⑧
「傀儡魔術なのではないですか?」
<カイライ魔術? 聞いたこと無いなぁ>
カニーレは動きを止め、ヘンリエッタは顔を引きつらせる。
「王宮図書館の第3位閲覧制限区域にあった禁止魔術書に記されていました。魂を抜き去り他人を思い通りに動かす魔術です。魂のない肉体は周囲の命令によって動きます。セブ歴78年に王を傀儡と化した魔女により編み出され、魔女の討伐とともに封印された禁術です。すべての魔術に精通すると豪語するカニーレ先生が、知らないはずはありませんよね」
カニーレは眉間をつまんで揉み解している。大きくため息をついて座りなおした。
「スフィーア。大人に鎌をかけるな。知っているなら最初に言え」
「5年ほど前に1度読んだきりの本の内容だけで判断できるほどではありませんでしたので…」
ルドヴィカは口元だけで笑う。
「スフィーアの言うとおり、ローの現状は傀儡魔術だろう。あとで詳しく検査してみるが、魂を呼び戻さなければ回復はありえない」
<はい! ここです! 私ここにいますよ!!>
必死で主張してもやはり誰も気付かない。なぜだろう。一流の魔術師がそろっているのに。
ヘンリエッタも神妙な顔つきをしている。
「それに、傀儡魔術であるなら犯人がいるはずよ。その人物の意図が分からない限りうかつに動くのは危険だわ」
「たまたまルイズさんだったのか、ルイズさん本人を傀儡にしようとしたのか、あるいは別の誰かの身代わり、練習だったのか…でしょうか」
<誰よ! 私をこんな目にしたのは! 何の恨みがあるって言うの!>
「あるいはローの魂自体が目的の場合もある」
「魂を?」
<私ここにいるから!>
「セブ歴146年、好意を持つ女性に傀儡魔術をかけてその魂を手元に置いて愛でていたという事件があった。その女性は兄の妻で魂だけでも手元におきたかったらしい。異変に気付いた兄の調査により見つかり、魂は女性の下に戻ったが、長く肉体からはなれ傷ついた魂は肉体になじまず、ほどなくして亡くなった。まぁ、犯人は当時の王弟なんだけどな」
「禁術の事件ということで事件そのものについては知られていませんが、魂のない肉体の状態の事例として下位の禁書の中に記されていますね。というか、犯人王弟だったんですか、あれ」
ヘンリエッタの実力では見ることの出来ない禁書レベルの真実を垣間見て、驚いたようにカニーレを見ている。カニーレはため息をついてもう一度眉間を揉み解した。
「傀儡魔術は禁術であり高位魔術。行使には非常に強い魔力と繊細な魔術操作が必要になる。もちろん傀儡魔術なんてものではなく、魂離れや他の新しい魔術の副作用かもしれない」
<私新しい魔法とか無理ですから! 先生も知ってるでしょ? 私普通の魔法ですら苦手なんですよ!>
「仮に傀儡魔術だった場合、魂への影響が大きすぎます。ともかく早く魂を見つけて肉体に戻さないといけないと思うのですが、その方法はご存知ではありませんか?」
ようやく本題に入れたとルドヴィカが切り出した。
「聞きたかったのはそれか。傀儡魔術は魂を抜いた後確保しておく必要がある。魂が消滅すると肉体も死んでしまうからな。魂を確保するための器となるものを破壊すればいいはずだ。さっきの王弟の場合はこれくらいの鳥かごだったといわれている」
これくらい、と両手で50センチ四方を示す。思ったより大きい。
「さっきも言ったけど本当に傀儡魔術ならそれを行使した犯人がいるはずよ。その人のところに確保されていると考えるのが自然ね」
<え? あれ? ちょっと待って。私がここにいるって事はそのカイライ魔術をかけたのはルドヴィカ様? でもルドヴィカ様は私を助ける方向で話を進めているのよね? どういうこと?>
「その人物を探し出す以外に魂を戻すことは出来ないのでしょうか?」
なおも言い募るルドヴィカにカニーレも記憶を探るように瞳を閉じる。
「確実なのは器の破壊だ。だが肉体に危機が迫ると戻るとも言われている。そもそも魂離れが起こっているときに肉体が食事を摂るのも肉体の生命活動を維持するためだといわれているしな。だがどの程度の危機で戻るのかは分からない」
「そう、ですか」
同じようにルドヴィカも瞳を閉じて聞いている。沈黙が流れる。
「ともかくルイズさんの身体を調べてみて魂離れを起こしているのかどうか確認してみましょう。話はそれからですよ」
ことさら明るい声でヘンリエッタが手を叩いた。
それで、この会合はお開きになった。