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太陽の化シン  作者: 直弥
第三章「因果応報と自業自得」
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その7

「グリゴリー……」

「……うぐっ! くっ」

 自分の腹を貫通した枝を、グリゴリーはそのまま一気に引き抜いた。当然、血液がシャワーのように吹き出し、飛び散る。生温かいその赤い液体は、本人だけでなく、陽介やカチューシャにも降り注いだ。

 吸血樹の攻撃は、既に止まっていた。

「ハァッ……、ハァッ。二度も……娘の死に様を……見たくはないですからね……」

「グリゴリー……」

「グ、グリーシャ君……」

 茫然と立ち尽くすカチューシャの方を振り返りながら、グリゴリーは倒れた。

「っ!! おい、グリゴリー!」

「ハハハ。そんなに大きな声を出さなくても聞こえますよ」

 渇いた笑い。

「お前、このまま死ぬなんて言わないだろうな」

「まさか。太陽に灼かれたわけでもないんですから、直に回復しますよ。純血種の復元能力を舐めてもらっては困りますね」

 その言葉に偽りはなく、確かに彼の腹に空いた穴は見る見る塞がっていく。ただ、陽介の太陽によって灼かれた箇所に関しては、一向に治っていく気配がない。それでも彼は再び立ち上がり、宣言する。

「さあ、続けましょう」

 と。そんな彼に陽介は、

「いや、今日はもうお終いだ」

 と主張する。

「何ですって? お情けのつもりですか」

 グリゴリーは静かな怒気を孕んだ声で威圧するが、陽介は退かない。

「ああ、お情けだ。でも、それだけが理由じゃない。今日はもう、これ以上戦う気にはなれない。見てみろよ、カチューシャの顔を」

 完全に放心している少女を指差す陽介。彼女を見遣ったグリゴリーの目から、怒りの色が消えていく。

「よっぽど怖かったんでしょうね。仕方ありません。分かりました。今日はここまでにしましょう。カチューシャをゆっくり休ませてあげて下さい。精神的にかなり参っているでしょうから。もっとも、九分九厘僕の責任ですけどね」

「本当にその通りだよ。じゃあ、また明日の夜、ここに来る。それまでにお前の方もちゃんと身体を治しとけよ」

「ええ。それでは、お待ちしております。決着はその時に」

 こうして、陽介たちとグリゴリーは別れた。

 

 カチューシャを背負いながら、陽介は家路についていた。家路とは言っても、陽介の部屋ではなく、由孝の家に向かう路である。

「……私、ダメですね。色んな人に迷惑掛けるだけで、自分では何も出来ない」

「なんだ。やっと口を開けたかと思ったら、随分と弱気なことを言うんだな。こんなことで気に病むんじゃない」

「でも……!」

「もういいから。とにかく、ゆっくり休め。今はまともに物事を考えられるほどの冷静さも残っちゃいないだろ?」

「それはそうですけど。でも、その前にひとつだけ訊いていいですか?」

「なんだ?」

「グリーシャ君を、殺すんですか?」

「……最初はその気だったよ。たかだか二十年足らずの凡庸な人生しか生きていない俺が、恐らくは世紀単位の年月を山あり谷ありで生きていたであろうグリゴリーを説得するなんて出来るわけないと思っていたし。幾ら君の言葉でも、あいつの心を動かすなんて無理だと思ってた。価値観なんて、容易く変えられるものじゃないしな」

 遠い目で語る陽介。今まで彼は、数々の〝人外〟と戦ってきた。文字通り〝人の外〟に在る彼らは、〝表の人間〟の常識を逸した価値観を持っていた。しかし、陽介がその価値観を否定することは許されなかった。許されるのはあくまで抵抗のみ。

『あらゆる価値観は否定されない』

 それが〝裏〟の世界を生きる者に与えられる自由であり、科せられる桎梏でもあった。

「でも、幾ら価値観が違っても、分かりあえる可能性があるなら、無理に敵対する必要はないんだ。確かにグリゴリーが君を攫った最初の理由は、ただ君の顔が自分の娘にソックリだったからっていうだけのものかもしれない。だけど、何年も君と暮らしている間に、君はグリゴリーにとって、死んだ娘の〝代わり〟じゃなく、二番目の〝娘〟になってたんじゃないのか? だからきっと、あいつは『説得出来る相手』だったんだ。あいつに足りなかったのは、自分から歩み寄ろうとする勇気。それはきっと、今からでも奮い立たせることが出来るはずだ」

 身を挺してカチューシャを守ったグリゴリーを見た陽介には、そう思えた。

「……明日も私を連れて行って下さい。私、頑張って一緒に説得しますから」

「それはかなり助かる。でも、いいのか? もし説得に失敗して、しかも俺があいつに負けることになったら、君は間違いなく連れて行かれるぞ? 由孝の家にいれば、それは避けられるかもしれない」

「全部を人に押し付けて自分だけ逃げるなんて真似、出来ませんよ。これ以上、自分は何もしないっていうのは嫌です」

 言葉で言明しながらも、カチューシャの声は震えていた。

 彼女が抱いていた、グリゴリーに対する恐怖心それ自体は、さっきの一事でかなり薄れている。しかし、再び夜留の世界に戻されるのは、やはり怖いのだ。

「分かった。とにかく明日だ。明日、必ず説得しよう。グリゴリーを」

「はい!」

 決意を固めたカチューシャが、今度こそ力強い声で返事をした。

 

 由孝の家の前にまで来た陽介は玄関の戸を開く。

「ただいまー!」

「ただいま。今帰ったぞ」

 カチューシャを背負ったまま、陽介は居間まで歩く。

 居間には、肢体が、シタイが、死体が散乱していた。

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