メガネの場合
水曜日、アキラはミーちゃんと開店準備をしながら昨日のことを思い出していた。
あの女の人を引き止めたかったが、さすがにコーヒーの四杯目は断られてしまった。彼女からの預かった紙には「高丘リカコ」と書かれていた。店長に探偵業の方の依頼だった。
本当は俺が話を聞いてあげたかったが、見習いゆえ迂闊なとは口に出来なかった。リカコさんは俺にそれだけ渡して店をあとにした。それから、結局店長も帰って来なかった。
そして、水曜日の朝にいたる。
昨日、俺は店長に買い出しを頼んだ。頼んだのだが、卵を買いに行かせただけで何故帰って来ないのか?スーパーは商店街の五分くらいの場所にあると言うのにだ。
ああ、腹が立つ。腹が立つが、インテリメガネにも事情があったもかもしれない。もしかして、銀行で強盗に捕まっているのかもしれない。老人が倒れていて病院まで運んだんだのかもしれない。そうだ、メガネにだって事情がある。きっと、事件に巻き込まれたのだろう。緊急事態だったに違いない。俺はそう思うことにした。
ガチャ。
扉の開く音がした。
「店長!」
「ただいま、アキラくん!そして、ミーちゃん!!」
キラキラとしたオーラを放ちインテリメガネは帰って来た。
「店長何処に行ってたんですか?心配したんですよ」
駆け寄った俺は気づく。
卵がない。
「あっ、わかっちゃったかな?これお土産。台湾に行ってだよ。卵はスーパーで買ったんだけど、飛行機は生もの禁止みたいだから空港に着く前に卵ご飯にして食べちゃった。ごめんね」
「わかるかぁ!!!!!!!!そんな斜め上の行動!!!!!!!!!!!!」
「ぶっふぅううううううううううう!!!!!!!!!!!!!」
右ストレートが綺麗に決まった。
「謝るとこそじゃねぇよ。なんで台湾行ったん?」
俺は呆然と体を震わせた。
「最近の若者はすぐキレるんだから。はいこれ」
カウンターに店長は箱を滑らせる。
「なんですか、これは?」
「バッカァだなぁ、お土産のパイナップルケーキに決まってるじゃないの。とりあえずブレンド一つ。でも緑茶でもいいよ。ケーキに合うからね」
気が付くとインテリメガネはカウンターに腰かけ、すでにくつろぐ体制に入っていた。
「俺、店長のそういうとこ嫌いです」
アキラはぽつりと呟いた。
パイナップルケーキは、程よい酸味と甘みでうまかった。客のこない店のカウンターで俺とミーちゃんとメガネはそれを食べながら昨日の出来事を話し合った。
「なるほどねぇ」
インテリメガネは、少し考えてこう言った。
「じゃあ、アキラくんが解決してあげなよ」
「えっ?」
俺はコーヒーを吹きかけた。
「いや、その子ね。困ってそうだから助けてあげたいんだけど、明日から出張なんだよ僕」
「探偵事務所に出張とかありましたか?地域密着って言ってませんでしたか?」
不審な顔でアキラは店長を睨む。
「ニューヨークでサミットがあるんだ。だからは見習い探偵のアキラくんにまかせるよ」
「えっ?サミットってなんですか?まだ僕には無理ですよ」
「まぁまぁ。この依頼解決できたら、見習い卒業だから。ちなみにサミットとは世界のオシャレメガネ達のオシャレメガネについて語るシンポジウムのことだからね」
「俺、店長のそういうとこ嫌いです」
一体なんのサミット??それって重要なの?
アキラは心の中で叫んだ。