいつの下に着く、分かりやすい島国だった。
誰が付けたか知らないが、鬼島と呼ぶ奴らもいるそうだ。
絢爛豪華とは言い難いが、この島には皆の活気がある。皆の世界がある。喧しい奴らも多いが、そんな場所でも余には好ましい。
――さて、今日はどこの店に足を運ぼうか。
そんな風に思ってしゃなりと腰元の鞘につけた気に入りの鈴を鳴らしていれば、突然店から軒先に放り出されるようにして転がり出てくる影があった。
その男はこの辺りでは特別珍しい金色の髪で、どこかの国から流れ着いた男の人間様だった。
何の気の迷いか、余はそいつを拾っちまった。拾ってやった恩を返すと抜かしたそいつは、すぐに周りになじみ始めて厄介事を引き寄せる間抜けになっちまいやがった。
人が好いと言えば聞こえはいいが、いけしゃあしゃあと人の住みかに入り込んできておいて、何がいけ好かないって性格も良けりゃ顔まで良しときている。
周りに女が居れば声をかけるとんでもねえ優男だし、問題しか起こさないとくればどんなに良い男だろうが面倒くさいことこの上ない。
正直、なんで拾っちまったかと今でも後悔しかないが、日ごろの鬱憤払いにはちょうどいい、愛すべき間抜けだ。
転がり出てきた間抜けに声をかける。
「よう、我が物よ。息災か」
そう声をかけると、間抜けは首が取れちまうんじゃないかと思うほど機敏に動かして、余の方を見上げた。
形の良い顔はかわいそうなまでに恐怖におびえている。
おうおう、可哀想に。厄介ごとに巻き込まれる身にもなって欲しいものだ。
しかし、ここまで怯えた蛙のようになっちまってどっちかっていうと不憫と感じるのは、余が優しいからか。
不憫に感じるのは勝手だが、こういう時、こいつがいつも決まって言うことがある。
どうせ余が不憫に思ったのが間違いだったと思わざるを得ない事態に違いない。
「あ、姉さん助けてください」
そらきた、厄介事だ。
どれだけ嫌でもこればかりは直らない癖とくる。
だけどまあ、拾って来た者の責任だ。拾われた馬鹿が事を起こせば、拾ったやつが責任を取る。分かりやすくていいじゃないか。
「くはっ、いい面じゃないか。いいぜ、助けてやるよ。なんてったって余はお前の拾い主さ。責任くらいとってやるさ」
今日も旨い酒が呑めそうだ。
胸を高鳴らせ、余は店の先から出てくる男たちを見つめた。




