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太陽の化シン  作者: 直弥
第零章「真昼のヴァンパイア」
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その1

 科学文明の支配する時代において、アベレージな人々は、その(科学の)源たる魔法や呪術といった神秘を、完全なる空想の世界へと追いやった。だが彼らは知らない。魔法も呪術も、超人的な異能力も、遥か昔からこの世界に確かに存在しているという真実を。それを操る〝術者〟や〝異能者〟と呼ばれる者たちがいる事実を。更には、人外の魔物や妖精たちすら各地で蠢いているということを。彼らの力の均衡が崩れれば、この世界が容易く壊れてしまうという真相を。


   1.2010.08.09_


 真夜中、午後十一時の少し前。六階建てのマンション三階の一室、部屋番号は312。部屋の主である少年、仰野陽介(あおのようすけ)が、そろそろ寝間着に着替えて眠ろうかと思い始めた時刻に、来客を告げるコール音が鳴った。

――こんな時間に? ……どうせあの人だろうな。

 いつもの就寝時間に眠ることを諦めた陽介は、インターホンの受話器を手に取った。

「こんばんは、陽介くん。僕だよ、幸人だ。夜分遅くに恐れ入るが、共同玄関のロックを解除してくれないか?」

 幸人と名乗った男の声に、陽介は「やっぱりか」と溜息を吐く。

「勘弁して下さいよ、幸人さん。今、何時だと思ってるんですか。わざわざ玄関から入って来ようとしている辺り、今すぐじゃなきゃ駄目、っていうほどの急用でもないんでしょう? それに、俺はもう眠いんです。今日は朝が早かったんで」

「冷たいなあ。他の誰かならともかく、君が冷たいだなんて、笑えない冗談じゃないか。太陽が実は冷たいって主張する学者がいるらしいけれど、僕にはそうは思えないからね。それはともかく。頼むから開けてくれよ。一応、急用と言えば急用なんだ。今日の客は僕一人じゃないんだよ。一日分の眠気ぐらい、君なら簡単に殺せるだろう?」

「……わかりました。今開けますから、ちょっと待って下さい」

 言って。陽介は受話器を元に戻し、そのすぐ横にあるボタンを押した。


「やあ、久しぶりだなあ。最近の調子はどうだい? ん? 少し痩せたんじゃないか? 肌もそんなに白かったっけか? 幾ら一人暮らしの夏休みだからって、引き籠ったまま食事まで不精してちゃ駄目だぜ。食べるものはしっかり食べて、お日様にも当たるようにしないと……って、お日様は君だったか」

 陽介が扉を開けるなり、来訪者、真壁(まかべ)幸人(ゆきひと)は、捲し立てるような早口で言葉を繋いだ。陽介は人差し指を口元に当てながら、彼に提案する。

「あの、とりあえず中に入って下さい。夜中に廊下で騒ぐと、その……」

 他の住人に迷惑ですから。という含みをすぐさま察した幸人は、

「ん? ああ、それもそうだね。じゃあ、お邪魔するよ」

 と言って室内へと入った。右手には、白と黒二つの紙袋握られている。

 そして彼に続いて女の子が一人、

「お邪魔します」

 と頭を下げ、後ろ手で扉を閉めつつ部屋へと入った。

「幸人さん、その子は」

 もう一人の来客を自分の目で確認した陽介が訊ねる。

「ああ、これから紹介しようと思っていたんだ。いや、僕の口から紹介するよりも、彼女の口から直接自己紹介した方がいいだろうな。さあ、挨拶して」

 幸人は連れてきた女の子の背を軽く押し、彼女が陽介の正面に来るようにした。女の子は少し緊張した面持ちで、伏し目がちに、チラチラと探るようにして陽介の顔を何度か見る。その様子は警戒しているようでもあり、何かに驚愕し、困惑しているようでもあった。

 まるで小動物のような仕草を見せる女の子。しかし背は決して低くない。一六八センチかっきりの陽介よりは幾分か低いが、確実に一六〇以上はある。青白い肌に、黄銅色の瞳、腰どころか膝にまで届きそうなほど流麗に伸びた銀髪。アジア系でないことは明らか。十九歳ながらよく中高生に間違われる陽介よりもまだ幼い顔立ちで、見目十三、四歳といったところ。加えて前髪を止めているカチューシャが、彼女を更に子どもっぽく見せていた。

 陽介と女の子は、しばらく互いに向かい合ったまま直立する。そのまま三秒、四秒と時間が経ったところで、我に返った女の子がようやく口を開いた。

「あ、あの、カチューシャっていいます。よ、よろしくお願いします」

 自身の髪留めと同じ名前を名乗った女の子は、慌てて頭を下げた。

「えっと、こちらこそ。よろしく」

 彼女に気圧される形で、陽介も頭を下げる。

 そんな様子を満足げに眺めていた幸人が、陽介に視線を移して告げる。

「というわけだ。彼女を預かってくれ。よろしく頼むよ」

「説明不足が過ぎますってば。というか、ヴァンパイアですよね? その子」

「ほう、一目で見抜くとは流石だね。それなら話は早い。確かに彼女はヴァンパイアだ。元人間のね。ということはつまり彼女が人間だった時にその血を吸った〝親〟がいるんだけど、そいつが今現在行方知れずなんだよ」

「なるほど。厄介ですね。だけど、それなら尚のこと、どうして幸人さんが自分で預からないんですか。その方がよっぽど安全じゃないですか」

「昨日までは僕のところで預かっていたんだよ。でもね」頭を掻き、幸人は言葉を続ける。「僕は明日から〝旅行〟なんだ」

「そういうことですか」

 幸人の言葉にようやく合点した陽介が、観念した様子で納得する。

「それじゃあ頼んだよ、陽介くん。夏休みが終わる前にはまた来るからさ。それから、この子の着替えと、お土産を置いていくよ」二つの紙袋をゆっくりと床に置きながら、幸人は言葉を続ける。「白い方が着替えで、黒い方がお土産だ。じゃあね、生きてまた会えることを願ってるよ。もし死んでも仇はとってあげるから安心して」

「武士じゃないんですからそんな安心の仕方は出来ませんよ! だいたい、本当に危ないのは僕よりもむしろこの子なんですから、洒落にならない冗談は言わないでください」

「おっと、確かに失言だったかもしれないな。ごめんよ、カチューシャ」

「いえ、大丈夫です。幸人さんの冗談はこの一か月でもう何度も聞きましたから。でも、そのお蔭で私も楽しかったです。今までお世話になりました」

 自己紹介以降、黙ったまま二人のやり取りを見ていただけのカチューシャも、ここでようやく二言目を発した。図らずも一言目は出会いの、二言目は別れの挨拶であった。

「僕も楽しかったよ、カチューシャ。じゃあ陽介くん、彼女をしっかり守ってあげるんだよ」

「わかってますよ」

「うん、いい返事だ。今度こそ、じゃあね」

 そう言って外へと出て行く幸人を、陽介とカチューシャの二人は手を振りながら見送った。

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