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勇者辞めました  作者: 比呂
13/18

作戦会議


 フールア村には、すぐに辿り着いた。


 ユーゴは村の前で立ち止まり、無感動な顔で村のすべてを眺めていた。

 村の周囲には、色々な野菜が植えられた畑や、葡萄を含む果樹園があった。

 低い柵で囲まれた中には、決して立派とは言えない造りの家々が並び、夕餉の支度でもしているのか、細長い煙が立ち上っていた。


「懐かしくは、あるんだよなぁ」


 郷愁と怒りが混ざり合い、ユーゴは何とも言えない複雑な気持ちを抱えた。


 すると、シアンが勝手に歩を進めて、村の中に入っていってしまった。


「あ……おい」


 驚いたユーゴは、急いでシアンを追いかけた。

 人間の村に魔族が入っていって、良いことが起こるはずは無いのだ。

 むしろ、逆のことが起こるに違いない。


 だが、彼女はそんなことを歯牙にもかけず、村に侵入した。

 そして、大声で叫ぶ。


「私は魔王軍参謀副長、シアン・コルネリウスです! 死にたくなければ、この村から出て行ってください!」


 迫力のある声に、家々から村人たちが姿を現した。手に農具を持っている者もいた。

 村人たちはシアンを見つけ、戦々恐々としながらも近づいた。彼女が一人であることを知ると、さらに村人の数が増え、取り囲み始めた。

 その中で、シアンは攻撃的な顔を見せた。


「魔族を嘗めないでください。その程度で私を殺せると思われるのは、心外です」


 彼女の髪が逆立った。皮膚が蠢き、薄っすらと鱗が現れ始めた。

 それは次第に色を濃くし、頑強な褐色の鎧となる。尾骶骨からは、同色の尾が垂れていた。


 瞳孔が縦に細くなり、瞳の氷青が輝きを増す。

 魔族が魔族たる由縁。

 その最たる能力だった。


 半人半蜥蜴と呼べるような格好になったシアンは、高く拳を振り上げ、地面に思い切り叩きつけた。


 村全体に地震のような衝撃が走る。

 家が揺れ、大地がひび割れた。

 村人たちは恐怖に顔を引きつらせ、逃げ惑った。


 その中で一人だけ、腰を抜かしたベニタが座り込んでいた。逃げようとしているが、身体を上手く動かせずに、慌てているだけだった。

 シアンが近づいて、ベニタの襟首を掴んだ。片手で軽々と持ち上げる。


「良かったですね。いまの私なら、痛みを感じさせる前にあなたを殺せます」

「ひ、ひいぃぃぃぃっ」


 口元だけを笑わせたシアンは、ベニタの襟首を持っていない方の手を振りかぶった。筋肉が引き絞られて、砲弾のような威力を秘めた拳が放たれそうなときだった。

 彼女の手に、ユーゴの手が触れた。


「止めてくれ」

「ひ、ひぁっ」


 ベニタは、止めに入ったユーゴを見るなり、怯えた顔で震え出した。シアンとユーゴの顔を見比べて、二人が親しそうなことに気付いたのだろう。

 何かを諦めたように口を開く。


「殺すのだけは、勘弁しておくれよ……、悪かったさ。こんな貧しい村でやっていくには、それしか方法がなかったんだよ」

「は? 何を言って」


 ユーゴの言葉さえ耳に届いておらず、ベニタが矢継ぎ早に喋り続けた。


「そりゃあ悪いと思ったさ、だけどねぇ、仕方なかったんだよ。ウッドゲイトさん達は年寄りだし、金も使わないじゃないか。だから、あんたの仕送りを使い込んじまったんだ。で、でもさ、ウッドゲイトさんたちも気づいていたんだと思うよ。許してくれてたんだよ、そうだ、そうに違い無いさ……」

「――――だ、そうですが?」


 拳を振りかぶったままのシアンが、視線だけをユーゴに向けた。


「ああ」


 ユーゴは、実家がやけにみすぼらしかった理由を知った。仕送りが老夫婦に届く前に、横取りされていたのだ。

 あまり文字の読み書きが得意ではない老夫婦は、宅配物のすべてを隣家のベニタに任せていたのだろう。

 こんな貧しい村で、ユーゴの仕送りは破格の大金だった。それにベニタの心が揺らいだとしても不思議ではなかった。


「放してやってくれ」

「いいのですか。相応の報いは必要だと思いますが」


 鋭利な視線をするシアンの言葉には、どこか棘があった。

 いままでユーゴに起こったことすべてを聞いていた彼女は、自分でもわからない程の怒りを感じていたのだった。

 ユーゴは仕方なさそうに笑った。


「シアンは血まみれの格好で作戦を話し合いたいのか?」

「別に、私は構いませんけれど」

「……最初にベニタさんと会ったとき、彼女は俺に『村から出ろ』と言ったんだ。多分、自分の悪事が見つかるからって理由なんだろうけど、それでも、一度は俺を見逃したんだ。だから、俺も一度は見逃す。次は無いと約束する。魔族にも恩義はあるんだろ?」

「そうですか」


 そっけない返事をした彼女は、手を放した。

 開放されたベニタは地面に足をつけるなり、半狂乱になって走り去った。

 逃げるベニタを見送った後で、ユーゴは腕まくりをした。実家に向かって歩き出す。


「何処へ行くのです」

「家だよ」


 黙ったまま、シアンもそれに続いた。

 二人は、実家の前に立った。


「ちょっと待っててくれ。埋葬してくる」

「手伝いましょうか」

「ありがたいけど、遠慮しとく。人間の死体なんて触りたくないだろ」


 彼女は溜息をついて、手を腰に当てた。


「……はぁ。では、言い方を変えます。手伝いますから、指示をください」

「何でそこまでしてくれるんだ」


 不思議に思うユーゴだった。

 彼自身が誰かを救うのは何とも思わないが、シアンがユーゴを助ける理由がわからなかった。特別な理由も思い当たらない。

 シアンが肩を竦め、仕方無さそうに言った。


「言葉は悪いのですが、あなたの両親の死は、私と出会うきっかけになったのでしょう? 彼らが死んでいなければ、私は救われなかったかもしれないのです。これくらいのことは、させてください。これも恩義です」


 そこまで言われれば、ユーゴも納得するしかなかった。


「そうか。うん、それじゃあ手伝ってくれ」


 彼は扉を開いて、家の中に入った。逃げ出したときとまったく変わっていなかった。テーブルを一瞥してから、寝室に向かう。

 天井の梁からぶら下がっている育ての親に、頭を下げた。


「逃げてごめん。埋葬するから、ちょっと我慢してくれ」


 そう言ってから、背後にいるシアンに短剣を渡した。


「俺が遺体を支えてるから、首を吊ってる縄を切ってくれないか」

「わかりました」


 まず先に、ユーゴはアラベラの死体にしがみつくようにして支えた。シアンが縄をきると、彼は抱きかかえるようにして死体を床に降ろした。

 ユースの遺体も同様に床へ降ろし、アラベラの隣に並べる。


「……出来れば、生きてる時に会いたかったんだけどなぁ」

「やっぱり皆殺しにしますか?」

「あっちがその気なら、そうする。でも、もう面倒だよ」


 二人の遺体をベッドのシーツで包み、家の裏庭へ運んだ。村人が逃げ出すときに放り投げたスコップを拾ってきて、裏庭を掘った。


 二人分の穴を掘り終えると、静かに遺体を埋葬した。その横に木の板を立てて、誰がここに眠っているのかを示した。

 短い黙祷を捧げたユーゴは、同じく黙祷を捧げているシアンに言った。


「さて。家に戻って、作戦でも考えようか」

「もういいのですか?」

「長く祈っても人は生き返らない。死ねば土に還るだけだ。そういう意味じゃ、葬送ってのは、生きてる人間のためにあるようなもんだ。俺はけじめがつけられたから、これでいい」


 少し怒ったような様子で、シアンが言った。


「土に還る、ですか。では、死は無意味ということですか?」

「死んだ者にとってはな。生きている者には、何らかの意味はあるさ。……泣き喚いて逃げ出した俺に、何を言わせたいんだ」


 彼女は納得するように頷いた。


「ああ、そう言えばそうでしたね」

「恥ずかしいから、あまり言いふらさないでくれよ」

「努力します」


 短く笑ったユーゴは、彼女を連れて家の中に入った。

 既に日は落ちており、部屋は薄暗くなっている。


 ユーゴは背後を振り返って足元を注意するように言おうとしたが、シアンは平気そうな顔をしていた。

 二人はテーブルの所まで行き、椅子に座った。


「俺は夜目が利くんだけど、シアンは大丈夫か」

「はい。私は平気です」


 薄暗い闇の中で、彼女の瞳だけが光っていた。平気というよりは、むしろ得意と考えて良さそうだった。


「じゃあ、明かりはつけない」


 椅子の背もたれに体重をかけたユーゴが、世間話でもするように問いかけた。


「言いたくなければ答えなくていいが、いくつか聞きたいことがある」

「何でしょう」

「ファルクラン陣地には、大隊規模――およそ700人の兵士がいる。正面から戦って勝てる相手じゃない。だから、行動は限られる。隠密作戦で行こうと思うが、問題無いか」

「ええ、それは賛成です」

「よかった。じゃ、目的を確認する。俺たちの勝利条件は、竜将軍を救出して脱出することでいいな」

「はい。……では、敗北条件とは?」

「俺たちの全滅だ。最悪の場合、竜将軍が殺されている可能性もある。だが、俺たちが生きていれば、まだ次はあるからな」

「そうですね……」

「うん。ところで、シアンの特技と弱点を教えて欲しい。俺が知ってるのは、君が蜥蜴種(リザード)で、力が強くて、夜目が利くってことだ。魔族は《魔玉》が弱いことも知ってる」


 シアンは右斜め上を見るようにして、んん、と唸った。


「蜥蜴種の特徴ですが、完全変貌(トランス)すると竜種に次ぐ硬鱗で身を守れます。鱗表面を変色させて、ある程度の擬態も可能です。天井に張り付くことも出来ます」

「ふぅん。完全変貌か……弱点は?」


 ユーゴは自分の記憶を探っていた。

 魔族との戦いは、如何にして魔族を完全変貌させずに戦うかが基本である。手に負えなくなる前に殺してしまうのが鉄則だった。


 それでも過去に数回、完全変貌した魔族と戦ったことはあるが、そのどれもが楽な戦いではなかった。


「消耗が激しいですね。長時間の完全変貌は、《魔玉》に大きな負担をかけます。戦闘後には、変貌時間の三倍の休憩が必要になります。私では、二時間が限界です。それを超えると、気を失います」

「そいつは危険だな。……そういえば、竜種の完全変貌って、あの空を飛んでる大きな姿だよな」

「はい」

「なるほど。それで竜種は、戦闘空域に長いこと居座ることがなかったのか。航続距離が伸びないのも、そのためだったんだな……ん?」


 ユーゴが我に返ると、シアンが半目で睨んでいた。


「すまん、職業病だ。間違っても口外しないよ」

「そうしてください」

「あ、もう一つ質問。魔王って、何に完全変貌するんだ?」

「はあ……それが、私も見たことはありません。側近の方なら知っているかもしれませんけれど」

「戦っていたこともないのか」

「戦っておられることはありましたよ。魔族の本能に従って、魔王閣下に挑戦する兵士もいました」

「へえ」

「魔王閣下は半変貌(ハーフ・トランス)すら見せずに、『黒杖』一本で挑戦者を薙ぎ倒していました。私が挑戦しても、秒殺だったと思います」

「そっか。この《魔玉》の正体は、結局わからないのか」

「……ユーゴは例外中の例外です。生きていられるだけで、ありがたいと思っていてください」

「そうだな。話を戻すけど、シアンの半変貌の持続時間は?」

「疲れはしますが、睡眠時間以外はこのままでいられます。もちろん、完全変貌と違って鱗は薄いですし、擬態の程度も激減します。これは、実際に見てもらった方が早いと思いますが」


 シアンはそう言って、軍服の袖を捲くって見せた。そこには、人間の女性と変わりない細さの腕に、確かに鱗が生えていた。その茶褐色をしていた鱗が、次第に色を濃くし、闇に紛れた。

 ユーゴは感嘆の息を漏らした。


「うわ、凄いな。薄暗くてもこれなら、歩哨の視界前方三メートルまでなら近寄れるぞ。流石に偵察小隊だよ。俺なら蜥蜴種で、暗殺に特化した特殊部隊を編成するけどなぁ」

「そういう案も検討されましたが、魔族の気風には合わないということで中止されました。誇り高く戦うのが魔族の理想ですし、そもそも、人間を過小評価しているところがありました。それ以来、暗殺などの戦術は研究されていません。技術的には、人間に大きく遅れを取っている分野だと言わざるを得ません」

「わかった。なら、簡易的な潜入技術を後で教えるよ」

「お願いします」

「後は、ファルクラン陣地の配置だな。対魔王軍の第二次防御線だけど、エトアリア王国側から侵入するのは比較的楽だ。背後は警戒も薄くなってる。問題は侵入してからだ」


 椅子から立ち上がったユーゴは、寝室から紙と羽ペンを持ってきた。テーブルの上に紙を敷き、陣地の図解を描き始めた。


「ファルクラン陣地を指揮しているのは、オルフォフ中佐だ。防戦が得意な反面、突発的なことに弱い人だった。陣容をおよその数で説明すると、騎兵が100人。歩兵が200人で、砲兵が200人。輜重隊が200人だな。それと、砲兵には魔玉誘導式バリスタが配備されてる。……これは、竜将軍に協力してもらえば叩けそうだ。二次目標にしよう」


 詳細とまではいかないが、陣地の全貌を把握できる程度の図解が完成した。所々に、部隊の名前が書き加えられている。


「問題は竜将軍が何処に捕らえられているかだが……俺なら、陣地後方にある本隊指揮所の近くに置く。大事な人質は手元に置きたいものだし、いつでも王国側に送り出せる準備が必要だ」

「それは希望的観測ではないですか」

「うん。それもある。だから最初に偵察をするか、誰か一人捕まえて吐かせよう。竜将軍を捕らえたんだから、知らない奴はいないだろ」

「そうですね」

「よし、決まった。それじゃ、手信号から覚えてもらおうか」


 シアンは黙って頷く。


 家の外は、完全に暗くなっていた。人が寝静まる時刻には、暫しの時間を必要とした。

 竜将軍を奪還するために、二人は時間が来るまで出来る限りの手を尽くした。


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