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太陽の化シン  作者: 直弥
第五章「花火」
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その2

 四十万一路と仰野陽介、ターニャの戦いから、十九時間と少し後。

 八月十三日、午後七時二十八分。

「ほら、早くしろよ。始まっちまうぞ」

「ちょっと待ってくれってば。蚊取り線香は必須だろ」

 ブタの形をした容れ物に蚊取り線香を引っ掛け、ようやく準備を整えた陽介が、それを持って縁側に出る。そこで待っていたのは、髪型以外は夏祭りの時と同じ格好のカチューシャ。買ってきたばかりの浴衣に袖を通した由孝とターニャ。そして、普段通りの格好をした幸人。

 ターニャが着ているのは、カチューシャと店員が選んだ物。実際に売り場へ彼女を連れて行って、カチューシャが勧めたところ、刹那の迷いもなく同意したのだ。由孝は自前の物が幾つもあったが、どうせなら、ということで、陽介が新しい浴衣をプレゼントした。一応、彼なりに詫びの意味も込めていたのだが、それを口に出すとまた叱られそうだと思い、陽介は何も言わなかった。由孝が自分で選んだ浴衣は、紺色の生地に打ち上げ花火の柄があしらわれた物であった。

 浴衣姿の人外女性陣三人に、普段着の人間男性が二人。その全員が団扇を手にしている。

 五人は、北条屋敷の縁側に座って空を眺めていた。

「いやはや、俺も招待してくれるなんて嬉しいね」

「呼ばないわけにはいかないですよ」

 真壁幸人は〝旅行〟を終え、この日の朝、日本に到着していた。

 緊急用の結界、影武者の式神『本命』の用意。そして後始末と、更には陽介の怪我をほぼ完治に近い状態で治した幸人は、陰の功労者にして最大の立役者でもあった。

「こうして花火を見られるのも、幸人さんのお蔭ですね」

 陽介と幸人に挟まれて座る由孝が、親友の言葉を代弁する。

 城で見つかった……というより、陽介がわざと置き去りにした斧の件は、後腐れのないように処理された。幸人の手によって。表向きには事件が解決したわけである。かといって、夏祭りを今更再開するというのも無理な話で、ならばせめてと、花火だけでもやることにしようという話が委員会でまとまったのだ。本来ならば祭りの最終日である今日上げるはずだった花火を、日付だけは予定通りに。

「幸人さんだけじゃなくて、皆のお蔭、ですよ。ターニャと陽介があの男の人を倒してくれたから。幸人さんが斧の件を処理して『花火だけでもやって欲しい』って、お願いしてくれたから。私は……あれ? 私って何かしましたっけ? 邪魔以外で」

「気にすんな。アタシも何もしてないから」

「いやいや、二人はこうして、ここにいるだけ十分さ。花火に負けず劣らずの綺麗どころだからねえ」

「あら。それじゃあ、私は違うのかしら?」

「はっはっは……。これは参ったな」

 ターニャの意地悪に、幸人が狼狽する。『慣れない気障な台詞を吐くからですよ。奥さんにばれたら怒られますよ?』と、陽介が警告した直後、花火の上がる音がし始めた。

「わぁ、始まりましたね。すっごく綺麗です……。いつか、トーシャとも一緒に見たいな」うっとりとした目で、光輝く夜空を見つめるカチューシャ。彼女は、かつて好きだった、そして今もその気持ちが蘇りつつある男の子に想いを馳せ、そんなことを言った。「ねえ、トーシャに会いに行く時は、ターニャも一緒についてきてくれる?」

「ダメよ。カチューシャはもう子どもじゃないでしょ? 本当に会いたいんなら、一人で会いに行きなさい。それに、私はちょっと用事があって、カチューシャと一緒には帰れないの」

「えー」

 カチューシャが不満そうに口を膨らませた。

 彼女は明日、故郷に向けて旅立つことが決定していた。今回の事件に責任を感じた統邦教会が、彼女の居住先を無料で斡旋したのである。というよりも、幸人が統邦教会側に圧力を掛けたというのが、より正しい真実なのだが。本来責任を負うべきなのは聖邦教会なのだが、彼らは基本的に〝裏〟と関わりを持たないのだから致し方ないことである。

「でも幸人さん、いいんですか? カチューシャたちとトーシャくんが会うのは、ちょっとばかり不味いんじゃ……」

「ああ、その点は問題ない。どうやらトーシャくんも〝裏〟の住人だったみたいでね。そもそも彼を聖邦教会(セイキョー)側のマクシム教会から引き取ったのは、統邦教会(トーキョー)のバルバーラ教会だったんだよ」

「あれ、じゃあトーシャくんを引き取った理由も」

「もちろん、〝裏〟関係さ。君がターニャくんから聞いたことは全部、教会のでっち上げ。間違いないよ。トーシャくん本人にも確認済みだ」

「あれ? いま、さらりと何か凄いこと言いませんでした? 俺の耳には『トーシャくん本人にも確認済みだ』って聞こえたんですけど」

「ああ、まさしくそう言ったからね。トーシャくんの身柄は、今朝からナインズの保護下になったんだ。彼を無償でこき使いまくっていた聖バルバーラの教会から、強引に引き取ってやったのさ。結果的に今回の事件も、彼を解放するための、いい交渉材料になったよ」

「……相変わらず抜け目ないですね……。で、そのこと、カチューシャは?」

「もう知ってるよ。昼間、君が自分の部屋へ戻っている間に話したから。だから彼女、あんなに息巻いてるんじゃないか。会おうとさえすれば、会えるのは確実なんだから」

「なるほど」

 完全に納得した陽介は、視線を空へと戻した。一方、幸人は陽介にばれないよう、ターニャの方を向く。気付いたターニャは無言で頷いた。

この日、幸人とターニャが二人っきりになる時間が、たった十分だけだが存在した。そこでターニャが幸人に告げられたことは以下の通り。

 ほぼ脅迫に近い形でトーシャを手放すことになった聖バルバーラ教会が唯一ナインズ側に突きつけた条件は、〝聖マクシム教会元関係者連続殺人犯〟の身柄を引き渡すことであった。元々、今回の幸人の〝旅行〟も、その犯人を探すのが目的だったのだ。そして、ちょうど陽介がグリゴリーと戦っている頃、幸人はその犯人が二人いることと、その二人が誰であるかという真相に辿り着いていた。別個に存在した二人の犯人の内、一人が死亡してしまっている今、もう一人の犯人を教会に突き出さない限り、トーシャは解放されない。


   ◇


「それにしても、君をそこまで駆り立てたものは一体何だったんだ? 教会側がグリゴリーたちに騙されていただけ、ってことは知ってたんだろ? まあ、それでも教会に落ち度がまったくなかったわけじゃないだろうけど。殺すほどのことだったのかい?」

「そうね。私だって、あの山で誰も死んでいなければ――そう、たとえ吸血鬼にされていたとしても再会の可能性があるのなら。あんな真似はしなかったでしょうね」

「もしかして、〝唯一死体で発見されたっていう少年〟と君は……」

 幸人の質問に、ターニャは表情だけで肯定の意を示した。そして新たに言葉を紡ぐ。

「カチューシャには悪いけど、私は永遠にグリゴリーのことを許せない。ねえ、私とカチューシャは一体何が違ったというのかしら。あの子と私の結末の迎え方、あまりにも対照的じゃない。父さんといい、私といい……愛する相手を不幸に巻き込む一族だとでもいうの? 神様って不平等なのね」

「神は残酷で冷酷かもしれないけど、それ以上に平等だよ。だから、ここ一ヶ月におけるカチューシャの軌跡を敢えて〝幸運〟と呼ぶのであれば、カチューシャが前世で理不尽な目にあって、今更その埋め合わせがなされてるってとこじゃないのかな」

 もっとも、親友であるところの君がこんなことになっちゃ、完全なハッピーエンドとは行かないけれど。と、とってつけたような慰めを吐いた幸人を嘲笑し、ターニャはこう言った。

「理不尽な目ねえ……。それって、たとえば『単に夜留という理由だけで、父親の留守中に母娘ともども惨殺された』とかかしら」


   ◇


「うん。やっぱり夜はいいもんだ」

 ターニャの事情を知らない陽介は、空の花火と由孝の着物の柄を交互に眺めながら、そう呟いた。

「さて皆、準備はいいかい?」

「え、本当に言うんですか?」

「いいじゃないですか、折角なんですから」

「そうね、私もいいと思うわ」

「アタシも賛成。たまにはいいじゃん」

「皆がいいんなら、俺も別にいいけど……」

「じゃあ行くよ。せー、の」

「「「「「たーまやー」」」」」

 五つの声が重なって、夏の夜空に響いた。


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