③
<いつまで仕事してるんだろう>
そう思ったのも仕方あるまい。朝の支度をしているときからルドヴィカはずっと書類と格闘している。それは通学の馬車の中や、学園についてからも続いていた。終わることのない書類の山。山が無くなり運ばれていくと、次の山が運ばれてくる。
自分にはその内容がよく分からないが、公爵家の領地に関することらしい。様々な嘆願書や土木作業の工程、役人の不正の告発もあった。あまりに量が多すぎて自分にはもう何がなんだか分からない。そのすべてをものすごい速さでこなしているため、書類1枚読むのも一苦労なのだ。
<って! 苦労するところ違う! あたしなんでこんなことになってるの!!!>
気がついてからずっとルドヴィカと行動をともにしている。正確にはルドヴィカの身体を共有しているとでもいうのだろうか。しかし自分の意思では全く動かすことが出来ず、話すこともできない。身体の主であるルドヴィカに気がついてもらおうと意思疎通を図ってみたがさっぱりだった。
どうしてこうなったのか。何が起こっているのか。自分の身体はどうなっているのか。尽きることのない疑問が次から次へとわきあがるが今の時点でどうすることも出来ない。ただルドヴィカと一緒にいるだけだ。
幸いにも、ルドヴィカと自分は同じクラスだ。授業が始まるときには自分がどういう状態なのか分かるだろう。
<死んで…ないよね…?>
何らかの事情で死んでしまって今幽霊とかだったらどうしよう。このままルドヴィカと一緒に生活していくのだろうか。いや一緒に生活とは言わないか。一方的に見ているだけだ。
<良かった。死んでなかった>
授業開始ぎりぎりになってルイズが教室にやってきた。ルドヴィカは気にしていなかったが、周りを見渡す視界に自分のピンクの髪が映った。自分で言うのもなんだが、あんな目立つピンク色の髪をしている人は他にはいない。
<でもあれは誰なんだろう?>
自分はここにいる。なのに身体は動いている。今の自分のように誰かの意識が自分の身体を動かしているのだろうか。その所為ではじき出されたのが自分なのだろうか。変な行動をしないといいけれど。
つらつら考えていてもそれだけだ。誰にも気付いてもらえず、誰にも答えを教えてもらえず、誰とも交流できない状態で出来ることなどはっきり言って皆無だ。このままルドヴィカの視界から得られる情報をためていくしかないのだろうか。
授業が開始されてもルドヴィカの前の書類は消えなかった。もちろん授業の教科書もノートも広げているが、その内側では小難しい領地の税金の収支内訳の数字が並んでいる。いわゆる内職をしている状態だ。しかし小さな数字だらけの紙を見ているだけで自分の頭はお湯が沸きそうになる。
それなのに教師に当てられればスラスラと答えていくルドヴィカはさすがというべきか。ルイズは当てられても答えられずに落第点をもらっていた。
<というかホントにあれ誰?>
質問の内容が分からずに立ち上がっても沈黙を貫くルイズに教師はため息をついていた。いつもならもう少し頑張って何か見当はずれな何かを答えて苦笑されるのに。それもどうかと思うけれども!
授業を受けているほかのクラスメートに欠席者はいない。他の人の意識が自分の身体に入っていてその人の身体が空っぽで、なんてことはないようである。しかし他のクラスはどうか分からないから、誰かが自分の身体に入っていないとは言い切れない。
普段ルドヴィカとルイズの接点はほとんどないので、直接接触することが出来ないのがもどかしい。
<なんか触ったら戻れそうな気がするのに!>
気がするだけである。