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終わりのプレリュード




 依頼人が帰ったあとに俺達は机をかたずけながら、これから来るお客。レイカちゃんのためにケーキを用意して紅茶のカップを準備していた。

リョウたんに連絡をしてもらったのだ。

 家族で夕食を食べに行っていたらしく、あとで少しなら家を抜け出してくれるという。

 時間はすでに八時をまわっていた。

 「ほんとに来るのか?」

 「来るって言ったんだから、来るだろう。それよりどうするんだ?日記をくれって言うのか?」

 「そうだな。やんわり調査のために預からせて欲しいって頼むつもりだ。それなら断らないと思う」

 「嘘つくのか?」

 「本当のことを言うのがいいことなのか?魔女の件を調べてレイカちゃんにたどり着いた。そこまでは真実だろう。レイカちゃんに悲しい思いをさせたくないだけだ」

 アキラはリョウたんを睨んだ。

 「不満そうだな」

 「不満ってわけではないけど、不満かも」

 「どっちだよ」

 「なんかハッピーエンドじゃないな」

 「子供かよ。リカコさんの言うとおり、この辺りが妥当な落としどころじゃないのかと俺は思う」

 そんな善意とか。口先だけで心地よい言葉を言ったところで現実は違う。変な正義感で、余計なことをしても泥沼になるだろう。

 「ん~。俺はリカちゃんのこと助けてあげたいけどな」

 しかし、自分でもどうにもできない以上リョウたんは静かにしていた。




 八時半にレイカちゃんはやって来た。

 俺の話を黙って聞いていた。俺はこの町の魔女について調べ、その魔女を呼び出したのがレイカちゃんだということ。出来れば、その魔女に会わせて欲しいということ。それが、無理なら彼女の日記を調査のため預からせて欲しいということ。

 「さすがは探偵さん。私のところまでたどりついたのね」

 あまり表情に驚きはなかった。

 「そう、呼び出したのは私よ。でも魔女に会わせることはできない」

 「どうして?」

 「彼女は人間の前には出ない。人間の言うことは聞かない。魔女ってそういうもの。でも、日記なら渡せるわ。でも、大事なものだから」

 彼女は急に口ごもる。

 「渡せない?」

 「ううん、お姉ちゃんのためなら渡せる」

 そう言って、ランドセルの中から日記を取り出した。それを机の上に置く。

 「大切なものだから」

 「わかってるよ、レイカちゃんの依頼はお姉ちゃんを助けることだもんね」

 俺はにっこり笑って、その日記を手に取った。日記というより手帳のような分厚さだった。

 俺がまんまとそれを手に入れると、レイカちゃんを俺を見て何かを考えているようだった。結局、言葉にはしなかった。もしかしたらこの日記を託すべきか思案していたのかもしれないが、悪い大人に騙されてしまったようだ。




 「ねぇ、お兄ちゃん。もう遅いから私を家まで送って行って欲しいの」

 いつもなら遅くなった日はリョウたんと帰るレイカちゃんがそんなことを言い出した。

 「うん、いいよ」

 これで任務は完遂。

 心残りは、レイカちゃんがケーキも紅茶も口をつけなかったこと。

 毒でも入っているかと思われたのか?




 俺はレイカちゃんを連れて歩く。

 公園の近くの道まで行くと雨がポツポツと降って来た。肩を濡らす。

 「傘取りに帰ろうか?」

 「ううん、いいの。でもお兄ちゃんは濡れてしまうから帰ってもいいよ。家はもう少しだし」

 俺は考えたが、女の子一人夜道に置いていくことなどできない。

 

 「ねぇ、日記って」

 そう言うとレイカちゃんは止まってしまった。

 雨が本格的に降ってきた。

 「急ごうレイカちゃん、風邪ひくから」

 「日記ってやっぱり返してもらったら駄目かな?」

 やはり日記を託すべき信用に値する人間ではないと判断してか、そう言ってきた。

 「大事なものなの」

 「わかってるよ、丁寧に扱う。でも君には返せない」

 強く、しっかりと言う。これが一番ベストだから。

 「どうしても駄目ですか?」

 「ああ」

 そっけなく言った。

 雨はどんどん強くなる。

 「お姉ちゃんは十三夜月に来ましたか?」

 急に別の話を振ってきた。

 「来たよ。助けて欲しいと依頼された」

 「じゃあ、探偵さん私の話もしましたか?」

 「少しは……」

 「少しってどのくらい?」

 雨は冷たい槍のように降り注いできた。

 「あとで話そうか。雨が酷いから走ろう」

 レイカちゃんは動かない。

 「私が魔女を呼び出したこと?お姉ちゃんの時間を戻したってこと?たぶんもう全部知ってる頃かなって。だって、お姉ちゃんは何度も繰り返してる。私の故意に接触しているのそろそろ変に思ってる」


 俺はこの子を知らなかった。

 そして、初めて知った。小学生の女の子。

 でも俺が思っているよりもずっとしっかりしていた。

 嘘はすでにばれていたと。


 「日記は何に使うの?探偵さんだもの、そろそろこの事件が袋小路だってことに気が付いておかしくない」

 「君は、お姉ちゃんを助けて欲しかったんじゃなのか?」

 二人共もうずいぶんずぶ濡れだった。

 「助けて欲しかったのは本当。でも無理なものは無理だもの。探偵さんには、私の罪を暴いて欲しかった。お姉ちゃんに教えてあげて欲しかった。あなたを地獄のどん底に突き落とした犯人はここにいるよって。それで憎んで欲しかった」

 「そんな人じゃなかったよ」

 アキラは呟いた。

 「そうだね。わかってたよ」

 悲しそうに少女は笑う。

 「その日記どうするの?捨てるの?燃やすの?それなら私に返して。お姉ちゃんには私から取り上げて燃やしたって言えばいい」

 「君に返してどうする?月曜日にまた日記を見て思い出すのか?」

 「私は何度でも思い出す。魔女が私から取り上げるまで何度でも」

 「リカコさんは望んでない」

 「わかってるよ、あのお姉ちゃん優しいもの。それならやっぱり、私も苦しむことにする。だからお願い、私の罰を返して下さい」

 雨でぐしゃぐしゃの髪と、涙でぐしゃぐしゃの顔で彼女は俺に言った。

 綺麗な瞳は真っ赤に晴れていた。

 

 絶対に返かえさない。これでこの事件を解決にする。そう強く思っていた。

 でも、彼女の前では俺の強い決意などほんとに軽い羽のようだった。

 鞄から日記を取り出して、レイカちゃんに返す。

 それを大事そうに受け取ると、くしゃくしゃの顔で笑った。

 

 「ありがとう」

 日記をギュッと抱きしめる。

 「あのね、やっぱりね、私ね、お姉ちゃんと一緒にシュークリームが食べたいの。そんな未来が、まだね、まだ、諦めきれないの。だからね、まだ私諦めきれない。お姉ちゃんのこと助けたいよ。みんなで笑ってる明日が見たいよ。だからまだ絶対、絶対あきらめない」




 心の火が消えそうになるのを必死に守るように、ただただ強く日記を握りしめていた。

 



 

 

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