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後日談Ⅴ

 

「うん。それからあとはクリス・メイディーだね。彼は魔法省預かりになっているよ。狂魔術師マッドウィズ、もとい研究員たちのいい実験台モルモット、もとい実験材料まりょくきょうきゅうげん、失礼、なんというか、うん、助手みたいな形で働いてもらっているよ」


「あぁ。なるほど」


 自身も魔法省に所属する身であるルドヴィカはその内部の混沌もよく知っている。隣国との結界魔法を組み上げる時など何日の徹夜と狂気に蝕まれ何人もの同僚が地に伏していったことか。放り込まれたら最後まともな形で出られることはあるまい。

 クリスは平民でありながら魔力量が桁違いに多かったことで学園に入学できた。だから卒業後は魔法省で働くことを条件に授業料の免除や生活費の援助を受けていた。それが少し早まっただけである。


「すぐに慣れたみたいでね。研究員まじゅつばかたちもいい助手いけにえができたと喜んでいるよ。我が国の魔法技術もますます発展していくだろうね」


「あぁ。なるほど」


 ルドヴィカの目が遠くを見つめている。学園できちんと学び、上級魔術理論などしっかりと習得した上で働きだしていたらまた違った活躍が出来ていたかもしれない。しかしながらもう慣れてしまっているというしそれはそれでいいのだろうと思い直す。






「そう考えるとデビットへの処罰は甘いのでしょうね」


「うーん。どうだろう。前人未到の秘境の奥地でたった一人で土地を開墾していくのも相当重い処罰だと思うけど。最低限の物資は君の転移魔法で届けているのだろう? 誰とも話すことなく過ごしていると人は狂うと聞くよ」


「ええ。ですから魔法鏡も置いてあります。義母たっての願いでもありましたので。毎日話をしているようですよ」


 特別な魔法を施したそれは世界に唯一つの特別製。上半身が映る程度の大きさの鏡を前にした人物が話したいと思う人物を思い浮かべ、相手も自分と話したいと思っていれば話が出来るという優れもの。

 ただし欠点もある。互いに顔を知っていなければならないこと。双方が話したいと思っていなければならないこと。そして相手側は魔法鏡ではなく自身が移りこむものなら窓でも水でも何でもいいので、例えば寝る前にふと思い出したときにたまたまつながってしまうと、暗がりの窓に顔が浮かび上がるというホラー体験をしてしまったり、コップの水に映りこんだまま飲み干してしまうというコメディ体験をしてしまったりする。

 遠くに居る人物との連絡をもっと簡易にできないかと開発していた中の失敗作が役に立っている。


「最近は入浴中の浴槽にゆらゆら映り込んだり訪問先のご婦人のスパンコールいっぱいに顔が出てきたりしてお疲れのようですけれど」


 スフィーア邸内の窓や鏡などをはじめ少しでも反射するようなものに次々と布がかけられている。買い物が大好きで街に出歩き散財するのが趣味だった義母も、最近では屋敷内に居ることが多くなっている。ストレートで飲んでいた紅茶も最近はミルクティになっているそうだ。


「王都の知り合いやルイズ嬢とも連絡が取れる状態にあるってことかい? 大丈夫なの?」


「ええ。ですがデビット自身が唾棄していたとおり、彼に擦り寄る貴族たちの目当てはスフィーア公爵家の肩書きです。それがなくなればデビット自身を見るものなど皆無です。そういう関係性しか築いてこなかったデビット自身の問題です。肩書きに釣られる者を厭いながら、誰よりそれを利用していたのはデビット自身なのですから」


 母親の再婚により公爵子息になったデビット。環境の変化に戸惑い、今までいじめてきた貴族たちが手のひらを返して擦り寄るさまを多感な時期に経験してしまったことは悲劇かもしれない。しかしそれを利用して貴族女性の間を渡り歩いたことはデビット自身が蒔いた種だ。同情の余地はない。公爵子息でなくなったデビットから別の高位貴族に乗りかえる女性たちを薄情だというのは酷だろう。

 なにより公爵子息になる前の友人を、デビット自身を友人としていた者たちを、公爵子息にはふさわしくないと切り捨てたのはデビット自身だ。因果応報。


「それにルイズさんや他の人がデビットにかまけている余裕があるとは思えません」


 いまだ自分のことしか考えていないアンリ。アンリに寄り添うために出て行ったルイズ。寝る間もなく机に向かっているジェフ。騎士たちに鍛えられ、死んだように眠るリチャード。起きているのか寝ているのか分からなくなりつつあるクリス。

 皆他者を考える暇などありはしない。


「仮に開墾などしなくても最低限の物資は定期的に届けられます。その上で魔法鏡の誘惑・・を断ち切って1人で山を抜けることが出来たなら、3日ほど歩けば町にたどり着くことも可能でしょう」


 転移魔法で移送されたデビットには前人未到の秘境の奥地と伝えられているが、実際にはそこまで奥地ではない。それも幼い頃彼が過ごしていた町の近くだったりする。季節の体感や植生、夜空の星の位置や動きなどよく見ればおおよその位置の把握もできるはずだ。あとはそれを本人が気付くかどうか。気付いて実行したとして、平民になったデビットが人々に対してどう行動するのか。人々が彼を受け入れるかどうかはわからない。それでも受け入れられたのならば…。



 アンリを含む取り巻きたちにも厳しい処罰が下されたが、各々細くともかすかな希望が残されている。それに気付くことが出来るかどうかは本人次第。


「身内に甘いのは私も君も同じだ」


 公にはアンリがルイズとの結婚を望んだために臣籍降下したことになっている。他の者も留学や抜擢という形で学園を退学している。事実そうなのだから問題はあるまい。禁術である傀儡魔術も使用されてはいないのだ。

 だから各々の実家を咎める理由などありはしない。それぞれ次期当主の交代、領地や爵位の自主返納などしていたが、それはあくまで家庭内の問題。

 ルイズは心配していたようだが、起こらなかったことで処罰するはずもない。


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