人間と魔族
肩に担いでいたバリスタの発射機を投げ捨て、ジェラルドが喝采をあげる。
「ははははっ、どうだ、俺を舐めるんじゃねぇっ!」
戦果確認のため、空に残った爆煙に突っ込んでいくように、ガルーダが迫った。
「――――お前に借りは無かったな」
いきなり爆煙を突き破って、ユーゴが飛び出してきた。
半身は焼け焦げ、赤黒く爛れていたが、黒杖を盾にして何とか生き残っていた。
ユーゴは、ジェラルドに黒杖を叩きつけた。
「うはぁっ、ああっ」
殴られた衝撃でガルーダから振り落とされ、絶望的な表情をするジェラルドだった。
空で溺れるように足掻き、絶望の表情と共に落下していった。
ユーゴも、空を流されながら呟く。
「結局、救えたかどうかは確認出来なかったか……」
景色が急速に昇っていく。
ユーゴの目には、空しか映っていなかった。
空は群青色を主体にした、美しい青のグラデーションを作っていた。
朝陽を見る前に地面へ激突するだろうか、と益体も無いことを考えた。
背中に地表の気配が迫る。
空に光があった。
ユーゴの全身に衝撃が走る。
まるで身体が引きちぎられるような轟音がした。
世界が暗くなった。
背中に生暖かい液体を感じた。
「ありが、とう」
――――感謝した。
涙は出ない。どうせ出しても意味が無い。
世界は終わらない。
感謝は決して、一人で出来るものではないからだ。
「どういたしまして……とでも言わせれば気が済むのか、ユーゴ」
「うぅん、どうだろう」
「私は気が済んでいないぞ。婚約破棄とはどういうことだ。この身体を散々に弄んでおいて、飽きたらポイ捨てか。舐めるな。私は結婚相手を決めたら、相手が嫌がってもとことん尽くす女だ。離さんぞ」
「それはいいから、さっさと口の中から出してくれるか」
ユーゴは乱杭歯だらけの環境に、些か居心地が悪かった。背中が涎で濡れているというのも気にかかっていた。
歯の隙間を匍匐で通り抜け、上唇を押しのけるようにして外を見る。
「あ、こら。駄目だぞ。外は危ない」
そこでユーゴが眺めた景色は、森の中だった。
ティルアの口から這い出て振り返ると、彼女は森の木々を薙ぎ倒して、横たわっていた。強行着陸をしたように満身創痍だった。
身体の所々にクロスボウの矢が突き刺さり、翼は破れて使い物にならなくなっている。
「すまなかった」
ユーゴは堪えるようにして言った。
ティルアは惚けたような顔をする。
「何処かの間抜けな人間が、魔族を庇って空中に落下したからな。それを拾いに戻っただけだ。謝られる必要などない。むしろ恩を売れて一石二鳥だ」
「いくら竜種だって、墜落すれば死ぬかもしれなかっただろ」
「自分が死ぬよりも嫌なことが、この世にはあるのだよ」
彼女は寂しそうに微笑んだのだった。
「動けそうか」
「無理だな。足を骨折しているようだし、翼もご覧の通りだ。文字通りの足手まといだから、私のことは放っておけ。作戦自体は成功している。このことを早く姉上に知らせてくれ」
「無茶言うな。ここはまだ、エトアリア王国に近い。置いて行ける訳が無いだろ。ほら、手を出してくれ」
ユーゴは無理やりティルアの手を取った。
しかし、彼女の傷が治ることはなかった。
「なっ、どうしてなんだよっ!」
彼は怒ったように叫ぶが、変化は訪れなかった。
ティルアが悲しそうに笑った。
「《魔玉》の力が切れたのだろう。そういうこともあるだけの話だ。ここまで使えたことが奇跡のようなものだ。諦めろ」
ユーゴは首を横に振った。
「完全変貌を解くんだ。俺が背負っていくから」
ティルアは間の抜けた表情を見せた後で、花が開くような満面の笑みを浮かべた。
「嬉しいよ、ユーゴ。私を背負っていくというのだな」
「当たり前だ。命の恩人を見捨てて、俺だけ逃げる訳にはいかないからな」
「命の恩人?」
彼女は嫌そうに首を傾げた。
「これからの人生を共にする伴侶ではないのか」
「それはまた、後で考えよう。良い解決案が見つかるはずだ」
「期待しておこう」
そう言うなり、ティルアの身体が縮み始めた。表面の肌から鱗が無くなり、背の翼が肩甲骨の辺りに埋没していく。
すぐに人の形をとり、うつ伏せになった裸体の女性の姿となる。地面には、長い金髪が垂れていた。
ティルアが身体を起こすと、背中から服を掛けられた。ユーゴの右腕に巻かれていたものである。
彼女は地面に座ったまま、ユーゴを見上げた。
「腕の調子はいいのか」
「この通り、くっついた。……無理しなければ大丈夫だ」
「そうか」
ティルアは両手を広げ、待っていた。
「ほら」
「は? 何をしてるんだ」
「背負ってくれると言ったではないか…………私の生涯ごと」
「後半の台詞は聞かなかったことにするからな」
ユーゴは背を向けて、ティルアに近づいた。彼女は勢い良くユーゴの背中に抱きつくと、まるで少女のように笑った。
「怪我をするのも、まあ、たまには悪くない」
「そうか」
そっけなく返事をしたユーゴは、膝に力を入れて立ち上がった。
腐葉土や枯れ枝を踏みしめ、背中の怪我人を気遣いながら歩き出した。
山の稜線から太陽が昇ってくる。新しい朝の訪れがあった。こうして朝陽を見ることが、とても感慨深く思えた。
背中にいるティルアは、ここにきて口数も減っていた。気丈に振舞っていたが、やはり傷が深いのだろう。
ユーゴは出来るだけ、彼女を揺らさないように歩いた。
肺に流れ込んでくる森の空気を感じながら、木を避けて進む。柔らかい足場は、ゆっくりと体力を奪っていった。
木々の隙間から、開けた場所が見えてくる。そこだけが少し明るくなっていた。
やっと森を抜けることが出来そうになって、僅かな安堵を得た。
足を踏み出し、森から出た瞬間だった。ユーゴの表情が強張る。
「……ああ、駄目だったのか」
完全武装した魔王軍の残存兵およそ一個大隊が、そこに集結していた。 様々なところから掻き集められた兵士たちなのだろう、種族も兵種も滅茶苦茶だった。
それでも彼らに共通項を見出そうとするならば、一様に血走った目つきだった。恐らくは敗走してきた魔族だと思われる。
彼らは殺された同胞の復讐を望むように殺気立っていた。
そんな魔族たちが一斉に襲い掛かれば、ユーゴたちなど肉片一つ残らないまで殺し尽されるだろう。
そのとき、殺伐とした魔族の残存集団の中から、シアンと同じような軍服を来た男が歩み出てきた。
ユーゴの前まで来ると、口を歪ませて笑った。
「……貴様が、魔王閣下を殺した大罪人か」
「お前は誰だ」
軍服の男が何か言う前に、ユーゴの背中にいるティルアが言った。
「魔王軍参謀長のグレッグ・ウォーンだぞ。姉上の直属の上官に当る。……しかし、参謀には直接指揮権を与えられていないはずだが」
後半の言葉は、目の前にいるグレッグに当てられていた。
グレッグがさも面白いものでも見たかのように、含み笑いを漏らした。
「これは竜将軍閣下、相変わらず無礼な言葉遣いですな。そして、指揮権のことですが、上級部隊の指揮を取れる魔族がいなくなったので、私が臨時に魔王軍の司令官となったのですよ」
「ほぅ、道理だけは一人前だな。どうせそうなるように仕組んだのだろう」
ティルアがそう言うと、グレッグは舌打ちして話題を変えた。
「ちっ。しかし、まあ、竜将軍閣下も、よくぞそのような身なりで帰って来られましたな。人間に敗北して逃げ帰るならまだしも、人間に背負われて帰ってくるなど恥を知った方がよろしいのではないか。……それともその人間に、女にでもされましたかな」
厭らしく笑うグレッグに、ティルアは真顔で頷いた。
「そうだ。私はユーゴに誇りを預けたのだ」
それを聞いたグレッグと魔族の集団は、驚きの表情を浮かべた。
誇りを預けたということは、命を共にするということである。
第1魔王航空作戦群の頂点――――魔王軍の屋台骨を支える魔族のティルア・アイブリンガー竜将軍が、自ら人間に降ったと宣言したのだから、驚くのも無理は無い。
グレッグの怒りたるや、想像を絶するものだった。
「貴様ぁっ、魔族の誇りを人間風情に差し出すだと、この売国奴めがっ! 竜将軍の官位を剥奪する! 『貴様』も地獄を味わうがいい!」
「何だと」
ユーゴは背中のティルアを地面に降ろし、身を乗り出してグレッグに近寄った。
グレッグは口を歪め、後方にいる魔族の集団に合図を出した。その中の一人が、縛られた魔族を担いで歩いてくる。
その担がれた魔族が誰であるか、説明されなくてもわかった。
得意げな口調で、グレッグが言う。
「我らに偽の情報を流そうとした、シアン・コルネリウスだ。既に官位は剥奪している。撤退を進言するなど、魔族にこのような臆病者は不要だ。……しかもお前たちのその反応をみるに、人間に通じていたとはな。とんだ裏切り者だ」
シアンが縛られたままの状態で、地面に放り投げられた。相当痛めつけられているのか、地面の上で微かに足掻いただけだった。
縛られた縄が外され、兵士に無理やり頭を掴まれて立たされた。
ティルアが怒りのあまり、半変貌状態になってグレッグを睨み付ける。
「姉上に何をした……返答次第では、お前たちを焼き滅ぼすぞ」
「黙れ、魔族の恥さらしが。そんなにこの裏切り者が大切なら、返してやるわ」
グレッグが顎で示すと、シアンの頭を掴んでいた兵士が彼女を突き飛ばした。
シアンが、まるで倒れこむように前へ出てきた。
ユーゴはシアンを受け止めようとして、両手を差し出した。
二人はぶつかるように、抱きしめ合った。
「お、おい、大丈夫か」
「…………ぁ……ぅ」
心配そうな顔をしたユーゴがシアンの顔を覗きこむが、彼女は力なく口を動かしただけだった。
歯噛みしたユーゴが、自分の左胸を見た。『永劫回帰』が使えないことが、ひどく恨めしかった。
「く、はははっ」
グレッグが笑う。腰の剣を抜くと、走り込んで来た。剣先は迷うことなくシアンの左胸を目指していた。
顔を上げたユーゴが気づいたときには、遅かった。
鋭い刃が、ティルアの背後から差し込まれた。
彼女の《魔玉》が割れる、破滅的な感触が伝わった。
差し込まれた剣はシアンの左胸を突き抜け、ユーゴの右胸を貫いた。溢れ出た血が肺に溜まり、ユーゴは血を吐き出した。
「おのれぇぇぇえっ!」
ティルアが身体を引き摺りながら、前に出た。口を開き、光が洩れ始める。
「ふん。魔族を滅ぼす竜種の裏切り者めが。こいつらも一緒に焼くつもりか」
口を歪めたグレッグが、ユーゴとシアンを串刺しにしたまま剣の向きを変える。盾にするように構えた。
「さあ撃って見せろ、無礼な竜種の死に損ないが!」
ティルアは咄嗟に顔を横へ向けた。誰も居ない場所へ閃光咆を放つと、大地を爆ぜさせた。
「撃てないのか、この臆病者め。魔族の本分すら忘れたか」
グレッグが手を振り上げると、背後に控えていた魔族の軍勢が、戦闘態勢になった。武器を構え、それぞれの姿に完全変貌を遂げようとしていた。
おぞましく蠢く魔物の群れが、一斉に襲い掛かりそうになったときだった。
「……おい」
ユーゴは口から血を流し、シアンを抱きしめたまま言った。
「シアンは、お前たちを救いたかったんだぞ」
少しの動揺を見せながらも、グレッグは手にある剣に力を込めた。
「そんなことなど知るか。どうしてこんな小娘に救われねばならんのだ。我々はこれからエトアリア王国に総攻撃を仕掛け、人間を蹂躙し、打ち滅ぼしてくれる。貴様はここで最初の死体に成り果てろ――――」
「そうかよ。これも魔族、ってことなんだろうな」
彼は誓っていた。
シアンを救う限りにおいて敵を選ぶことはない。
喩えそれが、彼女が救いたかった魔族だったとしても。
「お前を救う理由が無くなった」
ユーゴは右手を前に突き出した。
歩を進める。
シアンの左胸と共に、ユーゴの右胸に深々と剣が刺ささり続けていく。
そしてついには、剣の根元まで到達した。
彼の右手が、グレッグの左胸に届いた。
グレッグは両腕で剣を支えているため、身動きが取れていなかった。
「う、は、あぁ。何をする」
グレッグの左胸に指を掛けたユーゴは、《魔玉》を掴んだ。
剣から手を放したグレッグが、慌てて逃げようとする。しかし、ユーゴの左腕が彼の喉を握りつぶさんばかりに捕まえた。
グレッグの背後に控えていた魔族たちが、足を踏み出そうとした。
そのとき、ティルアが口を開きかけて構えた。
「動くな。私は同胞を討ちたくない」
魔族たちは、同胞という言葉を聞いて、二の足を踏んだように見えた。
「――――そうか」
ユーゴは《魔玉》に触れたことで、確信を得た。
波打つように《魔玉》の高鳴りを感じた。
《魔玉》の使い方が理解できたのだった。
『永劫回帰』が使えなくなったのは、魔王の《魔玉》に溜まっていた活力が空っぽになっただけだ。
またエネルギーを溜めてやれば、力は復活する。
《魔玉》の活力源は、《魔玉》でしかない。
彼の右手が、《魔玉》を力の限りに引き剥がす。
「ぉ―――――――――――っ!」
無言の絶叫が響き渡った。
救いを求めるように手で宙を掻き混ぜ、足を震わせるグレッグだった。しかし、誰も救いに現れることはなかった。
皮膚が裂け、血が滲み溢れ、肉が軋む音をさせながら、それは剥がれた。
血に濡れた《魔玉》があらわになる。
淡く輝くそれは、とても美しかった。
絶命したグレッグの死体が、崩れ落ちた。
ユーゴはシアンの両肩を持ち、引き剥がすようにして剣を抜いた。
そのまま彼女の背中に手を廻し、刺さっている剣を引き抜いた。剣を地面へ放り投げる。
シアンを優しく寝かせると、ユーゴは手の中にある《魔玉》を確かめた。
彼女の遺体の前で屈みこみ、胸の空洞に《魔玉》を嵌め込んだ。
既にシアンの《魔玉》の欠片は、ユーゴの持つ《魔玉》に取り込んである。失っているものなど何も無い。
「シアン、君を救って見せる」
ユーゴはそう呟いて、心を決めた。
グレッグの《魔玉》を活力源にしてシアンの身体の傷を治し、ユーゴの《魔玉》の中にある彼女の魂を元に戻すのだ。
「《魔玉》が魂の結晶というなら、これで足りないものはないはずだ。後は、傷を塞げば――――」
ユーゴは右手をシアンの左胸に乗せると、強く願った。
彼が魔王から《魔玉》を託されたこと。
『永劫回帰』という、誰も傷つけない能力を授かったこと。
それがユーゴに答えを与えた。
――――人を救えることは、幸せであることに他ならない。
最初から、答えはそこにあった。
そして、異変が起こる。
シアンの胸に嵌められた《魔玉》の輝きが増した。傷が、見る間に回復していく。青黒くなっていた肌が、元通りになっていった。
ユーゴが彼女の顔を覗き込むと、シアンが目を開けた。
僅かに頬を綻ばせる。
「……すいません、ユーゴ。説得出来ませんでした」
彼は首を横に振った。
「俺の方こそ、すまない。まさかこんなことになるとは思って無かった」
「いえ――――」
シアンはユーゴの頬を撫で、首元に手をやった。噛み跡が残っていることを知って、微笑んだ。
「また会えて嬉しいです、ユーゴ」
「そうだな」
ユーゴが頷くと、ティルアに肩を叩かれた。
彼がそちらを向くと、魔族の群れが、一斉に跪いていた。それまるで、王に傅くような態度であった。
その中から、鎧を着込んだ兵士が一人、ユーゴの前まで歩いてくる。
顔面に裂傷がある偉丈夫だった。
「もう一度、お目にかかれるとは光栄だ」
「…………」
ユーゴが警戒した様子で鎧の兵士を睨んだ。
「覚えていないか? 魔王様の居室を守っていた近衛兵だ。俺は貴君に切り伏せられたから、よく覚えている」
「生きていたのか」
ユーゴは、その顔をはっきりと思い出した。顔へ短剣を突き刺した感触まで覚えていた。
魔王の居室に侵入する際、聖剣で切り倒した魔族だった。
「《魔玉》が無事だったからな。もしや生かされたのかと思っていたが、本当に偶然だったらしいな」
偉丈夫らしく豪快に笑うと、表情を引き締めて真剣な表情を見せる。
地面に膝をつけて、鎧の兵士は臣下の礼を取った。
「貴君の持つ《魔玉》は、ゼルヴァーレン閣下のものだ。そして、魔王たる証明を我らの前で示した」
「魔王たる証明?」
「魔王軍の頂点を、我らの前で打ち倒したことだ。新しい王は、常に古い王を駆逐せねばならない」
鎧の兵士は、真剣な顔になって言った。
「我らの王になってくれないか」
「それは、魔王になれってことか……」
突然の話に、ユーゴは面食らった。
今まで殺し合おうとしていた魔族たちが、手のひらを返したように態度を変えたからだ。
この意識の落差は、人間だと少し理解に時間が掛かった。
「無論、貴君が『元人間』ということで反発する魔族もいるだろうが、ゼルヴァーレン閣下に勝ったのならば問題は無い。力で捻じ伏せてくれ。それが魔族の流儀だ」
「い、いや、待ってくれ」
「どうした、不満か。魔王は確かに激務だが、我らが補佐する。娯楽も保障しよう。美人の王妃候補もたくさんいるぞ」
「そういう話じゃない」
「なら、何がいけない」
鎧の兵士は、腕組みをして難しい顔をした。
ユーゴが苦笑いを浮かべる。
断りの言葉を言いかけた所で、シアンが割って入ってきた。
鎧の兵士に真顔で言う。
「カール・タワーズ近衛隊長とお見受けいたします。少し、よろしいですか」
「ん? 何かあるのかシアン・コルネリウス」
「ええ、この男には『頼み方』の作法があるのです」
「はあ?」
カール近衛隊長が怪訝な顔をした。
それに構わず、シアンはユーゴに向き直った。
挑戦するような妖艶な微笑を浮かべ、彼女が言った。
「魔族の国を救ってはくれませんか? 私も含めて」
「……そうきたか」
ユーゴは片手を額に当てた。
そう彼女に言われたら断れないだろうな、ということも考えていた。
だがしかし、魔族の王に、人間などがなってもいいものか困惑していた。
そうしていると、ティルアが頬を膨らませながら飛び込んでくる。
「こら。私を忘れて貰っては困るな。取りあえず、竜種の存続をメインに考えて貰おう。まずは子作りだ。なに、優しくしてやるからユーゴは星の数でも数えていればよい。すぐに済む。さあ胤を出せ」
ユーゴは、ズボンを剥がしにかかろうとするティルアを必死で押さえつけた。
よいではないか、と彼女が興奮気味に笑った。
その後頭部を、シアンが叩いた。
「死にそうになったりして生存本能が暴走しているのは理解できますが、時と場所をわきまえなさい」
「そう言われても、姉上。女にも我慢の利かない時があるのだ」
「ユーゴが魔王になってからなら、私も仲間に入れてもらいます」
「了解だ姉上。何でも言ってくれ」
全身を使って『やっほー』と表現しているティルアが、一も二も無く頷くのだった。
「がははははっ、こうなると魔族の女はしつこいですぞ。魔王閣下」
カールが豪快に笑った。
もう既に呼び方が魔王になっていた。
一個大隊の魔族たちが、一斉に笑う。
先ほどまでの血走った眼などなく、一様に『救われた』顔をしていた。
「……どうなっても知らんぞ」
ユーゴの呟きを、その場にいた各々が破顔して受け入れた。
朝日がまた昇る。
木々が目覚め、小鳥が飛び交う。
――――こうして、新しい魔王が誕生したのだった。
お疲れ様でした。
読んでいただいて、ありがとうございました。
初っ端から悲惨なことばかり続く話なので、多分、途中で見放されるんではなかろうか、と不安に思っておりました。
最後まで読んでくれた人、ありがとう!
で、ここからの続きは、今のところ、まだありません。
今作は投稿用に作ったもので、二、三回落選を繰り返し、放置をしておりました。
完成品だったので日刊『勇者辞めました』が可能になったのです。
本当はもっと遅筆です。
まあそれはともかく、今後の予定は未定です。
続編とか未来の話とか、考えればネタはあるのですが、仕事が多忙なもので、書く時間がありません。
短編やら、他の落選作を投稿するかもしれません。
でもとりあえず、ここで一区切りです。
自分のわがままに付き合っていただき、ありがとうございました。