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何も変わらないまま無情にも時が過ぎていく。
時折意識を飛ばしながらも何とかここにいることができる。
そのまま戻らなければ、どうなるのか。
身体に戻れるのか。
そのまま死んでしまうのか。
昔々に同じような状況に陥った女性は、魂が傷つきすぎて死んでしまったという。
ならば。
可能性は。
「我々がローの魂が離れていることに気がついてから1ヶ月以上が経過している。これ以上この状態が続けば魂を取り戻しても肉体になじまない可能性が非常に高い」
<やっぱり…>
時間が経てば経つほど頭の中に靄がかかったようにぼんやりすることが多くなっている。複雑な思考が出来なくなっていると自覚できる。自覚できることにまだ安堵している。時折開催されている勉強会でもルドヴィカや他の生徒の話がよく分からなかったり、アンリたちの姿を見かけても一瞬名前が出てこなかったりすることに愕然とした。このまま消えてしまうのだろうか。
「ルドヴィカさんもパーティの準備で忙しいのに…」
顔に落ちる影が濃くなる一方のヘンリエッタが弱々しく微笑んだ。
創立記念パーティのため、ルドヴィカはもちろん、教師であるカニーレもヘンリエッタも正装だ。
ルドヴィカはこの日のために新調したという大人びた真紅のドレスがとてもよく似合っている。
創立記念パーティの準備はもちろん生徒会の仕事だ。だがやはりというべきか生徒会長アンリは何もしなかった。アンリにとってパーティは周りの人間が手配するもので、最終的に「良し」と言うことが主催することであると思っている。そんな彼に準備が出来るはずもない。ジェフはパーティ嫌いで有名だし、騎士であるリチャードはパーティの機微には疎い。デビットは養子であるがゆえに主催する立場になったことがなく、平民であるクリスにパーティとはなんぞを問うのは荷が重いだろう。
そういうわけで、生徒会は動かない。学園の運営には関わらない立場のはずのセミョーンが怒られながら口出ししても馬の耳に念仏。右から左へ聞き流す。そのくせパーティが楽しみだと衣装や装飾品を見繕っているのだから彼らはいったいどこのパーティに出るつもりなのだろうか。
1週間前になってようやく生徒会が手配することを認識し、理不尽な怒りは当然とばかりにルドヴィカに向き、疲れているルドヴィカは1週間でパーティの準備をしてのけた。業者の手配から予算の分配、会場の飾り付けの配置まで完璧にこなしてしまった。
毎日の睡眠時間が1~2時間あればいいほうだった。
こうしてルドヴィカが尻拭いをしているからアンリたちもパーティの準備などたいしたこと無いと思ってしまうのではないだろうか。
だから準備が出来て前日に会場を見てまわっただけのアンリは「良し」というだけで終わるのだ。当日のスケジュールや料理の内容などは資料を一瞥しただけで読みもせず、ルドヴィカにねぎらいの言葉一つかけなかった。
さすがにルドヴィカにも疲労がたまっているようで、ヘンリエッタの言葉に、同じように弱々しく微笑み返すだけで精一杯だったようだ。
「進展が全く無いのでな。保衛部だけでなく、魔法省にも協力を要請した。パーティ後に何らかの理由をつけてローを魔法省管轄の研究室へ呼び出して魔法の出所の探査および肉体への影響の確認をすることになっている」
「なんで初めに言わないんだって物凄く怒られました」
しょぼんと落ち込んで下を向いて大きくため息をつくヘンリエッタをカニーレが労わる。
「先方も、公に出来ないことは理解してくださっただろう」
「そうですけど。そうですけどね。何で私1人でお願いに行かせたんですか。すっごい怖かったんですから」
悪かったと頭を撫でだすカニーレたちに付き合う義理はないとルドヴィカは立ち去ることにした。