⑬
「ルイズが鞄を忘れるなんて珍しいこともあるもんだね」
「そうですね」
教室の扉を開けたのはデビット。申し訳なさそうな顔をすることも無く相変わらずニコニコと笑うルイズを伴い二人で教室に入っていく。
誰もいない薄暗い教室。
そんな気味悪さを感じないルイズはデビットを追い越し迷いなく歩く。
デビットもそんなルイズの後をゆったりとした足取りで付いていく。
一つだけ鞄が残ったままの机の前まで来たときにふいにデビットはルイズの名を呼ぶ。
振り返ったときに体勢が崩れたルイズを支えるように抱きとめ、離れようとするとデビットはそのままぎゅっと抱きしめた。
驚いて固まってしまうルイズの肩に顔をうずめるように強く抱きしめている。
「痛いです」
「俺は…」
ルイズの抗議に少しだけ腕を緩める。腕の中のルイズは不思議そうな顔をしてデビットを見上げている。その目には怯えも不安も見られない。同時に恋情もドキドキも感じられない。それが悔しくて、せめて1人の男としてみて欲しくて、デビットは言葉を紡ぐ。
「ルイズ。君がアンリを好いていることは知っている。でも…、それでも俺は…」
緩んだ腕から抜け出そうとルイズは足を動かす。逃がすまいとまた強く抱きしめるデビット。さらに逃れようと動きは大きくなり鞄がかかったままの机にルイズの足がガタリとあたる。
「俺はルイズのことがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ぼふっという音はデビットの叫び声にかき消された。
突如目の前に現れた火柱にあろうことかデビットは腕の中のルイズを突き飛ばして逃げ去り机を倒して尻餅をついた。反対側に押し出されたルイズも別の机にぶつかりよろめくがかろうじて転倒は免れる。
「な、ななななにが、何が起こったんだ?」
顔面蒼白冷や汗をだらだら流しながらあたりを見渡す。薄暗い教室は何事もなかったかのように静寂を届け、机に腰をぶつけたらしいルイズがその部分をさすっている姿しか見当たらない。
大きく息を吐いて立ち上がろうとして情けないことに腰が抜けて立ち上がれない。何とか這って机を支えに膝立ちになる。
「大丈夫ですか?」
不思議そうな顔をしたルイズがデビットに手を差し出す。羞恥で染まった顔を薄暗い教室は隠してくれているはずだ。だが差し出された手を取ることはできない。なぜなら手を取っても立ち上がることが出来ないから。
いつまでたっても放置される右手に痺れを切らし、ルイズは鞄を手に取る。特に何もおこらない。
その間も立ち上がることの無いデビットを一瞥。
「さようなら」
いつもと変わらずニコニコと笑って別れの挨拶を告げるとルイズは一人で教室の扉をくぐっていった。
薄暗い、からすっかり暗くなった教室に取り残されたデビットに、その表情は見えない。言葉だけが胸に突き刺さる。
床に倒れこむように突っ伏す。
「終わった…」
貴族らしからぬ言動を見咎める人はいなかった。