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2人と暇とその他大勢  作者: waraby
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プロローグ1

「ところで黒君。人間とは何か、考えたことはあるかい」


「そりゃ、僕だって人並に思春期ってのがありましたからね。考えたことがなくもはないです」


 僕の正面に座り、意味のあるのかないのか分からない、割とどうでもいい質問を投げかけてくるのは1つ学年が上の先輩、黒野白さん。

 対する僕は、まぁいいだろう。特筆すべき点もない凡庸な人間の一人にすぎない。あえて語るべきがあるとすれば名前。白屋黒というモノトーンネームくらいのものだった。 


「それじゃあ今のキミに質問だ。人間とは、なんだろうね」


 予想できた質問だがすぐに答えを出せるほど僕の頭はよくできていなかった。

代わりに、今の僕に答えはないので、と前置きを挟んで応えを返す。

人間だなんて大きな集団を定義づけられるほど僕はえらくもなければ、彼らについて(もちろん僕も含むのだけれど)僕が知っていることはわずかだった。そんな大仰な仕事は太古の昔から、天才たちが議論していて、そして結論が出ていないのだからこれからも彼らに丸投げしていればいいのだろう。


「以前であれば二足歩行で、とか意思疎通が取れて、とか色々言えたんですけれど。今はもうよく分からないですし、過去の意味を当て嵌めるなら、僕の周りの人たちが人間であればいいかな程度にしか思っていないです」


「うんうん。キミらしくていいんじゃないかな」


 くだらない、自分ですら納得できない不完全な解答に先輩は満足そうにうなずいて見せる。

 

「私は見ての通り、妖精族のノームだが、キミとこうして話ができる人間だ。キミの友人、すまない、名前は憶えていないんだが、サキュバスの子がいるだろう。彼女も同様に人間と言えるだろうね」

 

「先輩みたいに真っ白な髪のノームなんて聞いたことないですけどね」

 

 まるで僕の解答が回答であるかのように、それを前提として話を進められることに何とも言えないむず痒さを覚え、つい関係のない話題に切り替えようとしてしまう。

 だが緩くウェーブのかかった柔らかそうな髪を見れば疑問に思うことはあるのだ。

 ノームという妖精族は、僕の知り得る範囲において、ブラウンの癖毛と低身長がトレードマークのはずなんだが、と。


「人は100個くらいの変異を持って生まれると言うしこれくらいは何でもないだろう。それに私の遺伝子はノームのそれだし身長128cm体重31㎏スリーサイズは「その情報はいいです」そうかい、欲がないんだね」

 

 知りたくなかったかと言われると知りたかったが今という限定的な時においてはどうでもいいことだった。


「先輩がノームだってことは分かりましたけど、結局人間って何なんですかね」


「さぁ、私にも分からないね。プラトンにしろアリストテレスにしろ、ヒュームにしろハイデガーにしろ、彼らの定義した人間について不備がある、不満があるから現代でもこの問いが残っているのだろうからね。でも私も人間の一人なんだから構わないかな。おかげさまで一人の孤独感に苛まれることはないし、暇に取り殺されることもないんだから」


「結局先輩もよく分からないんじゃないですか」


「そりゃぁそうさ。私は哲人でも天才でもない一般人だからね」


 僕の漏らした不満はあっさりと彼女に躱される。こういう時なんて言えばいいのか。

 暖簾に腕押し、糠に釘、風が吹けば、は違うか。


「というか、アレだね黒君」


「語彙力を取り戻して下さい、先輩」


 さっきまでのご高説と饒舌さが行方知れずになっている。。


「頭の良さそうな会話って私たちのするものじゃないね、疲れるだけだったよ」


「ただの暇つぶしにする会話じゃないのだけは確かでしたね」


 この会話は講義にもレポートにも関係のない、ただの先輩の暇つぶしだった。

 そして僕は名前が原因でそれに巻き込まれることになったただの一般人兼被害者A君。


「間違いないね。付き合わせてしまったお礼は今度するよ」


 一度時計を確認してから先輩が立ち上がる。どうやら授業があるらしい。


「じゃあ今度は僕の暇つぶしにでも付き合ってください。それでまた、お相子です」


「うんうん。楽しみにさせてもらうよ。じゃあね」

 

 別れの言葉を置き去りにして先輩が談話室を出ていくのを、ぼおっと見ながらふと特筆すべきことを思い出した。

 

白屋黒は、吸血鬼である。


 そう、吸血鬼。自由自在に姿を変え、夜を支配し、美しい女性から生き血を啜る、不死の存在、あの吸血鬼だ。と言ってもそんなものは伝承でお伽噺にすぎないもので、姿を変えることもなければ女の人を襲うことなんてない。というか死なない生物なんて存在するのだろうか。

 とにかく、国から支給される輸血パックなんて滅多に飲みはしないし、飲んだところで少し元気になるのがいいところだ。これと言って得があるわけでもないけれど、損をしたためしもまた、なかった。ついでに、と付け加えるのなら、日光も銀も十字架も吸血鬼の弱点は何も効果がなかった。


「伝承って当てにならないよなぁ」


 先輩がいなくなり、静かになった部屋での小さなつぶやきは、静寂に飲まれて霧散する。

 僕の退屈は目の前に広げた課題でつぶすしかなさそうだった。


白屋黒 19歳 5月28日生まれ 凡庸な吸血鬼


黒野白 20歳 11月27日生まれ 暇で弄ぶノーム


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