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太陽の化シン  作者: 直弥
第二章「親友」
15/30

その5

「お前、もう何時間寝てないんだ?」

「えーっと、うーん……四十時間ぐらいかな?」

「四十時間、か。どうして寝ない?」

「いや、だって眠れないだろ」

 狙われているかもしれない女の子がいるというのに、その傍にいる自分が一緒になって眠っていたのでは話にならない。だから自分は寝ずの番をしなくてはならない。それが当然。と、陽介は主張する。そしてこう付け加える。

「大丈夫だって。眠気はちゃんと殺してるし」

 彼がそう言った途端、見る見る内に由孝の表情が険しくなっていく。

 ――あ、選択肢間違えた。

 陽介の顔に一筋の冷たい汗が流れる。それが頬からすり落ちたのとほぼ同時に、ガタンという音を立て、両手で卓袱台を叩きながら、由孝が顔を突き出しながら捲し立てる。

「お前が殺せるのは〝眠気〟だけだろうが。眠くはならなくとも、疲れの方はかなり溜まってるはずだろ!?」

「そ、そりゃあ、そうかもしれないけど」

 口を開き始めた時にはまだ冷静だった由孝の口調が徐々に荒くなっていく。最終的には、もはや叫んでいるだけになる。

 ――うわぁ……、滅茶苦茶怒ってるよ。

「とにかく、今夜はちゃんと眠れ」

「え? いや、今夜は――」

「ダメだ。寝なさい、寝ろ、寝よう!!」

 ビシィッ! と、由孝の人差し指が真っ直ぐに陽介に向けられる。その指先と陽介の眼球の距離、僅かに五ミリ弱。

「いや、刺さるって!」

 危険を感じ、思わず陽介は仰け反った。

「寝なきゃ寝ないで情緒不安定になるぞ。お前、寝ないとそうなるもんな。カチューシャやターニャさんに間違いを起こす前に寝ろ。……起こす前に寝ろって、なんか変な表現だな。それはともかく! 疲れたまんま戦ってやられちゃった元も子もないだろ? ……アタシはさ、今日会ったばっかりのあの二人よりお前の方がよっぽど大事なんだぞ……本音を言えば」

 指を折り曲げ、腕を下ろし、姿勢を元に戻しながら由孝が言う。

 観念した陽介は諸手を挙げて、文字通り〝お手上げ〟のポーズを取った。

「わかった、わかったよ。今日は寝る。それでいいだろ?」

「よし、分かればいいんだよ。分かれば。さあ、今度こそ本題に入ろうぜ」

「……うん、そうだな」

 当然と言えば当然のことながら、自分への心配が〝本題〟ではなかったことに、陽介は少しガッカリして肩を落とした。

「聖マクシム教会って言ったよな? 例の教会。それってやっぱり、今、話題になってるヤツか? 昔の関係者が次々に殺されてるっていう」

「多分な。俺も新聞で知ったけど」

 六年前、登山中に吸血鬼に襲われたマクシム教会の孤児と若きシスターたち。表向きには遭難として片付けられたその事件は、当時、テレビや新聞を大いに賑わわせた。何せ、死者一名に行方不明者二十一名。しかもその大半が未成年ともなると、如何に異国の〝遭難事故〟とはいえ、幾らでも関心は買える。当事国と日本以外でもかなり報道され、話題をさらった。

「マスコミも、今回の事件とあの〝遭難〟に何か因果関係があるんじゃないかっていう憶測を立てているみたいだな。向こうの警察もそうらしいし」

「やっぱり、当然そうなるよな。殺されてるっていう、〝昔の関係者〟のことごとくが、〝当時の関係者〟なわけだし。疑わない方がどうかしてる」

「陽介自身はどう思ってるんだ? やっぱ、関係あると思うか?」

「あるだろうな。そもそも〝ない〟わけがない。由孝だってそう思うだろ?」

「もちろん。可能性は幾つか考えられるけど……とりあえずお前の意見を聞かせろよ、陽介」

「可能性か」

 ふむ、と手を組んで考え込む陽介。

 可能性。確かにそれは幾つか考えられるだろう。〝表〟の世界では、孤児やシスターたちの知人、友人による犯行説。実は生きていた孤児らによる犯行説。果ては幽霊となった彼らによる祟り説や、教会組織全体による陰謀説まで囁かれている始末なのだ。同じ日の夜に、遠く離れた場所で二人の人間が殺されていたケースもある上に、生き血が全部抜かれていた例まであるのだから、〝表〟の人間までもがオカルト方向に考えてしまうのも無理はない。

 しかし、陽介ら〝裏〟世界の人間からすれば、更に広い考え方が出来る。

 そう、たとえば。

「マクシム教会の人間とヴァンパイアが繋がりを持っていた、とかかな」

「それはどっちかつーと基本前提な気がするな。それが何で今回の事件と結びつくのか、そっちが問題だ。一番分かりやすい仮定としちゃあ『教会の人間が吸血鬼どもに孤児やシスターを売った。で、吸血鬼の方はそれに対して、見返りではなく引導を渡すことで口を封じた』ってとこだけど、これは流石に……」

「無理があるよな」

 そう。この一番分かりやすい仮定には無理があった。口封じなら、六年前の時点で行っておけばよいのだから。今になって事を起こす理由が見当たらない。裏切り者が出そうになったとでも言うのなら話は変わってくるが、今更裏切ることにはデメリットしかない。

「結局、今は何も言えないってことだ」

「結論を出すには早くないか? もう少し他の可能性について考察してみても……」

「いいんだよ。どうせ、ちょっと難しいこと考えるフリしてみたかっただけなんだから。カチューシャたちの親だっていう男を見つけて話を聞けば、大体のことは分かんだろ。それより、その男の、カチューシャに対する執着心の方が気にかかる」

「ああ、それは俺も気になってたんだ。幾らなんでも、わざわざここまでするか? って」

 ヴァンパイアの多くが、一度支配した者に逃げられるということを屈辱と感じているのは確か。逃亡者は、再捕縛か抹殺かの二択となるのが通常。しかし、わざわざ偵察用の駒まで使ってくるというのは、やり過ぎの感が否めない。というのが、二人の見解であった。下手をすればその偵察用のターニャをも失う可能性があったのだから。素直に考えれば、件の親にとっての優先順位はターニャよりカチューシャの方が上だということになる。戦力とするにしても、その他諸々の仕事をさせるにしても、明らかにターニャの方が有用であるのに。カチューシャは有用どころか危険。優れた能力であるはずの『真っ白な紙(ベラヤ・ブマーガ)』も、彼らにとっては、寝首を掻かれる危惧を抱かせるだけの不安材料でしかないのだから。

「夜殺しのお前が直接関わっていることを知ったところで手を引く相手でもなさそうだな。下手すりゃターニャさんも失ってたわけだし。というか、実際失ってるし。単純に見えて結構複雑だぜ? 今回の事件。色んなもんが絡まってる」

「そうみたいだな。無事に終えられりゃあいいんだけど……」陽介は、ふうっと、溜息を吐いてから「ところで、今度は俺から聞いてもいいか?」と、次の話題に移る。

「なんだ?」

「俺がわざと置き去りにしといた斧だけど、結局どうなったのかな? と思って。昼間は外に出られなかったから、町の状況がよく分からないんだよ」

「ああ、電話で言ってたあれか。お前が来る少し前に警察の人が来て言ってたな。『危ないから、夜遅くは特別な用事がない限り、しばらくの間は出歩かないでください』って。そっちには来なかったのか?」

「来てない。うち、マンションだし」

「それ、理由になるか?」

「……どうだろう? なるのかな? 管理人さんは聞いてると思うけど、あの人、面倒臭がり屋だからな」

「ふうん。まあ別にいいや、どっちでも。で、あれのお蔭で夏祭りは中止だとさ。当たり前だろうけど」

「ああ、やっぱそうなるなよ。それも狙いと言えば狙いだったんだけど、やっぱり悪いことしちゃった気にはなるな」

 祭りが中止になれば、当然、夜に歩き回る人の数は格段に減る。『なるべく夜に人を町に出さないようにする』という目的だけを考えれば、計画としては成功といえよう。しかし、子どもというのは理屈だけでは納得の出来ない生物。あちこちの家庭で『暴れん坊少年』が発生している様子が、陽介には容易に想像出来た。

 彼の顔が、申し訳なさそうな表情になる。長年の親友はそれを敏感に察する。

「おいおい、何て顔してるんだよ。そこまで気にすることはないだろ。アタシは、お前の判断が正しかったと思うぞ? 祭りがなくなったってことだけ考えれば、そりゃあ子どもにとっちゃ残念かもしれないけど。だからって、吸血鬼に襲われるよりずっとマシなんだから」

「お前が言うと説得力が絶大だな」

 経験者の言葉は重みが違う。――その重みが、陽介の心にずしりと響く。

「……とにかく、お前は毎回周りのことまで気に掛け過ぎなんだよ。しかも、本来は気に掛けるようなもんじゃないことまで」

「そうかあ?」

「そうだろ。どうして、いっつもいっつも、何でもかんでも自分の責任にしたがるんだ。自分一人で解決したがるんだ。今回のことにしても、アタシの時のことにしても。陽介は毎回、どっちかっていうと巻き込まれてる側の人間だろ? お前って、常に誰かのために生きてないか? もう少し、自分のことも考えろよ」

「でもなあ。それってちょっと無責任じゃねえか?」

「ホント馬っ鹿だなあ。お前が過保護なんだってば」

「うーん……他人の目から見れば、それはそうなのかもしれないけど、何て言うか、要は俺も相当な臆病者なんだよ。ただ単に、人に嫌われたくなくって、愛想や偽善を振りまいてるだけなんだ。多分」

 陽介の言葉に偽りはなかった。彼が一番辛いと感じる瞬間は、誰かに嫌われる瞬間なのだ。

「ハァーッ……。昔よりは随分男らしくなったけど、それでもまだまだ女々しい部分が残ってるな。そんなこと心配しなくても、少なくともアタシは絶対、陽介のことを嫌いになったりしないよ」

「そうか……ありがとうな、由孝」

「礼を言うようなことじゃないだろ。当たり前のことだ。でも……、お前もアタシのこと、嫌いになったりしないでくれよ?」

「なるわけないだろ。それだけは即答で断言出来る」

 相変わらず大雑把な言葉ではあったが、徐々に語気を弱めながら、上目遣いで、紅潮した顔をしている由孝。女の子にそんな顔で、そんな声で、そんなことを言われて、即答出来ない男はそういない。まして、彼女を好いている人間ならば尚更のこと。

「由孝もなんだかんだで、昔よりは女らしくなってきたよな」

「お、お前は、変なところだけ男らしくならなくっていいんだよ!」

 由孝は組んだ腕で胸を隠す。

 ――へえ……そんな意識もするようになったのか。だけど。

「俺が今言ったのはそういう意味じゃなくて。どっちかという内面的な話だよ」 

「内面にしたって、アタシのどこら辺が女らしいんだよ。自慢じゃないけど、自分が男みたいな奴だって自覚はちゃんとあるんだから」

「男は胸を隠したり庇ったりしないけどな」

「なあっ……!!」

 それがトドメとなり、由孝はわなわなと身体を振るわせながら立ち上がる。わけのわからぬ感情に支配された彼女は、着ている服の裾を掴み、上へと持ち上げようとする。

「おい! 何をし出すんだ!?」

 焦った陽介が急いで由孝の手を上から掴み、脱衣を阻止する。すると由孝は大声を上げて抵抗、もとい反抗する。

「うるせー、離せー! 隠さなきゃいいんだろ!? 見せりゃいいんだろ、見せりゃ!」

「なんでそう極端な話になるんだよ! 落ち着けって!」

 服を脱ごうとする少女と、それを阻止しようとする少年で部屋の中は大騒ぎとなる。第三者が見れば誤解必至のその状況下で、襖が静かに開いた。現れたのは、素肌にバスタオルだけを巻いたターニャであった。

「……」「……」「……」

 石化し、固まる三人。その中で、最初に石化が解けたのはやはりターニャであった。

「えーっと、リンスが切れてたからストックの場所を聞こうと思ったんだけど……やっぱり自分で探すわね。お邪魔しました……」

 それだけ言い残し、ターニャは静かに襖を閉じた。とたとたと、早足で彼女が遠ざかっていく音が響き渡る。

 ややあって、由孝が口を開く。 

「スケベ」

「言いがかりにもほどがある」

 真っ当すぎる不平であった。

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