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勇者辞めました  作者: 比呂
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人の国と嘘2


 戦勝パレードは順調に進行し、残すは最後のメインイベントである勲章授与式典を残すのみとなった。

 

 城前の広場には、巨大な式場が設営されていた。式典が行われる演壇脇にはエトアリア国旗が飾れており、演壇の下には貴族専用の座席が設けられていた。その後方には柵が設置されている。


 柵の向こう側では、魔族の王を殺した英雄を一目見ようと、多くの民衆が押し寄せていた。

 既に何人かの勲章授与は終わり、残っているのは《勇者分隊》だけとなった。式典壇上で、隊員が一列に座っている。


 ユーゴは、自分の隣に並ぶ部下たちと会話する機会がなかった。

 本来なら待ち時間に控え室で会えるはずだったが、ジョアンに受けた傷の治療をしていたために間に合わず、直接式典に出ることになったのだ。

 

 聞きたいことは山ほどあったが、式典の最中に話をするわけにもいかないので、時間が過ぎるのを待った。

 式典さえ終われば事情を聞くことができるだろう、とユーゴは考えていた。

 

 司会進行役の兵士が、大きな声で言った。


「それでは最後に、《エトアリア金剛勲章》の授与を執り行う」


 民衆が一斉に沸いた。貴族たちさえも壇上に意識を集中する。

 《エトアリア金剛勲章》とは、最も授与されるのが難しい勲章として有名だった。国外にさえその名が知れ渡っている。


 戦場で多大な勇気を示した者しか与えられることのない勲章ということで、魔王を討伐した勇者にこそ相応しいと言えた。


「エトアリア軍第22連隊A中隊所属《勇者分隊》、前に出ろ」

「はっ」


 ユーゴたちは勢いよく立ち上がり、一歩前に出た。

 一糸乱れぬ動きで居並ぶ。


「国王陛下にぃ、敬礼」


 演壇の中央に設置された専用王座に座るアベル二世へ向けて、その場にいる民衆以外の全員が最敬礼をした。

 国王が掌を見せると、揃って手を下ろした。

 

 壇上の左側に座っていた男が立ち上がる。

 白い軍礼装を着た壮年の男だった。


「エトアリア軍総司令官、バーニー・ワイアット元帥閣下にぃ、敬礼」


 再び全員が敬礼をすると、ワイアットが笑って答礼した。


「休め」


 その一言で、《勇者分隊》の全員が足を肩幅に開き、手を後ろで組んだ。


「私は、諸君らのような、強靭で勇敢な者に出会えたことを感謝する。よくぞ我らの宿願を果たしてくれた。この場にいるすべての者に代わって、礼を言おう」


 ワイアットは、悪戯をする少年のような顔をして言った。


「感謝する。よくやってくれたな、お前たち」


 額に入った勲章をもった兵士が、ワイアットの背後に立った。

 頷いたワイアットが《エトエリア金剛勲章》を手に取り、ユーゴの前に立つ。


「君が《勇者分隊》の隊長か」

「はっ」

「その格好を見るに、魔王には手ひどくやられたようだな」

「いえ、この程度は傷に入りません」

「ははは、頼もしい限りだ。今後も励めよ」


 そう言って、ワイアットが《エトアリア金剛勲章》を渡そうとしたときだった。


「異議あり!」


 貴族席の中から、一人の男が立ち上がった。手を上げたまま演壇の前まで歩み寄り、ワイアットとユーゴの前で立ち止まる。


 その光景に、周囲は騒然となった。民衆は思い思いに口を開き、不穏な空気が流れ始める。貴族席でも、幾人かが事態を飲み込めずに慌てていた。


「何事だ!」


 式典を邪魔されたワイアットが、近寄ってきた貴族に怒鳴った。

 貴族は正式な礼をして、自らの名乗りを上げる。


「私はエリック・クランマー伯爵であります。無礼は承知の上で、申し上げたいことがあります。これは国家の一大事にて、どうしても伝えなければならないのです。聞いていただければ、この身はどうなろうと構いません。是非にお聞き届け願いたい」


 ワイアットが口を開こうとしたときだった。


 貴族席から、また一人の男が立ち上がる。それは、ユーゴにも見覚えのある姿だった。


「恐れながら申し上げる!」


 長身の美丈夫として名高き、ジョアン・グレンフルだった。


「クランマー伯爵の言葉に、是非とも耳を傾け願う! 私は国のために命を顧みず進言するクランマー伯爵に、尊敬の念を禁じえない!」


 民衆はジョアンの美声に聞き惚れ、大いに盛り上がった。貴族席は言わずもがなである。こうなっては、ワイアットも事態の収拾に動かねばならなかった。


「……で。何だね、クランマー伯爵。国家の一大事とは?」

「そこの男、ユーゴ・ウッドゲイトのことであります」


 クランマーは鋭い目つきをしながら、ユーゴを指差した。


「こやつは勲章を与えるに相応しくありません! 何故ならこの男は、魔王を前にして敵前逃亡を企てたのですからな! こちらは既に証言も得ているのです。しかもこの男、慰安に訪れたカティーナ姫に乱暴を働こうとしたので御座います。護衛としてグレンフル公爵が傍にいなければ、どうなっていたことかわかりませんでした! このような男に、エトアリア最高の栄誉を与える必要はないのです!」


 厳しい顔をしたワイアットが、ジョアンを見た。


「……確かなのかね。グレンフル公爵」

「カティーナ姫の名誉を重んじればこそ黙っておりましたが、こうなっては仕方ありませんな。……クランマー伯爵の言葉に偽りはございません。何より、ウッドゲイト大尉の傷は、私が取り押さえて抵抗したときに与えた新しい傷です。治療した医師に聞けば、証言は得られるでしょう」

「ふむ」


 ワイアットは目を瞑り、意を決したように言った。


「現時点を以って、ユーゴ・ウッドゲイト大尉の官位を剥奪する。ウッドゲイトは追って沙汰を待て。……警備兵、彼を連行しろ」


 命令を受けた警備兵が二人、ユーゴを挟むようにして立った。両腕を拘束されたユーゴは、虚ろな目つきをして周囲を眺める。


 その中で、貴族席に立つジョアンが目に入った。彼は、その顔に笑みを浮かべていた。


「……どうなってんだよ」


 ユーゴは小さく呟く。首を回し、元隊員の姿を見ようとして警備兵に押さえつけられた。


 誰かの笑い声が、幻聴のように耳に残る。ユーゴは自分の頭がおかしくなったのだと思い、空を見上げた。


 すると両脇で腕を掴んでいる警備兵に、力ずくで頭を抑え込まれた。抵抗しようと逆らうが、身体の力が抜けていくことに気付いた。


「は、ははは……ははっ」


 笑いたくないのに、笑うことしか出来なかった。夢を見ているような気分で、足元がおぼつかない。

 まるで違う世界に迷い込んだような錯覚を覚えた。

 

 警備兵に引き摺られるようにして、壇上から下ろされた。

 もう何もかもがどうでも良くなっていた。

 魔王が最後に口にした言葉を、何故か思い出した。


 ――――そして君は、生き残るべきだ。


 これが魔王を殺した呪いだというのなら、最高の効果があったと認めざるを得ないユーゴであった。

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