魚に食べられる系の話
あなたは気づけば首から下が水に浸かっている状態だった。川の浅瀬のような場所で仰向けになっている。
冷たさはあまり感じない。日があたってぬるくなったような心地よさだ。
ふと、近くから声が聞こえた。
「なあなあ、お前どこから来たんだ?」
いつの間にかあなたの周囲を取り囲んでいた小さな子どもたちが問いかける。
それもただの子供ではない。体表が部分部分、ウロコで覆われている。魚のような半透明のウロコだ。
問いかけに対して答えられないあなたを見て、彼らのうち一人が歩み寄ってくる。
先ほどあなたに話しかけた子供だ。
「わからないのか? …ふーん。まあ珍しくもないけどな。ここに迷い込んでくるのはたいていそうだ。」
おそらくリーダー格なのだろう、その髪の長い子はジロジロとあなたの全身を物色し始める。
「ふんふん。見た目はまあまあ、肉はそこそこってところか。上物とはいかないが、十分イケるな。」
やがて何かの結論を出したのだろう。その子はあなたの顔に顔を近づけ、あなたの目を覗きこみながら語りかけてくる。
「なあ、あんた。なんとなくわかると思うけど、ここはワレワレの縄張りなんだ。」
その子の透き通るような青い眼が、あなたの眼を真っ直ぐに見る。
「本当なら縄張りを侵した奴はタダじゃおかない。」
彼女が語りかけるたび、吐息が顔を撫でていく。肩を両手でしっかり掴まれているため下がることもできない。
「でもお前は別に喧嘩を売りに来たわけじゃなくて、迷い込んだだけなんだろう?」
ほんの少しだけ、唇を釣り上げる。きっと微笑んでいるのだろう。唇の橋からは尖った歯がチラつく。
人のものとは違う歯が。
「だったらちょっと手加減してやる。お前の体、少し食うだけで許してやるよ」
そう言うと、その子はあなたの首筋に唇を近づけ、八重歯で噛み付いてきた。
あなたは鋭い痛みに備えるが、その痛みはやって来なかった。首から伝わってくる感触は確かに歯が触れているものだ。だが突き刺さる暴力は感じない。
甘噛みされているのだ。
「ふぇふぇ、ほろろいたか(驚いたか)?」
噛みつきながら語りかける。
「ふう、齧り取られると思ってビビってただろ?ふふふ。」
首筋から離れ、あなたの目の前でニヤリと笑う。イタズラが成功した満足感の笑みだ。
「エグい真似はしないよ。それにそんなことしたら後片付けが大変だしな。」
ポンポンと、彼女はあなたの肩を叩いた。
「でもまあお前の一部を食べちまうってのは本当だとも」
その子はあなたの首筋に手を這わせ、胸、脇、背中と滑らせていく。
仰向けになっているあなたに覆いかぶさるような姿勢でその子は続けた。
「頂くのはおまえの表面の部分だ。古い皮膚。ワレワレはそれが好きなんだよ」
太ももを撫でながら、その子の口の端にはよだれが垂れている。
「お前のはまーまー良さそうだ。全身残らずもらうぞ。足のつま先から耳の中まで全部だ」
あなたの耳に指が触れる。耳たぶをタプタプさせて、耳の形をなぞるように指を這わせる。そして、耳栓をするような形で耳の穴に指を充てる。
リーダーがあなたを吟味しているのを見て、周りの子供達が(本当に子供なのかは分からないが)次々に声を上げる。
「ねーねー早く食べようよ」
「もう我慢出来ないよ」
「…足の指の間は私が貰う」
「たべたいーたべたいー」
リーダーはため息をついて振り返り、彼らの求めに応じる。
「しょーがないなー。焦らしたほうが美味しいんだけど、もういっか。それじゃいただこうか」
あなたと鼻が触れ合いそうな距離までぐっと顔を近づけてきた。
くんくんと軽く匂いを嗅いでくる。
「私が一番好きなの、どこかわかるか?」
顔に吐息をかけながら、リーダーが問いかける。
「顔もいいけど、」
リーダーの舌先があなたの鼻の頭に触れた。鼻筋をなぞるようになめあげていく。だが、すぐに舌を鼻から離し、リーダーの顔があなたの視界の下端へ移動した。
「でもやっぱりこっちだな」
リーダーは再び首筋に噛み付いた。あなたの首に温かい吐息がかかる。歯が触れ、表面の皮膚を軽くなぶる。古い表皮を擦り落とし、それを細く長い舌がなめ取っていく。
こぼれ落ちた唾液が滴り落ちていく。
首筋を上から下へ、滴る唾液を伝うようにその子は、徐々に位置を変えながら表皮を舐め取っていった。
背筋がゾクゾクするような感覚に気をとられていると、不意に手の指先に温かいものが触れた。
リーダーの後ろにいた子たちが、いつの間にかあなたのすぐ側まで近づいていた。
指先の温かい感覚の正体は、そのうちの一人があなたの手の指先をしゃぶり始めたものだ。
指先に歯の固い感触と、暖かく柔らかい舌の感触を感じる。
「いい感じー、いい感じー」
あなたの指先を根本まで加え吸い付きながら口を離す。
「おやつーおやつー♪」
棒アイスでも舐めるように、あなたの指を一本一本吸い付いていく。
すると別の子が顔を近づけてくる。
「手のひらは私のだからね!」
そういうや否や、舌を伸ばし、あなたの掌のあたりに触れる。
細長い舌が手のひらを走り、くすぐったい。
「ここくすぐったいでしょ?ここ舐められるなんてめったにないから弱いのよ」
そう言いながら、その子は円を描くようにくぼみを舐めまわしていく。
くすぐったさから身じろぎしようとしたが、あなたの全身は子どもたちにまとわりつかれ動けない。
鱗のぬるぬるした感覚があなたの両腕両足や腰を掴んで離さない。
リーダーの「食事」はすでに首からだんだん肩へと移っていった。
肩甲骨と鎖骨の間の僧帽筋にリーダーがしゃぶしゃぶとふやかすように噛み付く。
奇妙な感覚があなたの神経を伝わっていく。
まるで筋肉が強制的に弛緩させられるような、そんな錯覚を覚える。
力を入れようにもしびれてしまったようにあなたの肩は動かない。
「ふっふっふー。逃げ出そうとしても無駄だからな。ワレワレが食べている間、おまえは動けなくなるんだ。」
「もがいても無駄だぞ。おまえの全身、とろけちゃってるからな。ワレワレに食べられるのは気持ちいいだろ?」
先ほどからしゃぶられ、舐め回されている手も全く動かない。
足の方も先ほどからしゃぶりつかれて、しびれている。
足にまとわりつき、水から持ち上げながらしゃぶりついているのは一際小さな子だ。
「…動いちゃダメ」
足の指の間に舌を這わせている小さな子があなたの目を上目遣いに見ながらつぶやく。
「…ちゃんと全部もらうから…それまで動いちゃダメ」
皮膚のほんの一片も逃すまいと、その子はゆっくりと舌を這わせていく。
指の隙間をじっくりと何度も舐めとっていく。
時折、足の指を口に含み、歯で指先を、そして第一関節を圧迫していく。
「…こうすると古い皮が剥がれやすくなる。」
そしてまた指の間を舐め撮り始める。
「…あとで踵ももらう…」
「ふくらはぎやわらかーい」
「ももふとーい」
元気そうな瓜二つの子が、小さな子とは別の足を持ち上げ、「食事」をしている。
片方の子は痛みを感じない程度の強さでふくらはぎに噛み付く。
もう片方の子は太ももを舌から上に舐め上げていく。
不思議なことにふくらはぎを噛まれると、だんだん足の疲れが消えていく。
足の筋肉が一本一本糸を解きほぐすように柔らかくなっていく。
「ねーねー、足食べられるの気持ちいー?」
「ねーねー、こっちもいーでしょ?」
太ももをなめていた子が内ももを舐め上げていく。舐めあげるのに合わせ、一緒に滞っていた血液も流れるようだ。
「私達に食べられるのって気持ちいーらしーよ?」
「あなたも気持ちいーでしょ?」
あなたの足が水の中にも関わらず、だんだん暖かくなっていく。
「もう逃げる気力も湧かないだろ?」
肩から胸へ、「食事」の場所を写していたリーダーが笑う。
「まあされるがままにしとけよ。別に悪いことにはなんねーからさ。」
舐め取り、吸い付きあなたの胸の表皮の一番上の層を食べていく。
「ワレワレに食べられた後って、だいたいのやつが元気になるんだ。」
「それでねー、それでねー」
指先を吸っていた子がリーダーに続く。
「ときどきー、また来るんだー」
「そうよ、私達のことが忘れられないのね」
手のひらを舐め終え、手首に移った子が話す。
細長い舌が関節を濡らし、しびれさせていく。
「あなたはどうなるかしら」
「…絶対来る」
踵の角質をかじりながら小柄な子があなたの目をみる。
硬くなった層が削り取られ、柔らかい部分を舌が撫でていく。
「…そういうタイプ」
「やっぱ食べられるの気持ちいいんだー」
「さっきから完全に力ぬけちゃってるもんねー」
瓜二つの子は、ももとふくらはぎではなく、更に登り、お腹を舐めていた。
左右から腹筋の脇をなぞるようにツーッと舐め上げていく。
こそばゆさに腹筋が自然に反応し収縮するが、舐め登ったあとは腹筋から力が抜ける。
それを何度も繰り返すうちにどんどん力が抜けていく。
「お腹もとろけちゃってるよー?」
「もっともっととろけさせてほしー?」
肩が、足が、お腹が、しびれ、力がはいらない。
指一つ動かせなくなっている。
「良い顔してんじゃんか。もうこれ異常は力抜けませんよーみたいな表情」
鎖骨を一舐め、喉を一舐めし、意地悪そうにあなたの目の前でリーダーがニヤつく。
「でもまだもらうぞ。みんな、ひっくり返せ」
仰向けの姿勢になっていたあなたを子どもたちはうつ伏せの姿勢にひっくり返す。
頭は水から出し、呼吸ができるようにしてくれた。
無防備な背中をさらけ出したあなたにリーダーは
「それじゃ二回戦と行こうか」
と囁く。
膝裏が舐め回される。暖かく柔らかいものが這いまわり、かき混ぜていく。
這いまわっているのが一つなのか二つなのか、もはやそれもわからない。
時々、キスをするように吸い付かれる。そのたびに体の奥底から力が吸われているような感じになる。
体の力がぬけるにつれてリラックスしていく。
肘、腰にもキスをされ、動かせる関節は一つもない。
噛み付かれ、舐め回されている首はもはや自分のものとは思えないほどにゆるゆるになっている。
脇腹を這う舌にかろうじて体が反応するが、もはやこそばゆさは消えつつあり気持ちよさのみが残っている。
肩甲骨を触っているのは指だ。肩甲骨を上下左右に動かし、伸ばしたところに吸い付く。
背骨周りが人気らしく、幾つもの口に吸い付かれる感触があなたを襲っている。
二の腕はしゃぶりつかれて唾液で濡れている。しゃぶしゃぶと食いつく口はなかなか離してくれない。
「首は私のだかんな。もらうぞ」
リーダーの声が耳元で聞こえ、直後に後ろ首に歯の当たる感覚がした。
猫が子猫を咥えるように噛み付かれている。
噛み付いた口の中で舌が動きまわり、くぼんだ部分をなぞっていく。
くぼみの左右の筋肉を圧迫するように顎を閉じ、しばらくすると開けた。
まるで首を揉まれているような感覚だ。
「ねーねー、一番気持ちいいとこおしえてあげよーかー?」
「みんなここを食べられるとへなへなになっちゃうんだよ?」
囁き声で、あなたの両耳の側に顔を近づけている子がいる。
息が耳にかかる距離だ。喋るたびに暖かい空気が耳の穴の中へ入ってくる。
「もうへなへなになっちゃってるけどー」
「もーっとへなへなにしてあげる」
「「せーのっ!」」
あなたの両耳に舌が突っ込まれた。
耳の穴が塞がれ、舌と耳が触れ合う音が頭を満たす。
今までの「食事」とは全然違う、直接体の中を舐められるような、舌。
今まで全身をなぶってきた細長い舌が、耳の穴の中を満たし、動く。
穴はもちろん、耳も口の中だ。生暖かい温度が耳全体を包み込んでいる。
耳の穴から舌が外れ、耳たぶを舐める。舌の代わりに耳を満たすのは二人の吐息だ。
耳の形に沿って舌は動き、また穴に戻ってくる。
耳がしびれ、脳までしびれてくる。
もう体の感覚がない。とろけきってしまった。
「ふーん、そろそろ限界か。長く保ったほうかな」
耳を舐める音に紛れ、遠くからリーダーの声が響く。
「もうほとんどきこえちゃいないかもしれないけどさ、このへんで許してやるよ」
あなたの意識は水の底に沈んだように、ぼんやりとしている。
「十分食べさせてもらったしな。二人が満足したら元の場所に返してやる。」
「…気づいてないかもしれないけど、ここに連れてきたのはワレワレだよ」
頬に手の感触。
「たまにこうして食べてるんだ。騙して悪かったな。でもお前だって悪くない気持ちだったろ?」
「…また来たいなぁ、なんて思ったりしてるんじゃないか?いいぜ、いつでも」
「お前をたべてやるよ。とろけさせてやる」
頬から手が離れる。
「とりあえず今日はおしまい。楽しい時間も終わりだ。そのまま眠ったらいい」
頬に温かい感触。
「おやすみ」