午後のハンプティダンプティ
水曜日の午後。
その人は緊張した面持ちでやって来た。ランチタイムは混んでいるので、午後のお茶の時間はどうかと俺が言ったからだ。席に着くと彼女はアップルパイと紅茶を頼み、俺の仕事を終わるのをパイを食べながら静かに待っていた。
「お待たせしてすいませんでした」
「全然平気ですよ。それにアップルパイとっても美味しかったです。りんごは紅玉ですね。パイもサクサクして絶品でした」
ご馳走さまと言わんばかりに彼女は席を立とうとしていて、俺は焦った。
「店長さんはいないようですし、また出直しますから」
「あっ、あの、その件なんですが、店長はしばらく留守にするそうで、よろしければ俺がかわりに話をお伺いします。探偵をお探しですよね?」
少しばかり彼女の表情が曇る。
「そうですよね。全然、よろしくないですよね」
アキラはちょっと泣きそうになっていた。
「ああ、いえ、すいません。嫌とかではなく、店長さんでなくても力になってくれる方なら私は……。でも、探偵さんがいざ話を聞いてくれますよって言われたら。どうやって、どこから話そうと思いまして……。あと、そんなにお金がなくて大金は払えないんですが。あっでも、足りなければ借金してでも払うので安心してください!!!」
リカコさんはで力強く言った。
「あの、それは俺はまだ見習いなので料金は気持ち程度でも。仕事したいので、むしろ俺が払っても構いません」
「いや、それは困ります。払います。大丈夫ですので」
「いや、でも俺払いますよ」
しばらくどこぞのおばちゃんのような掛け合いが続き。最終的にやんわり彼女に断られる。
初めての仕事で力み過ぎたようだ。
「では、改めまして高丘リカコです」
「当麻アキラです」
「依頼の前になんですが……」
そこでリカコさんは思わず何か考え込んだ様子だった。
「まず、私の言うことを無理だとは思うのですが、信じて欲しい。嘘はつきませんから」
「もちろん。依頼人のことは信じます。プライベートも守ります」
「アキラくん、では、たとえばタイムリープって信じますか?」
「信じません!あるのかもれませんが、体験したこともないですから。それが何か?」
リカコさんはまた何か考えているようだった。
「わかりました。あなたに依頼します。あながタイムリープを信じたその時に」
「えっ?」
「あっ、断っているとかではないので、気を悪くしないで下さい。私は今、ハンプティダンプティ的な状況に陥っていまして。それでなんですよ!」
よく意味がわからない。
「ハンプティダンプティとは?」
「かなり危機的状況で落ちたらもとには戻らないんです」
だから私すごく慎重になってるんですと彼女は力説した。
そしてリカコさんは帰って行った。
今度はいつ来るのか聞くと、こう答えた。
「次の一週間後に。あなたが信じるまで何度でも」
彼女はそう答えた。