④
つつがなく午前の授業が終わり、昼休みに入る。ルイズは立ち上がりふらっと教室を出て行った。いつもアンリたち生徒会役員と一緒に生徒会室で昼食を摂っているのだ。
ルドヴィカも教室を出た。公爵令嬢様は豪華なランチを庭園が見渡せるテラスなんかで他の令嬢達に囲まれながらきゃっきゃうふふと食べているのだろうか。
歩きなれた道を進むようでその足に迷いはなかった。途中で出会った令嬢達に誘われるも丁重に断りながらたどり着いたのは小会議室だった。小さくノックをして開けるとルドヴィカの侍女であるミーシェが控えていた。
<こんなところでお昼ご飯を?>
小会議室は職員棟の端にあり、窓も1つしかなく薄暗い部屋だ。
自分がいつも行く生徒会室は部室棟の最上階を使用しており、学園を一望できる。同じ階の別の部屋も生徒会の資料室などに使用し、まるっと1フロアが生徒会専用のようなものになっているので一般生徒が使用できない羨望の場所である。
「いつものようにこれを屋敷へ、こちらはお父様に届けてちょうだい」
「かしこまりました。旦那様より新たにこちらをお渡しするようにと預かっております」
授業中内職で書き上げた書類を奥に控えていた執事服を着た男性に渡すと新たな封筒を渡される。
封ろうにスフィーア公爵家の紋を確認し、開けると何かの設計図が出てきた。
「まぁ。今度は雨で流れた橋の架け替え工事も私に采配させようとなさるのね。学生の身であることを考えて欲しいものだわ」
口調は怒っているようだが、声には諦めが混じっている。
「それだけお嬢様に期待しているのでございます」
執事服の男性が恭しく頭を下げた。そして書類を持つと部屋から出て行った。
「お嬢様。まずは昼食にいたしましょう」
そういうとミーシェは机に簡単なサンドイッチなどを準備しだす。が。
「ルドヴィカ様! 助けてください!!」
勢い良く開けられた扉とともに男性が飛び込んできた。
<セミョーンさん?>
「セミョーン様。扉は静かにお開けくださいと何度言えばお分かりになってくださるのでしょうか?」
ゴゴゴと効果音がつきそうな勢いでミーシェがセミョーンに迫る。
<なんでセミョーンさんがここに?>
セミョーンはアンリ付の王宮政務官である。ぶっちゃけ秘書みたいなもので、第2王子であるアンリの身の回りの世話やスケジュールの調整などを行う役目だ。自分も何度か顔を合わせたことがある。とにかく間が悪くて不運になってしまう系の青年だ。目の下に大きな隈を作って涙目で訴える。
「だってだってミーシェさん! 聞いてくださいますか!? アンリ様ってばあのヤロウ! 2ヶ月も前の盗賊討伐遠征の任務完了書類をまだ書きやがらないんですよ! 2ヶ月ですよ! 同行したルドヴィカ様が即日提出されておられるのに。それがあるなら自分の分はいらないじゃないかとほざきやがりもしましたね。そういうわけにもいかないと散々! さんっざん!! 早く書いてくださいとお願いし、もうどうにもならないとルドヴィカ様にもお手伝いいただいて後は署名するだけにお膳立てしたにもかかわらず、その署名すらせずに! 挙句その書類を紛失しやがりまして、そのことを指摘すれば「知らない」「お前がなくした」「どうするんだ」って私を怒るんですよ! もうやってられないっていうのはこういうことを言うんだと確信しております」
水が流れるように愚痴りだすセミョーン。堤防が決壊したように、の方が適当かもしれない。
まぁまぁとサンドイッチを差し出すルドヴィカ。甘やかしてはいけませんと怒るミーシェ。
むしゃむしゃとサンドイッチを頬張りながら他にもあれもこれもと留まることを知らない。
<アンリからは間が悪くて仕事が出来ない人だって聞いてたけど…>
「王宮でも群を抜いて能力のあるあなたを見込んでのことです。もう少し頑張りましょう。私も手伝いますから」
聖女の微笑を見せるルドヴィカにすがりつくセミョーン。
「今日もゆっくりと食事は出来ないのですね…」
「でも、それを見込んでのメニューなのでしょう?」
がっくりと肩を落とすミーシェにルドヴィカが声をかける。ミーシェの準備した昼食はサンドイッチを始め、何かをしながらつまめる手の汚れない軽食ばかりだ。
それから昼休みの間ずっとルドヴィカ達は書類作りに追われていた。ぎりぎりで作り上げたそれを、セミョーンは涙を拭いながら持っていった。