01 ゴブリンと武装ギャル
ヒロイン最強系
「……」
乗車して座り、数分で微睡みへ意識を委ねる。それから二十分ほど揺られ、目を覚ます。学校のある日は往復二回。これを繰り返すこと一年半。染み付いたサイクル故に狂いは無い。眠くなくとも、電車の揺れに誘われ、条件反射のように堕ちる。そしてきっちり二十分で目覚めるのだ。
「どこだここ」
故にこれは寝過ごしたとかそういうものではない。いや、そもそも目の前に広がる風景――見渡す限り草原なんて場所にはこの列車では辿り着けないのだ。
ここで焦ってはいけない。落ち着こう。そう思い、一先ず目の前にある窓から視線を外し、左右へ巡らせる。しかし、自分以外の人はいない。帰宅ラッシュには被っていないとは言え、そこそこの乗客がいたはずにも関わらず、だ。理由はどうにしろ、これで尚更に冷静なるしかない。人影もなく、繋がることを拒否したスマホを見たところ頼れるのは自分しかいないのだ。
「なるほど」
じっとしていても仕方がないので色々と調べる。結果として、何も発見できず、自分が乗っている一両がぽつんと草原に放置されていることだけがわかった。わかってないのと同じである。
とりあえず今できることはした。なので次の行動を起こすべきなのだが、どう行動すれば最善のかがわからない。
一応、選択肢は二つある。電車から降りて、何処かにいるかもしれない誰かに助けを求める、もしくはここにいて助けを待つ。
前者に関しては、少しばかり無謀だ。車窓から覗く景色は、ほぼ水平線。ところどころ木々や山が見えるが遠く、人がいそうな気配もない。基本的にインドアで、体を動かすのは授業のみの自分がいつ途切れるかもわからない水平線を目指して歩けるかと言えば否である。それまでに誰かに会うという可能性もあるが、それにすがるのは楽観しすぎのような気もするのだ。
では後者はどうなのだと言えば、それも楽観が過ぎるだろう。ただ、前者に比べれば体力は温存できる。
どちらを選んだとして、結局のところ運任せだ。であるならばインドア派な自分は止まることを選ぶしかない。
そんな選択という名の現実逃避をして横長な座席に寝転ぶ。そのまま寝ようとするができない。普段することのできない小さな非現実と、どこかもわからない草原の真ん中で車内に一人という大きな非現実に、どこか落ち着かないからだ。
不安やらを切るには良いと思ったが、微睡むことはできなかった。それに対し少しイラつく。いや、何が起こるかもわからないこの状況で寝るのは愚行だろう。そう考えると寝れない方が良いのか。
しかし不安は不安。どうにかするため起き上がり、頬を強く叩く。
「……」
そして深く息を吐く。冷静にとか良いながら焦っていた自分を再び落ち着かせるため、孤高の狼を気取るスマホで御気に入りの曲を流そうとした。
その瞬間である。閉じていたドアが開く。外からドアを開けられるのだろうかとか、そんな電車に関する疑問が幾つか過るが、それを吹き飛ばすほどの衝撃が目の前にあった。
「……ゴブッ」
緑色の小さな人形の化物――おおよそゴブリンと呼ばれるソレがいたのだ。驚く、とか怖がるとか、そういうリアクションをとるべきだったのだが、どうにかしていたのだろう。それらのことよりもゴブリンが"ゴブッ"と鳴いたことに笑った。
なにせ、例えるのならば犬が"イヌッ"と、キリンならば"キリッ"と、人間ならば"ニンッ"となるのだ。おかしいだろうと。
コレをゴブリンと呼んでいるのはこちらの場合だ。ここでは違う呼び方で、ならば別にゴブッと鳴くのはおかしくはないのだが、やはりゴブリンがゴブッは笑えてくる。
しかしこうなるとここは、異世界というやつなのだろうか。知らなかっただけで日本にもいたなんて可能性も考えられるが、突然の車両ごと知らない場所に、というのも合わせると異世界と言われた方が納得できる。納得したところで現状は何も変わらないので意味はない。
……異世界。異世界、と言えば勇者だとか魔王だとかそういった安直なワードが出てくるがそういう関係ではないだろう。なにせ電車に一人。しかもただの高校生だ。戦力ゼロで、頭もさほど回る方ではない。なにかしら能力が目覚めた感覚もないし。多分、パターンとしては"気が付いたら異世界にいた"だろう。好きに過ごしなyouというやつだ。展開としてはこのあと誰か美少女と出会ってスローライフとかそういうのに違いない。
「ゴブッ」
高校生特有のそういう妄想に浸っていると、鳴き声と共に袖を"くいっ"と引っ張られた。無論、ゴブリンである。
「――!」
声になら無い叫び。リアルなゴブリンは可愛らしさなどなく醜悪だ。ソレに袖を引っ張られた、引っ張れるような距離にいるということに恐怖した。全力で振り解いて飛び退き、更に後退る。
「しまった!? 壁だ!」
しかし逃げた先は壁。物語的には雑魚のポジションであるゴブリンであるが、運動もろくにしていない高校生にとってはラスボスである。どこかへ行けと念じるも叶わず。ゴブリンは近付いてくる。あ、もう駄目だと思ったところでゴブリンは立ち止まり、腰にぶら下げた小汚ない袋から何かを取り出す。それはボロい袋とは違い、綺麗な果物であった。
「ゴブゴブッ」
ほら、兄ちゃん食えよ、とばかりにリンゴのような果物を差し出してくるゴブリン。
――人は見掛けによらない。
そんな言葉が過る。人ではないけれど、勝手な印象で襲われると思っていたが相手さんはそうではなかったらしい。ゴブリン、いやゴブリンさんは友好的な笑みを浮かべている。
しばらく何もせずパチクリとしているとゴブリンさんは"なんだ? 皮は嫌いかい?"とばかりに小さなナイフを取り出し剥き始めた。
な、なんて良いゴブリンなんだ。それなのに俺って奴は……。後悔と反省。そしてゴブリンさんに感謝してそのリンゴぽいものを受け取ろうとした。
「ありが――」
刹那。
リンゴのような真っ赤な鮮血が舞った。そして間も無くゴブリンさんの首が落ちて転がる。
「――ゴブリンさぁああん!?」
そんな、なんで、こんな良いゴブリンさんが死ななければ……! グロいとかそんなのを抜きに彼の首と体に駆け寄った。しかしそれでもやっぱりグロかったので投げ出す。吐きそうである。
「お、浅井起きてんじゃん。だいじょぶー?」
口を押さえているとそんな声が聞こえる。涙目になりながら声のした方を向くとそこには同じクラスのギャルがいた。
ただし、武装済みである。
もう何が何やらわかりません。
誰か助けてください。