引き換えの幸せ
私はとても幸せだった。
宝くじにでも当たったような。
鉱山で金塊を掘り当てたような。
とても幸福な気持ちだった。この幸せが永遠に続くような。
だから浮かれていた。気づかなかった。すべての運を使い果たしてしまったということに。このあとに待つのは不幸だということに。
目先の幸福しか見えていなかった。
私はとても幸せだった。
だから気づかなかった。
私はとても浮かれていた。
だから気づかなかった。
目の前の信号が赤に変わったことも。
トラックがスピードを上げて走って来たことにも。
いい事が続けば、次は悪いことが起こるということにも。
だから気づかなかった。
誰かが私の背中を押して、トラックの前から押し出してくれたことにも。
誰かが私を助けてくれた。
それは誰かが、その幸せを差し出してくれたとうことだ。
小さい頃から本が好き。物語はハッピーエンドが好き。
だからこの話も私はハッピーエンドにしたかった。
よかった、よかった。これでめでたしめでたし。私は幸福のまま、誰かも不幸にはならない。だから今の今まで忘れていたのだ。ハッピーエンドの物語には続きがあるんだってことを。
満月の魔女は静かに笑う。
彼女と夜の茶会をしてたことだ。月が綺麗な夜で、私は水筒に入れたレモンティーを彼女に差し出したところだった。
思いがけないことを知ってしまった。
「どういうこと?」
「あの時、あなたはどう言っていた?」
「あのとき?あのときは、たしか時間を戻して欲しいと言ったわ」
私と同じ顔が答える。
「そうね、だから私は時間を戻した。私のような弱い魔女には、一週間が限界だった。でも戻したわ」
「だから?私も無事、誰かも事故にあわない」
「そうね。巻き戻ってるのもの。永遠に事故には合わない」
「さっきから何が言いたいの?」
同じ顔をした魔女を私は睨む。
「だから繰り返してるのよ。私もあなたも、この町の人間は全部」
「わからないわ」
「全員が一週間を繰り返してるわ」
背中がひんやりと嫌な汗をかいた。
「そんなことありえない。だって、それならみんな普通に生活しているの?そんなの嘘よ!!」
すました顔で魔女は笑う。
「だって記憶が一週間で消えてしまうもの。まぁ、私はたいした魔女じゃないから巻き込まれちゃったんだけどね。記憶がなくなるのは一緒よ。でも私の魔法だもの。自分が魔法をかけたとこまでは覚えているわ」
「なぜ、今それを私に言うの?言わなければ私ずっと気が付かなかったんじゃなの?」
呼吸が苦しくなる。
「ねえ、さっきレイカちゃんハッピーエンドが好きって言ったじゃない?だから教えてあげたの。これはハッピーエンドじゃない。話には続きがあって、その誰かさんは時間を戻したから、事故にはあわない。永遠に。でもまた、一週間が繰り返される。永遠に、どこまでも。記憶はある。その繰り返す一週間、終わりの来ない一週間の記憶。死なないけど、それって、とても苦痛よねって話」
「時間を元に戻すことは出来るの?」
「できないわ。だってもうあなたの願い事はすべて叶えてあげたじゃない?」
「でも、だったらその人はどうなるの?」
「耐え難い精神の苦しみで心が死んでしまうんじゃない?それなら死なせてあげたほうが幸せだったよね。ふふふふふ」
私の顔で私が笑う。
「悪魔なの?あなたは?」
クスクスと笑いが響く。
「いいえ魔女よ。悪魔はあなたじゃないの?」
満月の魔女は、月を中で美しく照らされながらこう言った。
「彼女を永遠の地獄に突き落とした。悪魔はあなたよ」
綺麗な目を細めて、私の心を射抜く。
愚かな私は気づかなかったのだ。
私が誰かの幸せを奪って踏みつけにしてしまったことに。