満月の魔女
みんな嫌い。
大嫌い。
私はすべてが嫌いだった。
クラスメイトの次元の低い会話。
上辺だけの先生。
躾に厳しいお母さん。
家に帰って来ないお父さん。
単調な生活。
私はみんなが嫌いだった。
だからすべて自分の思い通りにしたかった。それが私の幸福だと思い込んでいた。だから過ちをおかしてしまったのだ。償えない罪を。
ピアノのお教室の帰り道。
その日もあの日のような綺麗な満月だった。だから彼女が現れるような気がした。家の近くの公園に小さな池があって、その池には透明な月がまるで鏡のように映っていた。外灯だけが静かにぼんやりと光っていた。そこに子供の人影が一つ、揺れた。
幼い女の子が姿を見せた。
「こんばんは。レイカちゃん」
あどけない笑顔を向けてくる。
「あら、探偵さんに引き合わせてみたの?頭の回る探偵さん達で真実に辿り着いたとしても、結果はかわらないわ」
「そうかしら?」
私はためすように言ってみる。
その女の子は、可愛いワンピース。赤いランドセル。ふわふわの肩より少し長いくらいの髪。クリッとした瞳の女の子。その姿は三島レイカ。私にどこまでもそっくりだった。もし彼女が私と入れ替わったところで誰も気付きはしないだろう。それが、少し恐ろしく思えた。
「それでも何もしないよりはいいわ」
彼女は私の顔で私の声で、私のように笑う。
「一週間たったら、意味がないの。そう、月曜日の朝になればすべて忘れてしまうのだからね」
「お姉ちゃんに何かしてあげたいのよ」
彼女は苦笑いを浮かべ、強く忠告した。
「好きにすればいいけど、このまま何もなかったことにしたら駄目なの?あたなも私もハッピー。そうだ、月曜日の朝に私が黙っているのはどう?それともあなたが書いている日記を私が捨ててしまうのはどう?そうすれば、あなたがそんなに悩むこともないわ」
「そんなことしたらもうあなたとは友達じゃないから」
「レイカちゃんと遊べなくなるのは嫌だな」
「しまったな、あまりに長く繰り返すものだから、うっかりレイカちゃんに時間が止まってること話ちゃうなんて」
やれやれと彼女は首を振る。
「賢いから日記に書いていたのね、ずるいわ。月曜日の朝には思いだしちゃうもんね。でもね、そろそろ諦めれば?」
私は反論した。
「あなたは嫌じゃないの?時間は止まったままなのよ」
彼女は目を細める。私の顔なのに、私の顔じゃないみたい。
「だって、私は魔女だもの。気の遠くなるような時間を過ごしてる。退屈しのぎにちょうどいいくらいよ」
「そんなに怒らないでよ。私はあなたを助けはしないけど、邪魔もしてないじゃない?あなたが諦めるまでは付き合ってあげる。だって、お友達だもの」
「ええ、そうね。そうしてくれると助かるわ。あと、その姿はやめて。別の姿になれないの?」
クスクス笑う私の姿に苦痛を感じて、提案してみる。
「なれるわよ。店長さんでも、あの男でも、その友人にも、あとお姉ちゃんの姿にもね」
「やめてよ」
「ふふふふ。楽しい。レイカちゃん、もっともっと遊ぼうよ」
「今日はもう帰って」
酷く疲れて、私はそう言った。
いつのまにか、公園には誰もいなくなっていた。
あの魔女は私が呼び出した。
後悔などしていない。
でも、お姉ちゃんにしてしまったことは酷く後悔していた。
でも、この感情すらも一週間もたてば忘れてしまう。
彼女が魔女なら、私はきっと悪魔なのだろう。