side:裏
私は、病院に守八を叩き込んですぐ、裏野ハイツにとって返した。
敷地を紅い液体が踝まで覆い、ハイツ内を異界としていた。
予想通り、篠宮の伯父叔母が揃ってる。
珍しく、五人も。
ゴツイと五分刈りなのが揃ってる五十路な虎雄伯父。
黒髪に犬のような耳の形の退魔師の大美叔母。
瞳孔が細く線も細い、表向きは占い師の玖智姫叔母。
色素の薄い髪とロップイヤーっぽいパーカー姿の番下の凛兎さん。
見た目は一番ロリなアキバで有数のメイド喫茶の店長・瓜江伯母。
凛兎さんは、一応、私と同年代だし、叔父とは呼びにくい。
だけど、いる理由が分かってるから、話を通さねばならないだろう。
「虎雄伯父殿、ある程度、黙っていて放置しやがったね。
一応、篠宮の区分だから食い荒らさなかったのに。」
「お菓子くれるお兄ちゃんだったし、一応、端っこのカミサマのお気に入り損ねるなら、ひどいよ?」
「だのぅ、五人も名古屋に此処一週間雁首揃えておったのは、気付いておったがの。
虎と戌と蛇、兎まではともかく、ほぼ商売一直線の猪が居る時点で怪しいわな。」
「みゃあ、お気に入りにゃぁ、一番はユキにゃんのでも、カミニャンもお気に入りニャ。」
予想をしてなかった三人の声が響く。
黒い髪を両耳の少しだけつまんだ可愛い小学生の外見。
白いブラウスと鮮やかな赤が綺麗なスカートをサスペンダーで吊っておる。
この幼女が、作られた七つ目の七不思議こと、『ななせさま』。
去年、引き取ったまだ、若い神様区分の子だ。
小さなぬいぐるみサイズの山伏姿の稲荷狐のこのめ。
白足袋キジトラ猫の猫又の葉月。
この九人だけで更地にできるだろう。
ちなみに、このアパートには誰もいない。
理由をつけて、離れさせた、残っているのは、103号室の夫婦宅のみのはず。
虎雄が、ニヤリと嗤い、我を通したければ正解をしってんだろうな。とでも言うようにたずねる。
「なら、答えあわせと行こうや。」
「ことのはじまりは、五十年前から四十年前までここにあった下宿の連続怪死事件。」
「その下宿の持ち主は、このハイツの大家のご両親。」
「死んだ数十人全て、病死や明らかな寿命ではない。」
「その中に、201号室の老婆の長男・高橋大悟もいた。」
「えっとね、でも、黒幕は103号室の夫婦に見せかけたその蛇のお姉ちゃんと同じ人。」
「あら、御氏名?そうね、旦那と子どもに見えてたのは式神ね。」
「色々と生贄にしてたんニャけど、最後の仕上げが守八吾郎だった。」
「ちなみに、その103号室の奥さんも、高橋大悟の母親と同じく、兄を失った子。」
「ほぉ、原因は、名古屋空襲の怨嗟を利用した呪い、つか、国家転覆だな。」
「一応、その怪死事件を解決する際、頭領がその黒幕ごと封印始末した。」
「今回の黒幕の願いは、兄を蘇らせること。」
つらつらと流した。
それが澱みなく繋がる辺り、情報は全員に行き渡っているようだ。
なら、任せてみるか、と虎雄は尋ねる。
この姪っ子は、霊力の量も質も次期頭領を目指せるほどの子だが、一般人だ。
「……どうする、つもりだ?」
「ん?食べさせる。」
「誰に?」
「僕らが、食べようか。」
「私達が、食そうか。」
「人の咎は、美味なるもの。」
「人の禁は、甘美なお味。」
「全てなかったことにした方が、君達にはいいだろう、篠宮?」
「全て胃の腑に収めたほうが、お前達には都合良い、違うか?」
私が呼んだ 《クレピスキュール》のパワーストーンショップ双子店主はいた。
いつも通りの黒と白のちぐはぐな双子。
篠宮と殺し合いもしたことあるらしく、少なくとも好意は持っていないようだ。
私は、龍雄叔父と同じく別勘定らしいが、この五人は真っ当な篠宮だから、嫌悪している。
「そっちのほうが楽だけど、雪乃、怒ってる?」
「怒ってる。」
「雪乃、せめて、笑っていて欲しい。」
「雪乃、せめて、焦らないで欲しい。」
「悪い、頼んだ。」
「うん、頼まれた。」
「うん、請け負った。」
「ああ、せめて、鎮魂の祝詞でも歌でも上げて欲しいかな。」
「そうだね、哀しいけれど、僕らにも覚えがないわけじゃないから。」
白と黒の双子は、手をとりそのハイツの敷地を満たす紅い水の中に踏み入れる。
仕方ない、と私は、祝詞よりも、少しでも綺麗に上がれるようにと、歓喜の歌を歌う。
聞いたことがある人も多いだろう、ベ-トヴェンの第九を構成する有名な歌。
某福音のロボでも使われた曲だった。
生きることの喜びを、禁忌を成し遂げる為だけに使ってしまった人へ捧げる。
ななせさまとこのめも、歌に加わる。
歓喜の歌だけは、ドイツ語で仕込んだ、らしい私が。
酔っ払ってたから覚えてないけど。
歌は祈り。
歌は架け橋。
言葉が通じなくても、通じる心はあるのだから、と。
全て歌い終わる前に、文字通り、“全て”食べたようで。
残っているのは、僅かなアパートだったものと103号室の奥さんだった“それ”。
201号室の老婆と大家のおばあさんだった。
ある意味で、大家も四十年前が終わらなかった口なのだろう。
それを向けているのが、黒白双子が全てを捕食せんとするあパートなのはシュールだけども。
「後は、失火と強風で全焼ってことにしましょうか。
少しは残ってる穢れもどうにかなるでしょうし。」
「わかった、それで手配する。」
虎雄伯父と凛兎さんの腹黒い?短い打ち合わせも終り、黒白双子も戻ってきた。
「ごちそうさまでした。」
「ごちそうさま、美味しかった。」
「ふむ、七十年経っても戦争は終わってないようだね。」
「うん、七十年だから、まだ戦争は続いていたようだ。」
「そう言うもんだと思うわ。
じゃ、龍雄伯父さんありがとう、還る。」
「おう、今度は無関係に遊びに行かせてもらうぜ?」
「って言っても、完全に無関係だったことなかったじゃない。」
守八には、全てを伝えなかった。
あの老婆にしても、若夫婦を装ってた女にしても、大家にしても、悪い感情を持っていなかったようだから。
知らないことは知らないままでいいんだよね。
と言う訳で、駆け足ですが、夏ホラー2016でした。