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それからルドヴィカはよくルイズを視線で追うようになった。そのため自分もルイズ(肉体)の姿を見ることができる。相変わらずフラフラしているし、授業は答えられないし、移動教室の際はココに促されてようやく移動を始める。毎日同じ時間に登校し、同じ時間に教室を出て昼食を食べに行き、同じ時間に帰宅する。違った行動をするときは必ず誰かの声かけがなければ動いていない。
<ルドヴィカ様はよく私の魂がないことに気がついたなぁ>
そうなのだ。多少ぼんやりしているが、声かけには答えるし食事もちゃんと食べている。ココもおかしいと思っていたようだが今はさほど気にしていないように見える。他のクラスメート達は普段どおりに挨拶を交わしている。雑談の輪に加わったりふざけて肩を叩いたりすることだってあるのに変だと思う人はいないようだ。
時々「最近ぼんやりしてるけどどうしたの?」みたいに聞いている人もいたがルイズ(肉体)が否定すると「そう?」と首をかしげながらもそれ以上追求することはなかった。
そんな様子を見ると、たった1回軽くぶつかっただけで疑念を抱き、少し言葉を交わしただけで確信を抱くルドヴィカをすごいと思う。
残念ながらアンリたちの様子を見ることはできないのでアンリたちが今のルイズの状態を見てどう思っているかを知ることが出来ない。親友のココが様子がおかしいことに気がついたのだ。それ以上に一緒にいるアンリたちが気づかないはずが無い。国家保衛部と一緒になってルイズを元に戻すために頑張っている姿を見ることができないのが惜しいな。
<と、思ってたらアンリだー>
相変わらず授業中は内職続きのルドヴィカだったが、休み時間などはなるべくルイズが視界に入る場所にいることが多くなった。必然的にルイズと一緒にいるアンリも視界に入るようになる。
<アンリー! 私はここにいるよ!! 気付いて! お願い!!>
一生懸命念じてみても一向に気付く気配はない。
<あ! ジェフにデビットもいる!! クリス君なら気付いてくれるよね? ね! 魔法に関しては得意だもん!>
ニコニコと笑うルイズを取り囲むアンリたち。くるりと周囲を見渡したリチャードと目が合う。
<リチャード! 気付いてくれたの!?>
リチャードは眉間に皺を寄せるとアンリに何か耳打ちする。アンリもこちらに視線をよこす。
<アンリなら気付いてくれると信じてたよ!!>
と。
ルイズの背にそっと手を当てて移動を促す。ニコニコと笑ったままのルイズは疑問を呈すことなくそれに従う。
<あれ? あれあれ??>
アンリたちの姿が視界から消える。ルドヴィカはため息をついてその場を離れる。
<気がついてくれたんじゃないのぉ?>
内心泣きながら、身体はルドヴィカなのでもちろん涙を流すことは無いのだが、そんな気持ちで一杯だった。
それから何度かルイズ(肉体)と一緒にいるアンリたちを目撃し、そのたびに不信の目で見られながら場所を移動されることを繰り返し、最近では生徒会室に入り浸り出てこなくなった。一般生徒立ち入り禁止を強いているので、公爵令嬢のルドヴィカといえども立ち入ることが出来ない。それでも時折ルドヴィカに助けを求めにくるセミョーンの話から、いつもと変わりなく過ごしていることが知れる。そして変わらずアンリは仕事をしない。
<あれー? アンリはもっと仕事もしっかりしてると思ってたんだけどなぁ…>
連日のように小会議室にはセミョーンを始め、各部長や一般生徒の悩み事相談。教師からの依頼など様々な案件が持ち込まれる。聞いていると概ね生徒会で採択されるはずの案件が多い。部費だったり人間関係の悩みだったりパーティの運営だったり。
魔術の練習相手なんてものもあった。ルドヴィカは嫌な顔一つせずに、困った顔はしていたが、その一つ一つに丁寧に対応していた。そして自らの領地に関する仕事、つまりはルドヴィカがしなければならないことは家に帰ってから寝る時間を削ってこなしているのである。もちろん授業の予習復習も欠かさない。努力家で天才だ。
それを一緒にこなしている、というかずっと見ていると改めてルドヴィカ・スフィーアという人物の凄さを実感する。早く自分の身体に戻りたいが、この仕事量をこなすルドヴィカに更なる仕事を強いるのはいくらなんでも無理だろう。