⑤
シャワーから上がるとジャックはシングルソファに座ってビールを飲んでいた。
もちろん、もうルームウェアに着替えていた。
「何か飲むなら、冷蔵庫開けて勝手に飲めよー」
ジャックはこちらをチラリと見て新聞を広げながら言う。
冷蔵庫を開けるとビールらしきものがゴロゴロと入っていた。
どれがノンアルなのか聞くのも面倒なので、私は迷わずミルクを取った。
ジャックは見ない振りをしていたが、明らかに肩が揺れている!笑ってる!
ふん。私がそっぽをむいてミルクを飲んでいると急に、おい!と呼ばれる。
思わずミルクを吹き出しそうになる。何だよ。
「そういえば、お前・・・」
ジャックがゆっくりと近付いてくる。
え?何だろう?このミルク飲んだらいけなかったとか?
えーと、何だろう?
まさか・・・女ってバレた?心臓がバクバクとうるさく脈打つ。
ゴクリと唾を飲み込む。
「お前、名前は?」
動揺が激しかったのでジャックの言葉が聞き取れなかった。
固まったままの私の頭をコンと小付いて再び
「な・ま・え・は?」
と言った。そこでようやくバレたのではないと理解した。
「あ、あぁ。名前は、えっと・・アルテ・・・」
「ん?聞こえなかった。アリ?アル?」
「えっと・・・アル」
「ふーん。アルか、じゃぁアル。改めてよろしく」
そう言って右手を出す。
なんだろ?この手は。黙って見ているとジャックは
「見てんじゃねーよ。アホ。こっちが手を出したら握手だろ。それが礼儀ってもんだ」
と言って勝手に私の手をガシガシと握った。ジャックにしてみれば普通に握った
つもりなんだろうが、私には折れるんじゃないかと思うほど力が強かった。
「痛てーよ!ジャックの馬鹿力!」
叫んだ私に驚いた様子でジャックはすぐに手を離した。
「すまん。すまん。しかし小さくて華奢な手だなぁ」
自分の手と私の手を見比べている。私は見られるのが嫌で
すぐに手を隠した。その場から逃げたくて
「寝る」
そう言って私はソファーに飛び込んだ。
ジャックの方を見たくはなかったので、後ろ向きに丸まった。
すると足音が近付いて来たので緊張したが、ふわりとブランケットが降ってきて
私を包み込んだ。
たった一枚のブランケットなのに、すっぽりと掛けられた瞬間、
途轍もない安心感に襲われた。人は安心感を得られると眠くなる。
私はまたすぐに夢の中へ落ちて行った。
ジャックはソファーで丸くなって寝息を立てているアルの姿を見て感慨にふける。
「ちっせぇなぁ。こいつ。マリーも心残りだっただろうな」
伸びた前髪をすこしかき分けると、アルの目元に光る雫を見つけて指が止まる。
そっと拭うとアルがくすぐったそうに首をすくめて寝返りをうった。