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「アンリ… 残念な子だと知ってはいたけれど… ここまでとは…」
むっとしたアンリが口を開くより先にアレクが告げる。
「この件に関して陛下から全権を委任されている。分かるか? アンリ。私がこの場でどのような処罰を下しても構わないということだ」
幼い子どもに話すように告げられた言葉にたじろぐアンリであったが、しかし次の瞬間喜色が浮かぶ。
「つまり、ルイズをいじめた諸悪の根源との婚約を破棄し処罰するということですね! そしてルイズとの婚約も認めてくださるのですね!」
ど う し て そ う な っ た !
とはその場にいた人全員の意見である。
「…そうだな。そういうことだな」
「兄上!!」
喜びを隠せないアンリとは対照的に周りの視線は冷ややかだ。その周りにはルイズも含まれている。
今まで床に沈んでいたことなど気にも留めなかったアンリがようやくそれに気付き、さらにはルドヴィカが寄り添っていることにも初めて気がつきルイズを心配するより先にルドヴィカを追い払いにかかる。
理不尽な怒りを総スルーするスキルを現在進行形で鍛え続けているルドヴィカはルイズを立ち上がらせるとそっと距離をとる。
が、立ち上がったルイズもまたルドヴィカの元に寄り添いアンリと距離を置く。
もうなんか分かっていたけど残念すぎる姿を見続けてしまい百年の恋も冷めてしまう。
そんなルイズの心境など知る由もなくアンリはどうしたのかと怪訝そうな顔をしている
「喜ぶのは全てが終わってからにしてもらおうか。アンリ。確認しておくよ。宝物庫から宝物を陛下の許可無く持ち出すことは禁止されているのは理解しているね? それを行えば厳罰の対象だ。最悪死刑も免れない大罪だ」
「はい。ですがそれは私には適応されないでしょう? 宝物庫の中身は全て陛下の私物。陛下のものを私が使っても問題ないでしょう? 兄上だって以前宝剣を部下に渡してたじゃないですか」
「大有りだよ」
もはやため息も出ないとアレクは続ける。
「たとえ親子でも勝手に使っていいわけないし、最低限本人の許諾を得るのは当然だ。それに宝物庫の中身は陛下の私物ではあると同時に国の財産だ。それを一子爵令嬢に軽々しく渡すものではない。私のあれは視察中の私を襲う賊を討伐した恩賞として下賜したものでもちろん陛下の許可は得ているに決まっているだろう」
「ルイズは私の妃になる娘です。母上だって宝物庫の宝石で身を飾ることがあるでしょう。それと一緒ですよ」
「一緒なわけあるか。母上だって陛下の許可を仰いでいるし、そのための書類だって提出している。ルイズ嬢が妃? 婚約すらしていない状態なのに何を言っているんだ? お前がしたことは国宝を盗み出してただの子爵令嬢に貢いでいるものだぞ」
「なっ! 人を盗人呼ばわりですか!」
ずれた怒りのポイントに周囲は残念な面持ちをしている。どうしてこんな残念な子に育ってしまったのかとアレクは過去に思いをはせる。
「父上に許可を頂けばいいのでしょう! すぐに頂いてまいります! セミョーン! セミョーン!! どこにいる!? 父上に提出するという書類を用意せよ!」
怒りに顔を歪ませて周囲に向かって怒鳴り散らす。その残念な姿と残念な言葉にアレクは最後通牒を渡すことにした。
「セミョーンは本日付で私の側近へ異動になった。もともとお前の能力を補うための配置だったが無理だったようだな」
「何を勝手な! …セミョーンごときでは私の能力についてこれませんからね」
怒っていた表情に愉悦が混じる。少し胸をそらして自慢げにしている。
「ナナイ一優秀といわれる才能をお前の尻拭いに使うのは非常にもったいない。それに陛下の許可は出ない」
前半のセリフに怒り後半のセリフに困惑するアンリ。
「宝物庫にあるものは歴代の王たちが収集したり献上されたりしたものだ。それを王妃にさえ使用に書類を必要としているのにはきちんと理由がある。もちろん価値ある宝石や歴史ある遺物が収められているということもその一つだ。だがそれだけではない」
そこでアレクは一息入れる。アンリは神妙な面持ちでアレクを見ている。怒ったり偉ぶったりあまり良い方向に出ていないが、言動一致の素直なアンリなのだ。
ルドヴィカは穏やかな表情で成り行きを見守り、その脇で不安そうなルイズの視線がアレクとアンリの間を行き来している。
「…呪われたものも混じっているからだ」




