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勇者辞めました  作者: 比呂
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痛みと苦しみ3

 物陰に身を隠したユーゴは、とある建物を見張っていた。


 まず初めに接触しようと思ったのは、ジェラルドだった。

 巨躯の大男であるジェラルドは、基本的に目立ちやすい。複数人で歩いていても、頭一つ飛びぬけているので、探すのが比較的に容易だと言えた。


 そして、特殊部隊でジェラルドが部下だったときに交わした雑談の記憶を思い出した。


よく行く飲み屋から、行きつけの武器屋をリストアップして、ジェラルドの行動半径を予測する。その中で、兵舎からの道順を数本に絞り込んだ。 

 ユーゴはそこから、一番可能性の高い通路に出向いて監視を始めたのだった。


 そうすると、すぐにジェラルドが現れた。


 いまの時刻は昼過ぎなので、昼食を取るために食堂へ現れたのだろう。

 この時間に兵舎の外を出歩けるということは、軍を除隊しているものとして間違いは無い。


 しかし、ユーゴには気になることもあった。

 ジェラルドは、見たことも無い人間を二人も引き連れていた。普通に考えるならば友人関係だが、そうと言いきれるほど親しそうではなかった。


 一時間ほどして、食堂からジェラルドと二人の男が出てきた。

 ジェラルドが一人ならば、すぐにでも接触しようと思っていたが、連れの二人が何者かわからないうちは、会いに行くのを避けることにした。


 とりあえず、ジェラルドたちの後を尾行することにしたユーゴだった。

 城下町の街路を通り抜け、ひたすら城の外を目指して歩き続けた。その過程で、ようやく連れの二人が何者か理解した。


 上手く偽装しているようだったが、彼らはジェラルドの護衛だった。ジェラルドの隣に一人が立ち、もう一人が先頭に立って歩いていた。


 大した会話もせず、絶えず周囲を見張っている二人の動きを見ていると、即座に護衛だと看破することが出来た。

 ユーゴが暗殺者として動けば、護衛の二人は五秒以内に片付けられる程度だった。


「借金を申し込みにいくのに、護衛を殺してどうする……」


 結局、彼はジェラルドが一人になるまで尾行を続けることにした。

 前を歩くジェラルドたちは、路地を曲がり、一軒の邸宅に入っていった。

 流石にユーゴもそこまで着いていくことはせず、邸宅が眺められる物陰に身を潜めた。


 さほど大きくも無い邸宅だが、成り上がり貴族が初めて住む屋敷と同じくらいの規模だった。

 恐らく、ジェラルドが買い上げたものだと思われた。


 屋敷の出入り口の前には立て看板があり、ユーゴは物陰から、目を細めて遠くにある看板を見た。


「傭兵、募集?」


 少し首を傾げたユーゴだったが、ジェラルドとの雑談を思い出して納得した。酒の席で、いつかは傭兵団を旗揚げする、という夢を聞かされていたのだった。


「……そうか、夢を叶えたのか。しかしなぁ」


 魔王を倒して平和になったというのに、これ以上の兵力が必要であるのか、ユーゴには疑問だった。

 唯でさえエトアリア王国は、魔王討伐のために大兵力を擁していた。魔王がいなくなったいま、傭兵の価値は下がるのが当然だろう。


「何するつもりなんだ、あいつ」


 そう呟いたものの、いつまでもそうしていられなかった。ジェラルドに金を借りに来たことを思い出したのだ。


 真正面からジェラルドを訪ねて行くと、周囲の人間から反感を買いそうなので止めておくことにした。

 ユーゴは自分が狙われていることを忘れていなかった。


 その場に屈んで、手に泥を付けた。掌を顔に擦りつけ、わざと汚した。髪も手櫛で掻き乱し、手入れされていないような髪形に演出する。


 着ていた上着の両袖を引きちぎり、片方は布状に広げて顔下半分に巻きつけた。もう片方はポケットに詰め込む。上着は袖なしになってしまったが、覆面をするためには仕方が無かった。


「ちょっと、やりすぎたか?」


 ユーゴの格好は、浮浪者と見間違うようになっていた。他人の家の窓ガラスで自分の格好を確認したユーゴは、堂々とジェラルドの屋敷に向かっていった。

 入り口の前で止まり、看板の内容をもう一度確認したところで、扉を叩いた。


「何だ」


 野太い声をした、野太い男が現れた。腕力が自慢であることは、見た目と態度でわかった。

 ただし、喧嘩には慣れているが、殺し合いの経験は無さそうだと、ユーゴは直感的に思った。


「……残飯ならねぇぞ」


 完璧に浮浪者を相手にする態度だった。

 ユーゴは首を振り、看板を指差した。


「はぁ? まさかてめぇ、傭兵の募集で来たってのか」


 頷くユーゴである。

 しかし、野太い男は嫌そうな顔をして、追い払うように手を振った。


「てめぇみてぇな人間を、いちいち相手になんざしてられるかよ。金も出さねぇし、水もやらねぇ。この敷地から出て行け……え?」


 ユーゴは躓いたように前のめりになって、野太い男の手を掴んだ。

 そのまま男の腕を内側に折り込んで関節を極め、がら空きの鳩尾に拳を打ち込む。


「ひぎゅっ」


 喉から妙な声を発した野太い男は、気を失って倒れた。入り口の前にあっては邪魔なので、横に転がしておく。


 そして何事も無かったかのように、屋敷の中へ入っていった。

 途端、首元に刃を突きつけられた。


「君、ただの浮浪者じゃあないねぇ」


 刺突剣(レイピア)の切っ先から元を辿れば、軽薄そうな金髪の男が立っていた。身なりは一般的な冒険者の格好だが、先ほどの野太い男とは雰囲気が違っていた。

 それなりの危険を潜り抜けてきた男なのだろう。


「どうした、喋れないのかい」


 ユーゴは何も答えずに、目だけで相手を見返した。


「ふぅん。いい度胸じゃないか。……俺にはわかるよ、君はどこかの戦士だったのだろう? さっきの動きは素人じゃ無理だもんねぇ」


 初対面の人間を、値踏みするように言う金髪の男だった。抜き身の刺突剣を腰の鞘に仕舞うと、ユーゴに背を向けた。


「ついて来いよ。俺が直々に、ジェラルド様に話を付けてやるから」


 言われるがままに、ユーゴは金髪の男の背中についていく。長い廊下を通り抜け、最奥の部屋まで辿り着いた。

 金髪の男がノックすると、内側から扉が開いた。そこから出てきたのは、ジェラルドが連れていた護衛の一人だった。


「何か用か」


 金髪の男が、薄笑いを浮かべながら答えた。


「ああ、お前よりも何倍も強い男を連れてきたんだよ。ジェラルド様に取り次いでくれないかなぁ」


 護衛の男は目を細め、ユーゴを見た。


「この浮浪者が?」

「門番の代わりに採用してた男って、君が連れてきたんだよねぇ。そいつ、玄関先で寝転んでるみたいだよ」

「なんだと……まさか、その浮浪者がやったのか」

「それも、一瞬でね」


 自分のことのように言う金髪の男であった。

 護衛の男は、しばらく考えるように唸っていたが、意を決したように顔を上げた。


「よし。ジェラルド様は、強い人間を探している。それに見合うかどうか、ジェラルド様に決めていただこう。貴様は帰っていいぞ。浮浪者は部屋に入れ。ただし、くれぐれも失礼の無いようにな」


 金髪の男は片手を上げ、ユーゴの肩を叩いた。そのまま元来た道を戻っていく。

 ユーゴは護衛の男に頷き返し、部屋の中に入った。

 入って右側の壁には、立派な鎧が飾られており、その脇には剣も置かれていた。


 正面の壁には大きく切り取られた窓があり、その前に、執務用の机と椅子があった。そこに座っているのは、サーコートを羽織ったジェラルドだった。


「誰だよ、そいつは」


 書類を書いていた手を止め、不審な目をユーゴに向ける。

 護衛の男が、弁解するように言った。


「はい、こいつは入団希望者です。腕がかなりのものらしいので連れてきましたが、どうなさいますか」

「まあ、いいけどよ」


 そう言って、ジェラルドはユーゴに向き直った。


「顔の布くらい取ったらどうなんだ。仮にも入団したいって男なら、顔を見せてもいいだろう。それとも、見せられない理由でもあんのか」


 それでもユーゴは黙っていた。右側の壁にある鎧と剣を見て、ジェラルドを見た。


「何だよ、アレが気になんのか。ま、そりゃそうだろうなぁ。魔王を殺した俺が持ってる武器だ、気にならないわけがねえよな」


 ジェラルドは自慢げに顎を擦った。


「入団したら、触らせてやってもいいぜ。……だからよ、その布を取れ。話はそれからだ」


 ユーゴは顔を俯かせた。

 ついに業を煮やした護衛の男が、ユーゴの布を剥ぎ取りに掛かる。


「貴様、付け上がるんじゃない!」


 乱暴に、口元の布が剥ぎ取られた。

 ユーゴの素顔が晒される。


「……別に何ともないじゃないか。はっ、気取っていたつもりか」


 護衛の男が、奪い取った布を床に投げ捨て、踏みつけた。


「まったく、こんな男を連れてきたのが間違いでした。ジェラルド様。こいつは追い出してきます」

「いや」


 ジェラルドは厳しい顔をして、護衛の男に言った。


「しばらく席を外しとけ。俺は、この男と話しがある」

「え、しかし」

「出て行けよ。二度も言わせるなってんだ」


 護衛の男は、ユーゴとジェラルドの顔を交互に眺めてから、一礼して部屋から去っていった。

 部屋に二人きりとなったユーゴとジェラルドは、少しの沈黙に身を委ねた。


 そして、最初に口を開いたのはユーゴの方だった。


「話をするのは、ヴァレリア城以来か」

「そうだな」


 椅子に深く座りなおしたジェラルドが、大きな溜息をついた。


「はぁ……。だから、どうしたってんだ」

「どうもしないさ。だが、聞きたいことがある」


 ジェラルドは、部屋に飾ってある鎧と剣を見た。


「あ? 聖剣と白銀の鎧のことか。だったら恨まれるのもお門違いだ。あれは国王陛下から承った代物だからな。文句があるなら、国王陛下に言ってくれ」


 名目上、それは正しかった。騎士団長の権威を利用したジョアンが、国王が下賜したように手配していたからだ。

 しかし、ユーゴは首を横に振った。


「そうじゃない。俺が聞きたいのは、お前たちが嘘をついたのかどうかだ」

「嘘、だと。一体、何のことだよ」

「いいから答えてくれ」


 顔を伏せたまま言うユーゴの言葉に、ジェラルドは困惑した。しかし、ここでジョアンとの契約を破るわけにはいかなかった。

 せっかく立ち上げた傭兵団を、潰したくなかったのだ。


「う、嘘なんか言ってねぇ。それとも何か、あんたがそこまで落ちぶれたのは、俺の所為だって言いたいのかよ」

「そうか。……俺の状況は、どうだっていいんだ。それより、お前と話せて良かったよ」


 ユーゴは顔を上げて、薄く笑った。


「……っ」


 気味が悪くなったジェラルドは、彼から目を逸らした。


「で、何しに来たんだよ。傭兵団に入りに来たわけじゃねぇだろ。用件を言え。逆恨みの復讐ってんなら、受けて立つぜ」

「金を貸して欲しいんだ。金貨三枚でいい。必ず返す」

「――――は?」


 間の抜けた顔をするジェラルドだった。復讐しにきたものだとばかり思っていた彼は、気勢を削がれた気分になった。


「金を、貸せだって」

「ああ。忙しいときに悪いとは思う」

「……へぇ」


 ここにきてジェラルドは、自分が優位な立場にいることに気付いた。目の前にいる男は、元特殊部隊隊長などではなく、唯の貧乏人だと認識を変えた。


「何言ってんだ、ユーゴよう。あんた、そこまで落ちぶれてたのかよ。元部下に金を貸してくれなんて、よく言えたもんだな」

「……すまん。だが、兵舎には入れないし、外にいる知り合いがお前たちしかいないんだ」

「そうかよ。だからって、俺のところに来られても困るんだよなぁ」

「すまない」

「そう思うんだったらよ。誠意みせてくんねぇかな」

「…………」


 ユーゴは思わず拳を作った。爪が掌に刺さるくらい強く握り締める。

 だが、ここでジェラルドを殴り倒しても、誰も救われない。誰も救えない。それが、ユーゴの忍耐を辛うじて繋いでいた。

 王族に対するように跪いて、頭を下げた。


「頼む、金貨三枚貸してくれ」

 

 椅子から立ち上がったジェラルドが、ユーゴの前に立った。

 ユーゴの髪の毛を掴み、強く引き寄せた。


「悪いねぇ、俺のところも金欠で、金貨三枚も出せねぇんだ」


 それは誰にでもわかるような、明らかな嘘だった。実際、ジェラルドがその気になれば、金貨三枚など問題にならないくらい小額である。

 それに、ジェラルドには思惑があった。


「だがな、あいつらなら持ってんじゃないのか。ヘクターとか、アイサとかな」


 元部下のところをたらい回しにして、ユーゴを見世物にしようと考えていたのだ。

 その考えに、ユーゴは気付いていた。


しかし、それ以外に方法が無いことも事実だった。

ユーゴは髪を掴まれている手を払いのけ、ジェラルドを睨んだ。


「あいつらは、何処にいるんだ」

「ふん。ヘクターは、王立魔術研究所だ。アイサはヘクトンホテルに泊まってるはずだぜ。まあ、精々頑張ってきなよ、隊長」


 踵を返したユーゴは、ジェラルドの皮肉を背中に受け、その部屋から出て行こうとした。その間に、少しだけ、聖剣と白銀の鎧を見た。


「…………」


 結局は何も言わずに、再び歩き出した。



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